Yahoo!ニュース

久保、堂安でメキシコを陥落。日本サッカーはどこが強くなって、どこが今も弱いのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
メキシコ戦でゴールを祝う久保建英と堂安律(写真:エンリコ/アフロスポーツ)

メキシコ戦勝利は波乱ではない

 7月25日、東京五輪男子サッカー。日本はグループリーグ第2戦でメキシコと戦い、2-1と勝利を収めている。久保建英、堂安律の二発で”強敵”を沈め、グループ首位に立った。

 もっとも、日本がメキシコを相手に波乱を起こしたわけではない。

https://news.yahoo.co.jp/byline/komiyayoshiyuki/20210622-00244096

 メキシコは第1戦でフランスを下したが、ロンドン五輪で金メダルを獲得したときほどの力はない。オーバーエイジで有力選手を招集できなかったし、若手も国内組ばかり。リーガエスパニョーラでプレーする新鋭ディエゴ・ライネスは才気煥発で日本を苦しめたが、彼にしてもベティスでは3年目も先発確保には至らず、昨シーズンのリーグ戦先発はわずか8試合と場数を踏めていない。

 日本は勝つべくして勝った、と言えるだろう。オーバーエイジの3人の”助っ人”の力もあるが、久保、堂安などがすでにヨーロッパの戦場を経験。メキシコ戦勝利は波乱ではなく、格上だと思って挑むべきはスペイン、ブラジルだけだ。

 日本サッカーはどこが強くなって、どこに弱さがあるのか?

日本サッカーの強み

「日本の選手の持ち味である技術を生かすため、まずは球際で戦って、”いい守備からいい攻撃”というところが出せた。メキシコはFIFAランキングで上位だが、選手たちは同じ目線で戦ってくれたと思います。自分たちはやれる、という自信をもってファイトできました」

 メキシコ戦後、日本を率いる森保一監督は説明している。

 そこに、この一戦が凝縮されていた。

 日本の選手たちは、メキシコをほとんど恐れていない。試合開始直後から真っ向勝負だった。多くの選手が国内にとどまり、修羅場を越えていない。そんな敵を、ヨーロッパで揉まれている選手が恐れる理由はなかった。

 日本は持ち前の技術、俊敏性をコンビネーションとして用い、敵を凌駕したのだ。

 6分、酒井宏樹が右サイドを走る堂安にスルーパス。素晴らしいコンビネーションで裏を抜け出すと、一人を振り切り、利き足ではない右足でややマイナスに折り返した。これに計ったように、久保がスペースに飛び込み、左足で突き刺した。

「立ち上がり、相手の戦い方を見極めながら、つなぎのミスを奪って、前がかりに攻めればいける、という感覚はつかんでいた」

 スペイン、マジョルカで1シーズン主力として戦い、2年目はビジャレアル、ヘタフェで最後は残留を決める一撃で帳尻を合わせた久保は言う。

 経験の違いか、生来的なものか、久保は冷静かつ大胆だった。常にゴールのためのポジションを取れるし、その機会が来た時の集中力が並外れている。強固な確信があるのだろう。プレーヤーのタイプは違うが、クリスティアーノ・ロナウドの貪欲さや野心をほうふつとさせる。

久保という翼

 久保という選手を擁すること自体、日本は翼を授けられたようなものかもしれない。

 久保、堂安に引っ張られるように、林大地、相馬勇紀といった選手たちが、まるで羽ばたくように自分のプレーを出している。二人とも、試合を戦うごとに成長を存分に示し、大きな大会ならではの相乗効果だ。

 11分には、相馬が左サイドを深くえぐってクロスを折り返し、林は空振りしたが、ゴールの匂いをさせてポジションに入っており、堂安もシュートまで持ち込めなかったが、VARでPKの判定となった。相馬のスピードに置き去りにされた相手ディフェンスが慌て、タックルを足首に浴びせていた。相手はそれ以後もファウルが多くなって、それだけ日本の攻撃がカオスを与えていたのだ。

 特筆すべきは、中盤の二人のバランスがとても良かった点だろう。

 遠藤航、田中碧は守備では味方を常にカバーし、お互いが補完し合い、ダメージを最小限にしていた。その安定が、攻撃の潤滑さにつながった。いい守備がいい攻撃を作っていたのだ。

 遠藤は一人でボールを奪い返し、そのインテンシティが瞠目だった。ボールを運ぶ推進力は、チームが沈みかけた時に浮力をもたらしていた。田中も攻守で英知を感じさせ、そのセンスはチーム一。バックラインからのパスに一本の縦パスで堂安を走らせて退場を誘発したシーンは、俯瞰できるビジョン、実践するテクニック、大胆不敵なメンタルの集大成だった。

 完勝に近い内容だったと言える。

 しかし、最後はメキシコの攻勢に喘いでいた。

ゲームマネジメントの拙さ

 単刀直入に言えば、南アフリカ戦後のコラムにも書いたとおり、日本はゲームマネジメントが成熟していない。

https://news.yahoo.co.jp/byline/komiyayoshiyuki/20210723-00249436

「後半(途中から)の戦い方には課題を感じざるを得ませんが、粘り強く守れたのは良かったかなと。相手が10人になったので、もう少し自分たちでボールを動かしても良かったですが。勝てたのでポジティブに考えています」

 メキシコ戦後、遠藤はあくまで抑え気味に振り返っているが、修羅場をかいくぐってきた者として、警鐘を鳴らしたい気持ちが透けて見えた。

 後半23分、相手が一人減って、日本は2点のリードをしていた。試合を緩やかに締めるだけだった。

 にもかかわらず、トラブルが発生していた。日本は次々に選手を交代させていったが、うまくフィットしていない。いたずらに攻めてはボールを取り返される。そのちぐはぐさを重ねることで、相手に勢いを与えてしまい、特に左サイドの守備が後手を踏むようになった。

 そして後半40分、右FKに対し、ニアサイドへのボール、誰も触れられずにゴールネットを揺らされた。

フランス戦も優位ではあるが…

 1点返された後、アディショナルタイムを含めた最後の10分は、負けゲームに近いだろう。FKからドンピシャのヘディングを打ち込まれ(GK谷晃生のビッグセーブで防いだ)、左サイドを完全に崩されて万事休す、と冷や汗をかいた瞬間もあった。

「フラッグ!」

 カウンターからドリブルで仕掛けようとする三笘薫に対し、チームメイトがたまらず指示を飛ばしていた。コーナーまでボールを運んで「時間稼ぎをしろ」ということだろう。実はその直前、左サイドからの攻撃で無理をしてボールを失い、カウンターを浴びていた。

 やはり、欧州でプレーする選手からそうでない選手の比率が上がると、その判断でずれが出てしまう。強度に関しても、特に守備の部分では違う。それは些細なことだが、全体で見ると、大きなうねりとなってチームを暗く覆うのだ。

 久保、堂安は日本サッカーの長所と言えるテクニックとスピードを融合させ、欧州でのプレーによって精神面もタフで、攻撃の象徴だろう。それを支える各ラインも強固。MFの遠藤、田中、DFの吉田麻也、酒井は今大会では群を抜いている。

 しかし、相手にペースを与えてしまう脆さは改善点だろう。そこは日本サッカーの悪しき伝統と言える。高さに関しても強さではないだけに、そこを中心に混乱が起きると、チーム全体の破綻にもつながりかねない。

 フランス戦も、日本は優位である。四つに組んだら負けない。しかし、ゲームマネジメントの成熟は急務だ。

ーーーー

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

ーーーー

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事