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南アフリカ戦に勝利も、吉田麻也の「六つの掟」は守られたか?金メダルへの道筋。

小宮良之スポーツライター・小説家
南アフリカ戦、決勝点を決めた久保建英(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

吉田麻也の言葉

 7月22日、東京五輪男子サッカー。グループリーグ開幕戦、日本は南アフリカと戦い、1-0で勝利を飾っている。グループリーグは3試合、短期決戦では勝利の意味が何より大きい。次のメキシコ戦に勝つことで、決勝トーナメント進出はほぼ決まる。

 では、日本はメダルに向かって突っ走ることはできるのか?

「良い試合の入り方、試合を支配する、流れを渡さない、テンポを考える、決めるべき時に決める、苦しい時の乗り切り割り切り。その六つが大事ですね」

 東京五輪開幕前、吉田麻也は”六つの掟”を語っていた。惨敗した北京五輪、ベスト4に進出したロンドン五輪、過去二大会を経験している吉田の言葉は重い。それは一つの基準だ。

 南アフリカ戦、日本は掟を破らずに戦えたのか?

日本の優勢

 日本は万全の立ち上がりを見せている。自分たちがボールを持って、コンビネーションを使いながら、攻め上がる。序盤は右サイドバックの酒井宏樹の攻め上がりが目立ったが、そこを塞がれると左サイドバックの中山雄太が決定的なクロスを立て続けに送った。

「まずは1試合目(の南アフリカ戦)にフォーカスしたい。1試合1試合をやっていかないと見えてこない」

 酒井は金メダルの目算を聞かれてそう語っていたが、一戦必勝の立ち上がりだった。ゆるみは一切ない。

 日本は完全に試合を支配していた。相手ボールになっても、果敢なプレッシングで自陣から容易にボールを出させない。重厚なディフェンスで奪い返し、それを着実に攻撃につなげた。後手に回った南アフリカはファウルがどんどん増え、大げさに声を出して転ぶしか、防ぎようがなくなっていった。

「ノーファウル」

 日本陣営は落ち着いた様子で、対照的に相手を追い込み、流れを渡さなかった。南アフリカに少しもサッカーをさせていない。

 遠藤航、田中碧のボランチ二人が、中盤で攻守の舵を取って、リズムを作っている。とりわけ、田中のパス出しは白眉だった。足元に速い球足のパスを入れると、それはスイッチのように攻撃機会を生み出していた。彼のプレー選択がチームに優勢を生んだと言えるだろう。

決めるべき機会を多く作れたが…

 左利きのアタッカー3人(堂安、久保、三好)が自由に動き、林がストライカーとしてバックラインと駆け引きし、変幻な攻撃を見せていた。

「左サイドを(久保が)突破した時は、右から入る準備を自分はしています。(久保とはその動きについて)お互い話していないし、そこまで意識もしていないと思うんですが。彼に預ければどうにかしてくれる、自分に預ければ…、という共通認識してあるのかなと思います」

 堂安は直前のスペイン戦後に語っていたが、久保だけでなく、他の選手同士も連係は抜群だった。

 前半15分、中山のクロスを久保がファーサイドで受け、シュートはサイドネットへ。前半22分には久保が左サイドに出て、ゴール前に鋭いクロスを送るが、三好康児は合わせられない。前半33分、三好が左サイドから抜け出し、GKと一対一になるも、シュートは防がれた。直後には堂安律が右サイドから入れたクロスに林が飛び込んでネットを揺らすも、オフサイドの判定。前半終了間際、久保がゴール前やや右のFKから左足で狙うも、わずかに右上へ逸れていった。

 日本は絶え間なく、決定機を作っていた。

 ただ圧倒的優位の中、試合は0-0で推移している。相手が引き分け狙いは明白。日本は決めるべきところで決められず、苦労していたことになる。

 後半に入っても、久保が堂安とのワンツーでニアへ鋭いシュートを放ち、林のポストから堂安が一撃を狙い、中山のクロスに林が飛び込んだシーンも決定機だった。攻撃がうまくいっていないわけではない。しかし、ゴールだけが決まらなかった。

 結果、じりじりとした試合展開になっていた。

久保の剛胆さ

 エースである久保建英は、露骨なファウルを受けている。ジャッジがやや曖昧で不正確で、ストレスは溜まっただろう。しかし冷静さは失っていなかった。

 その剛胆さが、久保が久保足るゆえんだ。

 後半26分、左サイドで幅を作った後、久保は田中碧からのサイドチェンジを右サイドで受ける。相手を誘うようにドリブルをしながら、抜け切らずにシュートコースだけ作ると、左足を一閃。鋭さと重さが同時に伝わった球体は、ネットに突き刺さっていた。そのタイミング、コース、球速でなかったら、GKに弾かれていたはずだ。

「『今日、決めるとしたら自分だ』と言い聞かせていた」

 久保は言うが、一人だけ違う境地だった。英雄的な度胸の良さというのだろうか。得点ができないと焦るものだが、彼には一切の悲壮感がなかった。自分を信じられる力の強さだ。

 エースの一撃で勝利した日本は、メダルまで突っ走るだけの気配も漂う。

 ただ、勝って兜の緒を締めるべきだ。

ゲームマネジメントの課題

 終盤、日本は南アフリカにペースを与え過ぎた。総力戦で攻めてくる相手に対し、不用意にボールを明け渡してしまった。ゲームマネジメントの拙さか。

https://news.yahoo.co.jp/byline/komiyayoshiyuki/20210712-00247477

 左サイドの守備の不安については開幕前のコラムでも指摘しているが、終了間際、ふらふらと相手選手に食いついて間に入られ、瞬間的に4人が一人のボールホルダーに翻弄され、ゴール前を横切るパスを入れられている。その時、数的不利が起こり、エリア内でフリーにしてシュートを打たれてしまった。GKの正面で事なきを得たが、試合マネジメントも含めて反省点とすべきポイントだ。

 苦しい時の乗り切り割り切りを、どこまで老獪にやってのけられるか。それが王者への道となる。

「決勝まで6試合、1試合ごとにうまく、強くなりたい。そうならないと、金メダルは無理だと思う」

 堂安は大会前に語っていた。日本は難しい試合を乗り越え、一つずつ強くなっていくはずだ。

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【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

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スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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