Yahoo!ニュース

バルサがH&Mと交渉決裂か。迫る中国の影。高潔なクラブはどう生きるべきか?

小宮良之スポーツライター・小説家
メッシがバルサを”退団”(写真:ロイター/アフロ)

バルサは中国に忖度したのか?

「FCバルセロナ(以下バルサ)が、スウェーデンのアパレルメーカー『H&M 』とのスポンサー契約交渉を打ち切った」

 カタルーニャの日刊紙『ara』はそう伝えている。

 交渉内容は、選手や監督が町を歩き、移動するときに使用するカジュアルウェアに関するスポンサー契約だった。2018年夏からアメリカのアパレルメーカー「トムブラウン」と3年契約を結んでいたが、今年の夏にちょうど切れる。そこで新たにH&Mと 年間契約、約3億6千万円程度でほぼ合意し、サイン間近だったようだが…。

 先日、H&Mは「新疆ウイグル自治区での強制労働に懸念がある以上、新疆綿を使わない」と公表した。これに中国が猛反発。国内で一斉に不買運動が巻き起こり、敵視されたのだ。

 バルサは、中国に忖度したのか?

バルサだけでない中国とのかかわり

 バルサは、中国と密接な関りがある。例えば中国の電気機器メーカー『Oppo』からはH&Mが提示した2倍のスポンサー料を受けていると言われる。同じく有力なスポンサーである保険会社『Taiping Life Insuranc』は、中国政府の息がかかった機関である。

 スペイン、リーガエスパニョーラ全体が今や中国とは無関係ではいられない。放映権料収入は莫大でスポンサーも大口。グラナダ、エスパニョールなどは、会長も中国人の状況だ。

 バルサとしては、中国企業や政府と衝突するわけにはいかなかったということか――。

 バルサは、こうしたニュースをまとめて否定している。しかし、火のないところに煙は立たない。何らかの接触や忖度はあったと考えるべきだろう。

 少なくとも、バルサがスポンサーに左右されるクラブになったことは事実だ。

胸スポンサーなしだった時代

 かつてのバルサは、高潔無比なクラブだった。

<胸スポンサーなし>

 その歴史を頑固に貫いてきた。

 なぜなら、彼らは自他共に認める「市民クラブ」だった。10万人以上のソシオ(チーム会員)を抱え、”クラブ以上の存在”としてカタルーニャという半ば国のアイデンティティになってきた。スポンサーに左右される経営は、許容しがたかった。

 クラブ以上の存在とは、バルサが本拠を置くカタルーニャ自治州の精神とも同義だろう。1970年代まで続いた独裁政権はマドリードを首都に、カタルーニャを強烈に弾圧。多くのカタルーニャ人が迫害を受け、言語、文化などを悉く否定されてきた。当時、暴政に抗う術はバルサだけで、精神的支柱だったのだ。

 それだけに、バルサは独立精神が強かった。

 しかし商業主義が蔓延するサッカー界において、バルサは21世紀に入って巨額の赤字を出し続けた。それを解消するためには、クラブとしてサイズダウンするか、商業主義の波を泳ぐしかなかったという。そこで、彼らは禁断の果実を手にした。

 胸スポンサーを入れる決断だ。

胸スポンサーを入れる戦略

 当然、昔からのファンからは猛反対を受けた。関係者も多くが、「ロゴが胸にあるのは我慢できない」とノーを突き付けている。1899年のクラブ創立以来の誓いだけに、100年以上の禁を破るのは簡単ではなかった。

 そこで2006年、クラブはソフトランディングを試みた。

 まずは児童福祉活動の一環として、ユニセフに寄付を募った。胸にユニセフのロゴを入れ、5年契約で年間約2億円を寄付した。強硬な反対派も、あくまで子供たちへの寄付、というお題目に沈黙するしかなかった。

 一方、多くのファンは胸にロゴがある風景に慣れていったのである。

 そして2011年、バルサはカタール財団の広告を胸に入れる決断を強行した。5年半契約で200億円近く、寄付の20倍もの額だった。当然、バルサの中興の祖とも言えるヨハン・クライフなどが声を大にして批判したが、反対の炎はそこまで燃え上がらなかった。急がば回れの経営戦略か、あるいは時代に流されたのか。

 2017年、バルサは日本の楽天と新たにスポンサー契約を結んでいる。4年間で約250億円の収入。もはや、胸スポンサーなしでは経営は成り立たない。

 しかし、「金の亡者」という言葉があるように、お金はいつだって人の目をくらます。

商業主義に走った結果、メッシを失うのか?

 数年で赤字を解消したバルサは、思い切り商業主義に走り、とにかく消費する行動に出た。ニュース性のある補強に傾倒。派手さばかりが目立った。

 今や"不良債権"と化したフィリペ・コウチーニョの獲得だけで180億円近くを投じ、10億円以上の年俸も払い続ける。アントワーヌ・グリーズマンも約150億円の移籍金の価値には見合っていない。また、ケガで稼働率の悪いウスマン・デンベレの移籍金はボーナスも含めて約200億円で、年俸は20億円×4シーズン、計で300億円近くを費やしてきた。しかもグリーズマンとデンベレの二人は最近、著しく礼儀と教養を欠いた言動でも批判の的になった。

 バルサはスポンサーから得た金を湯水のように使い、そのたび、弱くなってきた。

 他にも、ここ1,2年の補強は場当たり的。DFジュニオール・フィルポ、MFミラレム・ピャニッチ、マテウス・フェルナンデス、FWマルティン・ブライスワイトのような戦力にならない選手を獲っては処遇に困っている。あまりに見通しが悪い。結果、戦力にならない選手を大金で獲得し、使い物にならずに手放し、損失補填と次の買い物のために貴重な若手を売り払う。最低のサイクルが生まれた。

 挙句、リーグが定めた4億ユーロ(約520億円)のサラリーキャップ制(1チームの年間給与上限)で、倍以上も超過。エース、リオネル・メッシとの契約更新もできず、有力選手を売り払わないと進退窮まった状況だが、新たに獲得したメンフィス・デパイにはボーナス含めて30億円近い年俸を支払う矛盾が生じている。もし再契約できなかったら、メッシはただで他のクラブに移籍することになるのだ。

バルサの高潔さを取り戻すには

 図らずも大金を得たことによって、バルサは目先の強化に走るようになった。すでに価値を証明し、マーケティング面でも有力な選手に投資する。それは一つの政策と言えるが、現実としては今や赤字まみれだ。

 バルサは下部組織「ラ・マシア」の人材を中心に、十分戦える。メッシはその筆頭で、ジェラール・ピケ、ジョルディ・アルバ、セルジ・ロベルトは健在である。GKアルナウ・テナス、DFオスカル・ミンゲサ、ロナウド・アラウホ、アレハンドロ・バルデ、MFニコ・ゴンサレス、イライス・モリバ、リキ・プッチ、アレックス・コジャード、ジェラール・フェルナンデス、FWアンス・ファティは次世代の光明だ。

 バルサはクラブの在り方を再考するときだろう。

 バルサが中国に振り回される——。それは高潔さがスペクタクルを作ったクラブの歴史を考えると、一つの惨劇である。プロクラブの経営には大金が必要で、スポンサーは切っても離せないが、それによって強くなるとは限らないのだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事