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レアル・マドリーがブラジルの若手を”買い占め”。ブラジル人選手はなぜ求められるのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
ブラジルの”先輩”マルセロと抱擁を交わすロドリゴ(写真:ロイター/アフロ)

 今年1月、レアル・マドリーはブラジルの次世代スター、レイニエル(18歳)と移籍金3000万ユーロ(約36億円)で契約している。

 レイニエルは、典型的な10番と言えるだろう。ボールキープ力は人並み外れ、大柄でダイナミックだが、ボールタッチ数は多く、ディフェンスを翻弄できる。プレービジョンに優れ、ラストパスが鮮やかな一方、ループシュートでエリア外から狙うゴールも少なくない。FCバルセロナ、アトレティコ・マドリー、マンチェスター・シティ、リバプール、ユベントス、ACミラン、パリ・サンジェルマンなど欧州のビッグクラブがこぞって触手を伸ばしたほどの逸材である。

 マドリーは、ヴィニシウス・ジュニオール、ロドリゴに続いて、ブラジルの若手選手を次々に獲得。ブラジルのマーケットを狙っているのは明白だろう。

 次に触手を伸ばしているブラジル人は、プレミアリーグ、アーセナルで頭角を現した18歳のFWガブリエウ・マルティネッリだと言われる。アーセナルは給料を3倍に引き上げ(年俸換算で200万ユーロ)、接触を阻止。しかしマドリーは移籍金として6000万ユーロ、年俸400万ユーロを用意しているともいう。

止まらないブラジル・コレクション

 マドリーのブラジル・コレクションは止まらない。彼らがブラジルに人材を求めるのは、そこに「サッカー界を動かすタレントがいる」と確信があるからだろう。欧州戦線を動かしてきたのは、しばしばブラジル人選手だった。

 そもそもブラジル人を求めるのは、マドリーだけではない。

 欧州のビッグクラブは、こぞってブラジル人選手に興味を示す。例えばバルサは、ブラジル人選手の活躍が必ず栄光の裏にあった。ロマーリオ、ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ、そしてネイマール。マドリーのレイニエル獲得と競うように、17歳のブラジル人右サイドバックで「ダニエウ・アウベス二世」の異名を取るヤン・コウトも、500万ユーロ(約6億円)で獲得したばかり。マドリーよりも、バルサのブラジル頼みは顕著だ。

 そして今シーズン、チャンピオンズリーグ、ベスト16のクラブのほとんどが、主要選手としてブラジル人を擁する。アトレティコ・マドリーはフェリペ、バレンシアはガブリエウ・パウリスタ、マンチェスター・シティはエデルソン、ガブリエル・ジェズス、フェルナンジーニョ、チェルシーはウィリアン、リバプールはロベルト・フィルミーノ、ファビーニョ、アリソン、トッテナムはルーカス、ユベントスはアレックス・サンドロ、バイエルン・ミュンヘンはフィリッペ・コウチーニョ、パリ・サンジェルマンはマルキーニョス、チアゴ・シウバ、ネイマール・・・。枚挙にいとまがない。

世界中のクラブが、ブラジル人を求める

 さらに言えば、世界の隅々までブラジル人選手は広がり、チームの浮沈にかかわっている。

 Jリーグでも、ブラジル人選手の貢献度は高い。様々な国から選手がやってくるようになったが、彼らの貢献度は相当なもの。例えば、昨シーズンJ1の得点ランキングトップ10でも、1位のマルコス・ジュニオールを筆頭に5人がブラジル人選手だった。歴代のMVP、得点王もブラジル人選手が居並ぶ。

 昨シーズン、優勝した横浜F・マリノスもブラジル人選手たちが際立っていた。とりわけ、センターバックのチアゴ・マルチンスはJリーグでは飛び抜けた存在だった。そのおかげで、相棒の畠中槙之輔の成長まで促していた。

 では、単純なテクニックやフィジカルではなく、ブラジル人選手の何が優れているのか?

ブラジル人の適応力

 ブラジル人選手は、適応能力が圧倒的に高い。柔軟でこだわりが少なく、食事や習慣になじむことができる。多様な人種が国内に存在することもあって、ボーダーレスな感覚を身につけているのだ。

「ジンガ」

 それがブラジル人の武器になっているのではないか。それは体をスイングすることを意味するが、カポエラという護身術のリズムとも言われる。カポエラは、アフリカ系黒人労働者たちが支配者たちから身を守るため、音楽や歌に合わせながら、あたかもダンスしているようにカモフラージュしたと言われる。

 敵を欺きながら攻撃をかわし、身を守る技は、サンバのリズムに派生したという説もある。リオのカーニバルでは、女性たちが上半身と下半身で別の動きをし、それがなまめかしい姿となって、幻想的な踊りとなる。まるで肉体がジンガに操られているかのようだ。

 それをピッチで見せたのが、ロナウジーニョだった。

「ジンガは、リズムに乗ったときに、体内で湧き出てくるのさ」

 ロナウジーニョは言っていたが、彼のドリブルやパスは奇想天外だった。何にも囚われていない。ジンガの赴くまま、状況によって反応。即興的だったから、誰にも止められなかった。

 ブラジル人選手は、ピッチ内外で解き放たれているのだ。

ブラジル人のモラル

 一方、肉体的な感覚に身をゆだねる彼らは、彼ら独自のモラルで生きている。

<自分を高く買ってくれた相手のためにプレーする。そして結果を残し、さらに好条件を求める>

 シンプルな立身主義が根底にある。それは貧困が目立つ国で育ったせいもあるか。信仰心は強いが、例えば儒教的な規律の感覚はない。結果として、忠誠心のようなものが薄く、自らの向上のためには躊躇なく好条件を選択できるる。

 そのため、ブラジル人選手は驚くほど気ままに移籍する。Jリーグでも、クラブ愛を語っていた選手が、あっさりと大金で移籍。そこに日本人が抱くような苦悩はない。

 例えばブラジル代表ダニエウ・アウベスが、バルサ時代の恩師でマンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督に誘われたことがあった。口約束をしていたが、よりよいオファーに切り替えた。悪気は毛頭ない。忠義という言葉が彼らには深く根差していないのだ。

囚われていない故に自由

 もっとも、ブラジル人選手はその“自由”のおかげで、世界中を飛び回れる。所属先で結果を残さなければ明日はない、と弁え、全力を尽くす。しかし、それは封建的なご奉公の感覚ではない。ブラジル人選手は彼らなりの覚悟で国を出て、プレー場所を求めているのだ。

「ホームシックはあったよ。でも、俺に戻る場所はない。そう言い聞かせてプレーした。進むしかなかった」

 23歳でブラジルを出て、イベリア半島で流転し、帰化してスペイン代表になったカターニャは、そう打ち明けていたことがあった。彼のように、多くのブラジル人選手が逞しく異国に根付いている。止まったら、道は断たれる。

「マドリーでプレーできるなんて最高さ!」

 レイニエルは言う。ブラジルの先達たちのように、腹を括れるか。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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