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引退を発表した王子。トッティとは何者だったのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
美しいフォームでCK蹴るトッティ(写真:ロイター/アフロ)

自宅前には校庭があった。昼下がり、5歳の男の子は、6歳も上の兄の草サッカーに混ざろうとついてきた。ひょこひょことした足取りで、彼は兄の同級生たちに煙たがられることになった。

「足手まといだ!」

悪し様に言う兄の友人もいて、なかなか仲間に入れてもらえなかった。それでも彼は諦めない。兄に執拗にせがみ、渋々だが聞き入れてもらえた。

「ビンバンブン」

イタリアのじゃんけんのようなもので、チームを分けた。それぞれのリーダーが指を振り出し、合わせた数が奇数か偶数かで交互に味方を選んでいった。

彼は最後まで余ってしまう。余りもののように、一方のチームに組み入れられた。押しつけられたチームは、「1人少ないも同然だ」と不服そうだった。

しかし数分後、そこにある景色や空気は一変していた。

誰一人、その小さな男の子に敵わなかった。

「だから言ったでしょ、お兄ちゃん!」

ボールと戯れて笑う5歳は、天使にも、悪魔にも見えたという。次の日から、彼はビンバンブンで真っ先に選ばれることになった。

フランチェスコ・トッティ、5歳の日々である。

5才で蹴る球が魔物に見えた

2017年7月18日、フランチェスコ・トッティ(40才)は現役引退を自身のSNSで告白している。

「サッカー選手としての人生の前半戦が終わった。これからより重要な後半戦を、チームフロントとして始める」

下部組織時代も含めると28年も在籍したASローマで、ディレクターに就任することを発表している。一時代を牽引した英雄は、MLSやJリーグへの移籍も噂されたが、ローマ一筋で幕を閉じることになった。

トッティの魅力をどう表現するべきか?

少なくとも、タイトルでは語れない。スクデット1回、コッパ・イタリア2回、2006年にはワールドカップでも優勝。5回のセリエA最優秀選手賞、1回のセリエA得点王など個人タイトルも少なくない。

ただ輝かしい記録ではあるが、それだけで括るとつまらなくなってしまう。彼がピッチに立つ姿は、否応なく心を揺さぶるものがあった。「記憶に残る選手」と言うのか。さりげないボールタッチで、度肝を抜くようなゴールチャンスを創り出す。生来のファンタジスタ。ボールに愛された男とも言える。それも、懦弱さを孕んだパサーという枠にとどまらない。足下にボールが入ったら、鋭く足を振り抜き、ネットに叩き込む豪快さも見せつけた。

「正直、フランチェスコ(トッティ)のキックを受けるのは、大人なのに怖かった」

彼のルーツを取材したときに明かしてくれたのは、トッティの母のいとこであるアルベルトだった。トッティの幼少期、親戚一同で夏のビーチバカンスに出かけるのが恒例だったという。5,6歳だったトッティは、食事も上の空なほど「早くサッカーしようよ」と成人であるアルベルトに向かって目を輝かせたそうだ。

「私はビーチサッカーでGKをやることが多かったんですけどね」

アルベルトは身振り手振りを交え、興奮気味に逸話を語った。

「フランチェスコが蹴るボールは"魔物"に見えましたよ。大袈裟に聞こえるかも知れませんが。水を含み砂がついたボールを蹴り込まれるんです。重いし、手が痺れるほどでした。『こんな重たいボールをよく蹴れるな?』ってあいつに訊いたんですよ。そしたら、『ボールの芯を蹴ればいいんだよ!』なんてにこにこと笑うばかりで。とにかく信じられない子供でした」

才能を授かった子供だったのだ。

スーパースターの技をコピー

トッティ少年は、純然としてサッカーに打ち込んだ。ディエゴ・マラドーナ、ファン・バステン、ヨハン・クライフ、そしてジュゼッペ・ジャンニーニ。英雄的選手たちのプレービデオをすり切れるほど見て、ひたすらマネした。スローモーションでフェイントやシュートを研究していたという。

「これは体重を蹴り足に乗せているから、ボールがミサイルのように飛んでいくのさ」

トッティは自慢げに研究結果を語った。驚くべきことに、スーパースターの技をほぼ完全にコピーすることができた。

"神の子"は試合中、横でリフティングをしているだけで、地域の大きなクラブにスカウトされている。まるで漫画のような話だが、実際の話だ。そこでプレーするようになってからは、誰もが知るようなビッグクラブからのオファーが次々に舞い込むようになった。ACミラン、ユベントス、ラツィオ、そしてローマと引く手あまただった。

トッティがローマを選んだ理由は、兄がロマニスタだったからだという。

「母の実家はラツィアーレ(ラツィオファン)だったから、今でも母方の家族は悔しがっているよ」とアルベルトは冗談っぽく言って笑っていた。

しかし、いわゆる神童の話は世界中にいくらでもある。神の子は多くの場合、それなりの大人になってしまうのだが、トッティは純真なままだったのだ。

サッカーを楽しみ、仲間を思える資質が最大の異能

「フランチェスコを始めて見たのは1991年で、自分が現役最後のシーズンだった」

ローマのシンボルとして幕を閉じたブルーノ・コンティは、そう明かしてくれた。1982年スペインW杯、コンティはイタリア代表の左ウィングとして世界を制している。

「フランチェスコの才能は図抜けていたよ。両足で蹴れるし、へディンが強く、ディフェンダーを背負っても、振り向き様の景色が見えているんだ。ただ、才能があっても潰れるケースは少なくない。人間性が良くなければ、この世界では成功できないのさ。その点、あいつは見かけによらず心やさしく、気配りもできる男さ。クリスマスには私にプレゼントをくれたりね。ほら、このペーパーナイフもあいつの贈り物なんだ」

コンティはそう言って、手元のペーパーナイフを持ち上げた。

長いキャリアにおいて、トッティは物議を醸す言動に及んだこともあった。しかし、憎まれない性格で、多くの人に愛された。それは彼の生き方に悪意がなかったからだろう。

<サッカーを、カルチョを楽しみたい>

それはストイシズムとも少し違う、好奇心や探求心に近いだろうか。ボールを蹴る情熱が途切れるまで――。5歳の日々のような天真爛漫さで、彼はピッチに立った。その姿が敵味方、そして観るものを感動させたのだ。

英雄の伝説は永遠に――。本人が語っているように、これから人生の第二幕が上がる。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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