Yahoo!ニュース

サッカー監督ってなんだろう?ジダンに見る監督に必要な"内申点"。

小宮良之スポーツライター・小説家
チャンピオンズリーグ、ローマ戦で指示を出すジダン監督。(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

サッカー界では、英雄ジネディーヌ・ジダンがレアル・マドリーの監督に就任したことが大きなニュースになっている。その求心力は絶大で、「ジダンのいうことはすんなりと心に入ってくる」(クリスティアーノ・ロナウド)というように、スター選手も神妙に服する。そのカリスマ性は、リーダーにとって欠かせない要素だろう。

一方、嫌われ者のようにマドリーの監督を追われたラファ・ベニテスは、人を惹きつける魅力が足りなかった。ベニテスは戦術の論理を高め、成功体験を経て、それがカリスマの代用をしていたが、マドリーという巨大なクラブではまがい物として扱われた。ベニテスにとっては戦術こそが正当性であったため、それを否定されても固執せざるを得ず、最後は戦術に溺れ死んだ。

しかしながら、優れたサッカー監督とはいずれか、ということになると、ジダンとベニテスを比較して、安易に前者を称賛するべきではないだろう。ジダンは今の所、選手時代に手にしたカリスマを用いているに過ぎず、日々の練習の中で修正を施し、勝利を重ねられなければ成功は得られない。ベニテスは監督として培ってきた戦術や勝利体験の使い方を誤っただけなのだ。

対照的なジダンとベニテスだが

名選手は名監督か、という議論はつきまとうし、一つ言えるのは、選手時代の経験にすがっている監督に明日はない。

そもそも、アリゴ・サッキやジョゼ・モウリーニョはプロ選手としての経験はないし、ジョゼップ・グアルディオラが心酔するファンマ・リージョも同様である。また、セビージャでヨーロッパリーグを連覇しているウナイ・エメリは選手時代、凡庸だった。監督として選手時代の経験で有効なのは「ロッカールームの雰囲気を知り、負けた後の心理状態や勝った後の気の緩みを弁えていることだけ」とも言われる。

ジダンは監督としてこれから荒野を生きることになるだろう。

結局のところ、監督は勝利を重ねることによって信頼を得るしかない。もし勝利を逃せば、ジダンといえども容赦のない批判を受ける。それゆえ、監督は勝利のためのメソッドや準備が必要になる。集団を率いることは簡単ではない。日々の練習で正しく修正を施し、連動性を向上させなければならず、複雑な仕事で、ストレスは相当なものである。

「監督は大学の教授のように学生を前に、一番ものを知っていなければならない」(デポルティボ・ラ・コルーニャでリーガエスパニョーラを制覇した名将、ハビエル・イルレタ)

「監督はチームを率いていようといまいと、監督であり続けなければならない。もしチームを率いていないなら、講義に出たりして見聞を広め、深めることだ。監督として成長するためにね」(スポルティング・ヒホンのエウセビオ監督)

「なぜ監督をしているのか?それは指導に情熱を感じているからで、私はいついかなるときも、ビッグクラブだろうが、ユースのチームだろうが、監督として働くことを求めるし、できると確信している」(マラガのハビ・ガルシア監督)

監督たちの決意は固い。結果、監督は監督のマスクのようにかぶる。それはいつしか脱げなくなり、自分の顔そのものになる。さもなければ、やっていけないのだろう。

世界最高峰のリーガエスパニョーラでは、監督はミスターの称号で呼ばれる。リーダーとしてリスペクトされ、同時に重い責任を負わされる。それは孤独な立場と言える。フィジカルトレーナー、ヘッドコーチ、GKコーチ、アナリストら指導者たちの長であり、当然、選手たちを率いていくボスでなければならない。

「だれかに愚痴をこぼしたい、後悔する、泣き言を口にする、そういう人間に監督は向かない。孤独。それを引き受けられるかどうかだ」

スペインで指導者ラインセンスを取得するときには、その覚悟が問われる。

マドリーの監督を解任されて2ヶ月後、ベニテスはプレミアリーグのニューキャッスルユナイテッドの監督を引き受けることになった。「なんで2部に降格する可能性のある凡庸なチームの依頼を引き受けたのか?」と訝しがる人がいるかもしれない。だが、ベニテスは監督としてチームを率いる情熱に駆られただけだろう。

そしてジダンは監督のマスクをかぶる。気持ちを隠すため、微笑を浮かべながら。選手時代の経験はアドバンテージでしかないが、彼はそれをうまく用いている。

「私は選手として何年も戦った。いかに簡単に試合に負けるか、その経験をしている。どのチームも我々を打ち負かせる。それは水のように透明で明らかなことだ。とにかく勝つことを考える。楽に勝てる試合などない」

ジダンは言う。監督は勝負師として生きる。さもなくば、荒野で野垂れ死にするだけのことだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事