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世界王者バルサ、静かに鳴る警鐘

小宮良之スポーツライター・小説家
MSNは世界フットボールを席巻するが・・・。(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

Please ”DONGOU”

今年1月、スペイン最大のスポーツ紙『マルカ』はダジャレでバルサの危機を煽っている。バルサの下部組織「マシア」出身のDONGOUという若手カメルーン人FWが移籍でチームを去る中、「どうか、行かないでくれ(don't go)」と英文にかけている。2013年には18歳でトップデビューも飾っていたドンゴウだが、トップに昇格することはできず、燻っていた。業を煮やし、2部のレアル・サラゴサに去ってしまったのである。

マシアからの“脱出”は相次いでいると言われ、バルサの未来をも危ぶむ声も聞こえてくる。

世界王者の実情とは――。

揺らぐ、クライフの哲学

昨年12月、ルイス・エンリケ監督に率いられたFCバルセロナは、クラブワールドカップで南米王者、リーベルプレートを労せず下し、頂点に立っている。バルサは欧州チャンピオンズリーグ、リーガエスパニョーラ、スペイン国王杯の覇者でもあり、今や「無敵」の感すらある。リオネル・メッシ、ルイス・スアレス、ネイマールの攻撃トリオは、頭文字を取って「MSN」と名付けられ、史上最高のアタックラインとも言われる。

しかし、バルサがバルサたる所以はマシア(バルサの下部組織)のはずだった。バルサの伝説、ドリームチームを作った名将ヨハン・クライフがマシアに息吹を吹き込み、画期的な攻撃スタイルを確立した。

「ボールは汗をかかない」

「自分たちがボールを回していれば、失点などしない」

「4点取られたら、5点取ればいい」

そうした攻撃的フットボール哲学を、クライフはマシアに浸透し、受け継がせていく仕組みを作った。その結果、「ナンバー4」と言われる司令塔ポジションだけで、ジョゼップ・グアルディオラ、シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セスク・ファブレガス、セルジ・ブスケッツ、チアゴ・アルカンタラらの系譜を作っている。なにより、メッシもその土壌が育んだスーパースターと言える。

2012年11月のレバンテ戦では、ピッチにたった11人全員がマシア出身者という偉業も果たしている。この試合を4-0で勝利したバルサは、そのシーズンのリーガエスパニョーラ王者にもなった。昨今、欧州の有力チームは数人の下部組織出身者がいるだけ、チェルシー、マンチェスター・シティ、アーセナルなど下部組織出身者が珍しい。バルサがどれだけ特異なクラブか分かるだろう。

一つの哲学の基に育てられた気鋭の選手たちが、バルサの伝統を受け継ぎ、世界を席巻する――。それがバルサらしさだった。

ところが、ルイス・エンリケ監督は現実的に勝利を求め、有力外国人選手を用い、マシア出身者は減少している。トップチームで出場機会がないことで、バルサB(セカンドチーム)の若手選手は一斉に新天地を求める流れになった。冒頭に記したドンゴウはその一人に過ぎず、他にグリマウド、アダマなど若手の流出が止まらない。

「完成した外国人選手とポジション争いしても勝てないよ」とぼやきが聞こえるように、若手選手がメッシ、ネイマール、スアレスに勝てる公算は低い。ノリート、マルティン・モントーヤ、クリスティアン・テージョ、デニス・スアレス、デウロフェウらでも、ポジション争いにすらならず、退団した。トップで実績があり、スペイン代表としてもワールドカップやEUROで優勝を経験しているペドロでさえもプレミアリーグに渡っている。

しかしアレン・ハリロビッチのような期限付き移籍はまだしも、完全移籍では買い取りオプションをつけても売り渡したも同然だろう。「マシア」はバルサの命脈である。それが途切れたら、早晩に衰えを見せるはずだ。

その一方、「世界のトップに君臨し続けるには、マシア組にさえも甘えは許されない」という声もある。例えば、「メッシの後継者」は各カテゴリーで育成されているが、実際に比肩する選手はなかなか現れない。例えば2009年に18歳でトップデビューしたガイ・アスリンは「メッシ二世」と現地で騒がれたが、伸び悩み、今では母国イスラエルに戻り、ハポエル・テルアビブというクラブで再起を期している。

バルサで通用する選手を輩出し続けるのは、マシアと言えども簡単ではない。

優秀な選手は一つの塊となって現れるとも言われ、メッシもジェラール・ピケ、セスク・ファブレガスらと同世代で、お互い高め合うことでトップに上がった。こうした世代の出現は、いくらか偶然的であり、コントロールできない。たとえマシアで目立った活躍していても、バルサで真の戦力となるかどうか、の計算は立たないのである。さらに言えば、バルサBは昨シーズン、2部から2部B(実質3部)に降格し、戦力ダウンは著しい。2013-14シーズンに2部で3位(1部昇格県内)だったことを考えれば、見る影もないのが現状と言える。

ルイス・エンリケとしても、無い袖は振れぬ、ということだろうか。

しかし、バルサはマシアがエネルギーになっていることは間違いない。クライフが植え付けたフィロソフィーを体現する選手が根幹からいなくなったとき、らしさは失われる。有力外国人選手を揃えるだけでは、やがて限界が来る。じっくりとチームに馴染むことで、マシアらしいインテリジェンスを発揮しつつあるセルジ・ロベルトのようなケースもあるだろう。

「今のバルサは世界最高のカウンター型チーム」

かつてバルサを率いていたグアルディオラは讃えているが、これはマシアの若手を取り込めていない現体制への揶揄、もしくは警鐘に聞こえる。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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