読売新聞によると、JR東日本は、駅構内に設置された顔認識カメラの検知対象に刑務所の出所者と仮出所者を含めていたが、出所者の監視や行動制限につながるのではという読売新聞の指摘を受け、取りやめたという。JR東日本の検知システムは、カメラに映った人の顔情報と、データベースに登録した人物の顔情報を自動照合する仕組みだ。

『マイノリティ・リポート』とは違う

顔認証ソフトウェアによる検知システムは、未来の犯罪を予測しようとするもので、「クライシス・マネジメントからリスク・マネジメントへ」というパラダイム・シフトから来ている。

クライシス・マネジメントとリスク・マネジメントの違いについては、こちらを参照されたい

もっとも、犯罪の「予測」と「予知」は別物である。「予測」には科学的根拠が必要だが、「予知」には科学的説明は不要だ。例えば、スティーブン・スピルバーグ監督の映画『マイノリティ・リポート』(原作はフィリップ・ディックの短編小説)が描いた犯罪予知も、科学者ではなく、ミュータント(超能力者)が行っていた。

ただし、科学に基づく予知も、ないわけではない。地震予知がその例だ。この場合、予測との違いは確率の差でしかない。予知は絶対確実に起こると断定する。これに対し予測は、高い確率で起こる(起こりそうだ)と推測する。要するに、科学的根拠がある場合でも、前もって知ることと、前もって測ることとでは、意味するところに大きな違いがあるのだ。

防犯カメラには「予測」が不可欠

確かに、真の意味で「防犯カメラ」にするためには、犯行直前の犯罪を予測し対処できなければならない。そうでなければ、防犯カメラの実体は、事件発生後に活躍する「捜査カメラ」にすぎない。

ただし問題は、犯罪予測の仕方、リスクの測り方である。

JR東日本の検知システムは、出所者の顔のデータベースを、「ものさし」に使おうとしていた。それでは、人権上の問題を起こしかねない。少なくとも、出所者のインフォームドコンセントが必要だろう。

アフガニスタンでは、実権を握ったタリバンが、米軍協力者の顔のデータベースを押収したことが問題になっている。プライバシーの扱いは慎重でなければならない。

これに対し、出所者の顔のデータベースを必要としない検知システムが、「ディフェンダーX」というソフトウェアだ。犯罪を実行しようと近づくときに生理的に起こる「ふるえ」を検知することで、犯罪を予測しようとするものだ。つまり、犯罪企図者の生理反応を、「ものさし」に使うのである。

ディフェンダーX (C) 2021 ELSYS ASIA SECURITY SDN BHD
ディフェンダーX (C) 2021 ELSYS ASIA SECURITY SDN BHD

理論なき実践は暴力

人は、緊張したとき、動かしたくなくても、手が震えたり、声が震えたりする。挙げた手が静止して見える場合でも、微妙に震えていることがある。身体的・精神的なストレスによる一過性の「ふるえ」は、顔の皮膚にも現れる。そうした顔面皮膚の微振動を解析して、その人の現在の緊張度を測定しようというのが「ディフェンダーX」だ。

このソフトウェアは、生理学的には、ポリグラフ(俗称「うそ発見器」)や、離れていても心拍と呼吸を感知できるドップラーセンサー(電波センサー)の原理に近い。イメージ的には、アニメ「PSYCHO-PASS(サイコパス)」の世界に近い。

「ディフェンダーX」は、既に設置されている防犯カメラに搭載するだけで機能するが、「ディフェンダーX」が激しい緊張状態にある人を検知しても、なぜ緊張しているのかまでは、このソフトでは分からない。

そのため、検知した人を犯罪予備軍とみなすことはできない。あくまでも、今ここで助けが必要な「声かけ対象者」と位置づける必要がある。その点では、駅に設置すれば、自殺しようとしている人を助けられるかもしれない。

防犯と人権、安全と自由は、ときにトレードオフ(相反)の関係にならざるを得ない。それでも、できるだけ両立するように、「実践なき理論は無力であり、理論なき実践は暴力である」ことに留意したい。