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リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件から17年 市橋達也が逃亡中に潜伏していたのは、この場所?

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:行徳警察署/Shutterstock/アフロ)

今月26日、英会話学校のイギリス人講師リンゼイ・アン・ホーカーさんが絞殺された事件から17年を迎える。

事件を起こした市橋達也受刑者は、殺人現場となった千葉県市川市のマンションから、捜査員の追跡を振りきって逃走した。

市橋受刑者は各地を転々としながら、整形手術を受けたり、沖縄の無人島で自給自足生活をしたりと、過酷な逃亡生活を送ることになる。

指名手配のポスター(千葉県行徳警察署)
指名手配のポスター(千葉県行徳警察署)

しかし2009年、通報を受けた警察によって大阪南港フェリーターミナルで逮捕された。現在、無期懲役囚として長野刑務所に収監されているという。

この事件をめぐっては、小説や映画で扱われるなど、社会的関心が高かったものの、そのほとんどが「犯罪原因論」からのアプローチで、「犯罪機会論」の視点はなかった。犯罪機会論からも、有益なヒントが得られるにもかかわらずだ。

犯罪学では、人に注目する立場を「犯罪原因論」、場所に注目する立場を「犯罪機会論」と呼んでいる。

犯罪原因論は、読んで字のごとく、犯罪の原因を明らかにしようとするアプローチ。犯罪は人(犯罪者)が起こすものなので、犯罪原因論は犯罪者を重視することになる。「なぜあの人が?」というアプローチだ。

これに対し犯罪機会論は、犯罪原因を抱えた人がいても、その人の目の前に、犯罪の機会(チャンス)がなければ犯罪は実行されないと考える。機会を生むのは場所や状況なので、犯罪機会論は犯行現場を重視することになる。「なぜここで?」というアプローチだ。

「機会なければ犯罪なし」を主張する犯罪機会論は、「防犯」を主な舞台とするが、実は「捜索」にも効果的だ。とりわけ、逃亡者の潜伏先や隠れ家を突き止めるのに有効である。捕まりたくないと思うのは、これから犯罪をしようとする者も、すでに犯罪を行った者も同じだからだ。

犯罪機会論の研究の結果、犯罪が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」であることが、すでに分かっている。

果たして、逃亡者の隠れ家も「入りやすく見えにくい場所」なのか――。

この点について、リンゼイ・アン・ホーカーさんの殺害事件を素材に考えてみたい。資料にするのは、市橋受刑者が自ら逃亡劇をつづった『逮捕されるまで:空白の2年7カ月の記録』。その中の青森編を基にする。

そこにはこう書いてある。

「青森駅前には大きな橋がかかっていた。その橋の下に海に面した公園があり、公園と橋とをつなぐコンクリート製の橋脚に挟まれた、幅1メートル弱ほどの細長い隙間に隠れて眠った。公園自体はかなり広くて海浜公園のようだった。海沿いに建てられた県の物産館のような施設もあった。公園周辺には倉庫が広がっていて、駅前の大通りからは少し離れているので、人通りも車の通りも少なかった」。

ここで言う「隙間」は下の写真の場所だと思われる。まさに「見えにくい場所」である。

筆者撮影
筆者撮影

また、「青森には1週間ほどいた。昼は市内を歩いて、夜は駅前公園の隙間に戻って眠った」とも書かれている。

こちらの「隙間」は下の写真の場所だと思われる。ここもやはり「見えにくい場所」である。

筆者撮影
筆者撮影

筆者撮影
筆者撮影

筆者撮影
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公園については、

「公園にあったブルーシートを拾って、それにくるまって眠った。夜寒くて目が覚めると、雪が降っていた。シートを持って公園の障害者用トイレの中でくるまって眠った」という記述もある。

ここで言う「トイレ」は下の写真のトイレだ。

筆者撮影
筆者撮影

筆者撮影
筆者撮影

筆者撮影
筆者撮影

公衆トイレなので「入りやすい場所」である。しかし、長期間トイレを占有していると、クレームが入り不法占拠が発覚するかもしれない。だが、このトイレの場合、目の前に観光物産館があり、トイレ利用者はまったく不自由しない。その意味で、異変に気づきにくい「見えにくい場所」なのだ。

公園を出て訪れたのが図書館。それについては、

「駅前の総合ビル内の図書館に行き、事件後一週間分の新聞を見て、自分の記事に目を通した。 事件前にドトールで撮られたリンゼイさんと僕の不鮮明な写真が出ていた」と書かれている。

ここで言う「図書館」は下の写真の図書館だ。

筆者撮影
筆者撮影

筆者撮影
筆者撮影

筆者撮影
筆者撮影

市橋受刑者はここで新聞を読みあさっていたようだ。公共図書館なので、だれでも利用できる「入りやすい場所」だ。さらに、新聞閲覧コーナーに座れば、顔を見られない「見えにくい場所」でもある。

このように、青森でひそかに隠れていた場所には、犯罪機会論のキーワード「入りやすい」「見えにくい」が当てはまる。犯罪機会論は、意外なところでも活躍できるのだ。

例えば、沖縄県にあるNPO「認知症行方不明者家族の会」では、認知症の行方不明者の捜索に犯罪機会論を利用している。ホットスポット・パトロールと同じ発想、同じ手法だ。

日本では、普及が一向に進まない犯罪機会論だが、その有効性に気づいた人は、しっかりと実践しているようで心強い。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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