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新学期、子どもを守る! 犯罪に巻き込まれないために必要な、たった一つのこと

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:アフロ)

新入学・新学期の季節。どうすれば子どもを守れるのか――。

「常識とは、18歳までに心にたまった先入観の堆積物にすぎない」

物理学者アルバート・アインシュタインのメッセージだ。

「人がトラブルに巻き込まれるのは知らないからではない。知っていると思い込んでいるから」

作家マーク・トウェインのメッセージだ。

この二つを結びつけ、犯罪問題に当てはめると、

「人が犯罪に巻き込まれるのは、犯罪について知らないからではない。知っていると思い込んでいるからだ。親や教師から、犯罪について何度も聞かされ、それが先入観として堆積し、できあがった常識こそが被害の原因」

ということになる。

リスクとクライシスは違う

子どもの防犯における常識は、「走って逃げろ」「大声で叫べ」「いかのおすし」「防犯ブザー」「位置情報確認アプリ」というもの。しかし、これらはすべて、危機が起こった後の「クライシス・マネジメント」だ。

ところが、海外の常識はそうではない。危機が起こる前の「リスク・マネジメント」が常識だ。リスクは「危険」であり、リスク・マネジメントは「襲われないためにどうするか」という発想。対照的に、クライシスは「危機」であり、クライシス・マネジメントは「襲われたらどうするか」という発想である。

例えば、学校で火災が発生したとき、火が燃え広がるのを防ぐために散水スプリンクラーを設置しておくのがリスク・マネジメントで、みんなでバケツの水をかけるのがクライシス・マネジメントだ。子どもの交通安全なら、「車が来ていないか、左右を確認してから渡る」がリスク・マネジメントで、「車にぶつかったら、柔道の受け身をとる」がクライシス・マネジメントである。

では、リスク・マネジメントで何が重要か。

その専門家であるクレイワーゲンによると、草食動物のリスク・マネジメントは「早期警戒」だという。早期警戒が、近づいてくる肉食動物の早期発見につながるからだ。

「黄色い帽子」が危ない?

そこで、肉食動物・犯罪者が、どういう草食動物・子どもに近づいてくるのかを知る必要がある。それが分からなければ、警戒の仕様がないからだ。実のところ、犯罪者がそれを教えている。

群馬県高崎市で小学1年生を殺害した犯人は、弁護人にあてた手紙で、「黄色い帽子が目印になる」と指摘している。三重県で30件の連れ去り事件を起こした犯人も、新聞記者と交わした手紙に、「黄色い帽子をかぶっているから目隠しには十分」と書いている。

「黄色い帽子」は1年生のシンボルだが、それが犯罪者を引き寄せているとは悲しすぎる。しかし、冒頭で述べたように、そうした常識を鵜呑みにし、子どもを危険にさらすことはもっと悲しい。

子どもの連れ去り事件の8割は、だまされて自分からついていったケースだ(警察庁調査)。それを考えるなら、「最もだまされやすい1年生」という情報を犯罪者に教えるのは避けた方が無難だ。

前述した2人の犯罪者は、「1人で歩いている状況」を狙うとか、1年生を狙うのは「下校が早くて1人になりやすいから」というように、子どもが1人のときに狙うと言っている。1人のときの方が複数でいるときよりもだましやすい、と犯罪者は思っているわけだ。

このことから分かることは、黄色い帽子をかぶって1人で歩いている子どもがターゲットになりやすい、ということだ。このことを理解するため、草食動物のシマウマを考えてみよう。

夜行性のライオンやハイエナは、白黒映像(明暗差)で物を見ている。そのため、シマウマが群れれば、個々のしま模様が複雑につながり、一頭一頭の輪郭がはっきりしなくなる。集まることでターゲットの存在を消しているわけだ。

だまし絵のようなシマウマ 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
だまし絵のようなシマウマ 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

ところが、群れから離れれば、相当に目立つ。孤立したシマウマは、格好のターゲットになってしまう。目立つシマウマが狙われるように、黄色い帽子で目立つ子どもが狙われる由縁だ。黄色い帽子の子どもは、サバンナなら、次のように見えるかもしれない。

写真(筆者撮影)とイラスト(イラストAC)の筆者合成
写真(筆者撮影)とイラスト(イラストAC)の筆者合成

リスクを回避させる地域安全マップ

したがって、交通安全を願って「黄色い帽子」をかぶらせるなら、それでも狙われずに済む方法を、「地域安全マップづくり」を通じて教えるべきだろう。というのは、地域安全マップづくりは、リスク・マネジメントの手法だからだ。

地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を、風景写真を使って解説した地図である。具体的に言えば、(誰もが/犯人も)「入りやすい場所」と(誰からも/犯行が)「見えにくい場所」を洗い出したものが地域安全マップだ。

犯罪機会論のキーワード 筆者作成
犯罪機会論のキーワード 筆者作成

「入りやすく見えにくい場所」で、犯罪者(肉食動物)は、子ども(草食動物)に近づいてくる。どのような場所が危険な場所なのかについては、次のアニメ「あぶないとこって、どんなとこ?」を視聴していただきたい。「入りやすく見えにくい場所」を見極める「景色解読力」が一気に高まるに違いない。

地域安全マップづくりは「犯罪機会論」を誰でも楽しみながら学べるツールである。しかし実際には、犯罪機会論に基づき、正しい方法で実施している学校は非常に少ない。クライシス・マネジメントという常識に囚われているからだ。

犯罪に巻き込まれたくなければ、間違った常識を捨て、正しい知識を得るしかない。防犯について、日本の常識は、世界の非常識である。しかし、ほとんどの日本人はそうは思わず、防犯を知っていると自信満々だ。聞く耳を持たないと言ってもいい。そこに気づくのが、すべての出発点である。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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