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将軍様の前で「路チュー」する若者に手を焼く北朝鮮

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の兵士(デイリーNK)

 年末の北朝鮮では、1年を振り返る総括の年末総和が行われた。その場を通じて、若者の思想統制を強めたいというのが当局の目論見だ。

 反動思想文化排撃法、青年教養保障法、平壌文化語保護法の「反韓流三法」で締め付けを強化し、違反者を処刑するなど様々な手を尽くしているが、若者の心は国や朝鮮労働党、金正恩総書記から離れていくばかりか、むしろ反感が生まれている。

 その現状を、咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

 年の瀬を迎え、道内の朝鮮労働党の各市、郡の委員会は、若者を対象に思想を締め付ける取り組みを行ったが、彼らは従うどころか、むしろそれに反する行動を行っている。

 取り締まりを強めれば強めるほど、若者はそんな環境に適応してしまい、「どうせそのうち終わるだろう」と受け止めているため、取り締まり強化は意味がないと情報筋は見ている。

「新法ができて違反者の銃殺を目撃したのにもかかわらず、若者たちは『世界のトレンドに合わせて生きていこう』と南朝鮮(韓国)のドラマや映画で見たものを真似している」(情報筋)

 教化所(刑務所)や管理所(政治犯収容所)送りになった人も少なくないが、それでも若者たちは韓国に憧れを持って、韓ドラで見たファッションや言葉を真似しているのだ。たとえ取り締まり強化で、韓ドラの視聴が困難になっても、以前見たものが北朝鮮の文化を変えつつあるのだ。

(参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命

 韓国の影響は若者に恋愛にも影響を与えている。公の場で手を繋いで歩いたり、「路チュー」つまり、路上でキスしたりする若者ももはや珍しくない。上の世代には到底考えられない、故金日成主席と故金正日総書記の銅像のある広場でデートをするという「不敬」も、若者にはもはや当たり前のことだ。

 上の世代の考え方も徐々に変わり、以前なら路上でのキスを見かけたら赤面していたが、今では「自分たちの若い頃とは随分変わったね」と通り過ぎるだけだ。

 また女性が年上のカップルも増えた。当事者男性のAさんは次のように語っている。

「南朝鮮や米国のドラマを見ると、年齢とは関係なく恋愛も結婚もしているのに、わが国(北朝鮮)はなぜ年上の女性は恋愛の対象にならないのかと思っていた。しかし、幼馴染の6歳年上のお姉さんが、女性に見えるようになって付き合うようになった」

 当初は「頭でもおかしくなったのか」と交際に反対して激しく罵っていた両親も、今ではすっかり受け入れてくれたという。この数年で、女性が年上のカップルが増え、親の世代も新しい現象として受け止める空気となっている。

 さらに「結婚などしなくてもいい」という若者も増えている。情報筋によると、コロナ禍で生活が苦しくなり、一人で働いて一人で暮らすという考えの若者が増えた。以前から30歳以上の未婚女性はめったにいないものだったが、今では男女ともに30代でも結婚願望のない人が多いという。

 金正恩氏は、深刻な少子化の進行を公式に認め、結婚と多産が愛国だと発言したが、この調子では全く効果がないだろう。経済レベルは後進開発途上国レベルだが、恋愛と結婚、出産は先進国レベルになりつつあるという非常に歪な状態にあるのが、今の北朝鮮だ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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