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美人タレントを「全身ギプス」で固めた金正恩の秘密作戦

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
2016年に集団脱北した北朝鮮レストラン従業員(民族時報)

韓国政府は今月2日、東南アジア、中国、ロシアの5つの在外公館に注意を促すためテロ対策のレベルを「関心」から「警戒」へと2段階引き上げた。これらの地域で北朝鮮が韓国の大使館関係者や一般国民に対してテロを準備中との情報があるためだという。

金正恩総書記の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏がマレーシアのクアラルンプール国際空港で殺害された事件に見られるように、北朝鮮工作機関の作戦能力は決して侮ってはならないものだ。

ほかにも、韓国で「脱北美女」タレントとして活動していたイム・ジヒョンさん(本名=チョン・ヘソン)が突然消息を絶ったあと、2017年7月に北朝鮮の対外向けプロパガンダメディア「わが民族同士」に登場し、韓国社会を驚かせた事件があった。

彼女がいかにして北朝鮮に戻ったかは、未だミステリーのままだ。脱北して中国に潜伏していた当時、生き伸びるために出演したアダルトビデオチャット映像が流出したことなどを苦に、自主的に帰国したという見方がある一方で、北朝鮮の諜報機関に拉致されたという見方もある。

情報を総合すると、イムさんは2017年4月、中国遼寧省瀋陽の七宝山ホテルに入った。

このホテルは、表向き北朝鮮の国家保衛省(秘密警察)系列の貿易会社が運営していることになっているが、実際に運営しているのは海外反探局、つまりスパイ担当部署だ。

イムさんには、在留資格のために偽装結婚した中国人の夫がいたが、保衛省の関係者に抱き込まれた夫は、借金と離婚問題の解決に向けて書類の整理をしようとイムさんを呼び寄せた。そこで拉致が行われたようだという。

この北朝鮮の関係者は、保衛省がイムさんを拉致するため驚くべき手法を使ったと証言した。

保衛省の要員たちは麻酔を使ってイムさんの意識を失わせ、全身をギプスで固めて動けないようにした上で、第三者の北朝鮮パスポートを持たせ病人のふりをさせて丹東から北朝鮮に入国させたというものだ。

それにしても、北朝鮮はなぜイムさんを拉致したのだろうか。それには2つの理由がある。

ひとつは、2016年4月8日に起きた北朝鮮レストラン従業員13人の集団脱北事件だ。浙江省寧波市の「柳京食堂」で働いていた女性従業員12人と男性支配人が飛行機に乗って合法的に中国から出国し、わずか2日後の4月7日に韓国に到着したというのが事件のあらましだ。

(参考記事:美貌の北朝鮮ウェイトレス、ネットで人気爆発

北朝鮮当局は「かいらい一味(韓国政府)の集団的誘引・拉致蛮行」(2017年2月9日朝鮮中央通信)だとして、家族をメディアに出演させるなどして、執拗に女性従業員の送還を求めているが、韓国政府は黙殺している。

イムさんの拉致は、これに対する報復だとの味方があるのだ。

もうひとつの理由は、韓国社会に恐怖心を植え付けるたまだ。そのため、タレント活動でそこそこ知名度のあったイムさんをターゲットにした。実際、イムさんの帰国を受けて韓国国内の脱北者の間には恐怖が広がり、北朝鮮は目的を遂げた形となった。

ちなみに拉致対象者にギプスをするのは、北朝鮮がよく使う方法のようだ。

コンゴ駐在の北朝鮮大使館で一等書記官として勤務していた1991年5月に脱北し、現在は韓国の国家安保戦略研究院で副院長を務める高英煥(コ・ヨンファン)氏は、韓国のケーブルテレビ・チャンネルAに出演し、ギプスを使うのは保衛省の常套手段だとして、次のような目撃談を語った。

1989年、エチオピアに派遣されていた北朝鮮の園芸技術者が、逃亡を図ったが捕らえられた。当局は、彼に注射をして意識を朦朧とさせた上で、顔以外の全身にギプスをして交通事故で怪我をしたとの言い訳を並び立てて、モスクワ経由で北朝鮮に無理やり連れ帰った。

高氏は、ギプスで全身を固められ、秘密警察の要員に連行される男性を平壌の順安飛行場で見かけた。一緒にいた金永南(キム・ヨンナム)外相(当時)に「あれは誰か」と尋ねたところ、「園芸技術者だ」との答えが返ってきた。誰かがアフリカで脱北を図ったとの話は知っていたが、金氏の答えを聞き、その人物の運命を悟ったという。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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