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「晴れの日が続いてほしい」この一言で逮捕された北朝鮮男性の無念

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

「晴れの日が続いて欲しい」。そんな何気ない一言が男性を刑務所へと追いやった。

 北朝鮮の平安南道(ピョンアンナムド)の粛川(スクチョン)にある製塩工場。晴れるのを望むのは当たり前のことだが、それがお上の逆鱗に触れた。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

 化学工業省塩工業管理局傘下の南陽(ナミャン)製塩所では、黄海の海水を引き入れ天日で乾燥させる入浜式の天日塩田で、食用塩や、苛性ソーダ、塩酸の化学薬品の原料を製造している。

 現地の情報筋によると、この製塩所の40代の幹部がある日、こんな発言をした。

「このままずっと日照りが続ければ、塩の生産量を上げられる」

 国営の工場だけあって、国からは塩生産量の計画(ノルマ)が課されている。この幹部は、順調にノルマが達成できればいいという趣旨の発言を行っただけなのだが、保衛部(秘密警察)はそう見なかった。

 保衛部は幹部を連行して、こう追及したという。

「日照りが続けば良いというのは、稲やトウモロコシが枯れて農業増産を重大な課題としている最高尊厳(金正恩総書記)の政策が失敗することを望んでいるのではないか」

 製塩所の幹部が、晴天が続くことが望むのはごく当たり前のことなのに、保衛部は金正恩氏の政策に反対する反党分子だと難癖を付けたのだ。通常、「マルパンドン」(反政府的言動)というのは、もっと露骨に金正恩氏や朝鮮労働党の政策を批判することを指すはずだが、たったこれだけの発言での逮捕された。情報筋はその背景に触れていないが、保衛部の点数稼ぎだった可能性が考えられる。

(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態

 製塩所にも、増産の指示が出されていた。

 別の情報筋によると、北朝鮮でも一二を争うこの製塩所では、2017年に施設を更新して大量の塩が生産できるようになった、はずだった。ところが、電力供給がストップしているため、従来の塩田での生産に頼らざるを得なかった。

 そんなところに襲ってきたのが、新型コロナウイルスだ。当局は2020年1月、コロナの国内流入を防ぐために国境を封鎖し、物や人の行き来を完全に遮断したのだが、それにより中国から塩が輸入されなくなってしまった。化学工場に供給する塩が不足したことから、当局は製塩所の塩生産ノルマを2倍に増やした。

 ちなみにこの製塩所には、金正恩氏が2016年に現地指導に訪れている。また、2018年8月には当時の朴奉珠(パク・ポンジュ)内閣総理、2021年8月には現職の金徳訓(キム・ドックン)内閣総理が相次いで視察に訪れている。非常に重要な施設であることがわかるが、その割には電力供給がなされていないなど、国の施策はお粗末なようだ。

 また、現地のデイリーNK内部情報筋が2019年5月に伝えたところによると、新しく建設された貯水池から手抜き工事で海水が流れ出てしまい、労働者が手動ポンプで海水を組み上げて貯水池に貯めるはめになった。

 そのせいもあってか、保衛部は製塩所にスパイを送り込み、幹部の動向を監視させていた。それで件の幹部の逮捕に至ったわけだ。撤職(更迭)、朝鮮労働党からの出党(除名)の処分を受けた彼だが、本来、反党分子なら管理所(政治犯収容所)行きになってもおかしくない。

 しかし、誠実な仕事ぶりが評価されて、3年の労働教化刑(懲役刑)で済まされたという。そうは言っても、北朝鮮の教化所(刑務所)は人権侵害の総合商社だ。無事に生きて帰ってこられることを祈るばかりだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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