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北朝鮮軍「エリート部隊」で起きていた隠微な不祥事

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
朝鮮人民軍の兵士(デイリーNK)

 北朝鮮では、政治的に重要な意味を持つ日の前後は一切の事件・事故の発生が許されない。お祝いムードや厳かな雰囲気を乱すというのがその理由だが、今月8日の故金日成主席の命日を控え、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の基地から3人の兵士が脱営(脱走)する事件が起きた。

 デイリーNKの朝鮮人民軍内部の情報筋によると、中国との国境に程近い平安北道(ピョンアンブクト)東林(トンリム)に駐屯する第8軍団の125軽歩旅団で、新兵教育を終えて配属されたばかりの10代の兵士3人が脱走した。

 北朝鮮軍では、暴言や暴力、性暴力や飢えに耐えかねて逃げ出す事件はしばしば起きている。また、今回の脱走の起きた部隊が国境に非常に近いことから、中国に脱北した可能性も考えられる。そうなれば、さらに大事件となる。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

 また、執拗なイジメに耐えかねて、加害者を殺害するという事件も起きている。

 ちなみにこの部隊、軍事パレードのときに「核リュック」を背負って行進していたエリート部隊だ。

 脱走の動機は、上官の行き過ぎた訓練と暴言だった。

 上官である分隊長は、体を鍛えるとの名目で、夜の点呼が終わった後にも、彼らを呼び出して腕立て伏せ、格闘技の訓練、長時間のランニングなどを強いていた。「つらい」と愚痴をこぼそうものなら、「軍人に『はい』以外の答えはない」「普段の訓練もまもとにできないのなら、有事の際には逃げ出すだろう」などと言って、より一層厳しい訓練を課した。

 このように、度を越した訓練を夜中まで行うことは日常茶飯事で、「分隊長の命令を一つもまともに執行できていない」「真の軍人にはまだまだだ」などと罵り、様々な雑用を強いるなど、ひどい目に遭っていた。

 さらに、勤務生活総和(総括)では「訓練に誠実に臨んでいない」「分隊と分隊長の名誉を傷つけた」などと批判を受けていた。

 3人が逃げ出したのは、その翌日のことだった。部隊では、軍官(将校)と下士官がグループを作り、捜索に乗り出した。

 情報筋は、「兵士たちは最近、まともに食事も取れていない状態で訓練をさせられ、疲労困憊しているのに、罵倒されひどい目に遭わされて脱走しない者がどこにいる」と同情を示した上で、金日成氏の命日を控えて起きた事件だけあって、通常より重い扱いとされ、部隊の幹部に対する処罰は避けられないだろう。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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