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金正恩氏が「女性虐待収容所」を隠している

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

2005年から2016年までの間に許可なく国境を越えた後、海外から送還された女性は6473人。そのうち、送還後に処罰されたのは33人に過ぎない――。

米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)は4日、北朝鮮が最近、国連女性差別撤廃委員会が10月に実施する審議を前に提出した答弁書で、このように主張していると伝えた。

北朝鮮が、このように脱北者の数字に言及することは極めて異例だ。これはおそらく、金正恩党委員長の方針によるものと見て間違いなかろう。彼の許可なくしては、北朝鮮では誰もこのような踏み込み方はできない。

ただ、それは北朝鮮が「正直」になったことを意味してはいない。

VOAによれば、北朝鮮は答弁書で、こうした女性のほとんどは経済的な困難から越境したり、人身売買組織に騙されたりした人々であるとして、帰国後はいかなる処罰も受けておらず、現在は安定した生活を送っていると説明。また、処罰された33人は、海外滞在中に殺人未遂や麻薬取引など重大犯罪に関わった者たちだと述べているという。

たしかに、脱北した女性の大部分は、経済的な困難や人身売買被害により越境した人々だ。何ら法的な保護を受けられない中、潜伏先の中国で人権侵害に遭っている人も多い。

(参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

ただ、「帰国後はいかなる処罰も受けていない」との説明は、数多くの脱北女性が行った証言と大きく食い違っている。

たとえば、現在は韓国に暮らす脱北女性のキム・チャンミさんは2007年、いったんは中国へ逃れたものの北朝鮮に強制送還され、刑事犯として刑務所に送られ、激しい人権侵害を受けた。

(参考記事:刑務所の幹部に強姦され、中絶手術を受けさせられた北朝鮮女性の証言

また、米国の人権団体「北朝鮮人権委員会」(HRNK)のグレッグ・スカラチュー事務総長は、中朝国境地域の咸鏡北道(ハムギョンブクト)にある全巨里(チョンゴリ)教化所の過去数十年に渡る衛星写真を分析。その結果、「女性虐待収容所」とでも呼ぶべき施設が拡張された事実を突き止めている。

北朝鮮の拘禁施設は、強制労働、拷問、劣悪な環境で、国際社会の激しい批判を浴びている。とりわけ、女性虐待が日常化している実態は、元収容者や関係者の告発により明らかになっている。

(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

スカラチュー氏によると、全巨里教化所は1980年から1983年の間に開設された。そして、女性収容施設を拡張したのは2009年2月と8月である。収容者数は1990年代末には約1300人だったのが、今では5000人まで増加し、うち1000人が女性だという。

北朝鮮の主張は、このような情報と明らかに食い違っている。

もちろん、何事にも間違いは付き物だ。北朝鮮側としては「脱北者がウソをついている」「衛星で見ただけで何がわかる」と言いたいかも知れない。

ならば、国連などの調査団を受け入れれば良いのだ。それをしない以上、北朝鮮が疑惑の追及から逃れることは出来ない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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