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東海道・山陽新幹線にビジネス専用車両 新幹線のビジネス利用はどう進化したのか?

小林拓矢フリーライター
ビジネス利用に最適化されたN700S(写真:haru_sz/イメージマート)

 東海道新幹線が開業してからずっと、ビジネスでの利用は新幹線の主たる乗客層として存在し続けた。在来線とは圧倒的に異なる高速での移動、飛行機とは異なる高頻度の利用しやすい運行形態は、多くのビジネスユーザーをひきつけた。

 東京から福岡までの太平洋ベルト地帯には、日本のさまざまな産業が集積し、大都市も多い。その中でも東京から大阪までの東海道メガロポリスは、日本経済の中心地ともいえるエリアであり、このエリアを移動する東海道新幹線「のぞみ」の利用者は多い――少なくとも、コロナ禍までは。

 そんな東海道・山陽新幹線に、新たなビジネスパーソン向けサービスが10月1日から登場することになった。速達型列車「のぞみ」の7号車普通車に、「S Work」車両を導入する。

ビジネス対応の7号車ではどんなサービスが?

 この「S Work」車両では、パソコンやスマートフォンなどのモバイル端末を気兼ねなく使用できるようにする。新幹線(Shinkansen)でシームレス(Seamless)に仕事(Work)を、ということでこの名前になった。この車両の指定席は、エクスプレス予約などの「EXサービス」の専用商品として発売し、一般車両の普通車指定席と同額で利用できる。

 また、東海道新幹線区間のN700S「S Work」車両では、膝上クッションや簡易衝立、PC用ACアダプタ、USBメモリ、小型マウスを貸し出すサービスを行う。N700Sは、全車全座席にコンセントが配置されており、その特性を大いに生かせるサービスとなっている。

 あわせて、7号車普通車と8号車グリーン車では、これまでの新幹線車内のWi-Fiとは異なる新しいサービス「S Wi-Fi for Biz」を導入する。従来の2倍の通信速度であり、利用時間の制限もない。ビジネス利用を考慮して暗号化も設定する。

 ほかにも、N700S車内に「ビジネスブース」を、2022年春以降N700S限定で順次設けるという。喫煙ルームを改造し、短時間の打ち合わせなどで利用できる。オンライン会議などにも便利だろう。

 しかしビジネス対応は、新幹線車内だけではない。

駅でもビジネス環境を整備

 ほかのJRや私鉄では、駅構内にブース型シェアオフィスを導入するなどのビジネス向けの対応をすでに始めている。JR東海でも、そういったことを行う。

 この9月以降順次、東京・名古屋・新大阪の駅待合室に、半個室タイプのビジネスコーナーを設けたり、ベンチへのコンセントポールを設置したりする。

 12月上旬には、東京・名古屋・京都・新大阪に個室の「EXPRESS WORK-Booth」を備えるようにし、Web会議なども可能にする。また東京駅直結の丸の内中央ビルに、シェアオフィス「EXPRESS WORK-Lounge」を同時期に開設する。

 このように、ビジネス対応を強める東海道・山陽新幹線。コロナ禍で利用が減って余裕ができたから、というのもあると考えられるものの、東海道・山陽新幹線はそもそもビジネスユーザーが多く、そのための対応を続けてきたという歴史をふまえると、正常な進化である。ではこれまで、どんなビジネス対応を続けてきたのか。

まずは電話が始まりだった

 パソコンやインターネットなんてなかった時代、紙で多くの人は仕事をしていた。そんな時代の最先端の通信機器は、電話だった。東海道新幹線には開業当時から電話が備えられていた。初期は車内からの発信が中心であったものの、車内の人を対象に電話をかけるサービスも導入されるようになる。誰がどの列車に乗っているかさえわかればつなげられるようになった。

 携帯電話も普及するようになると、新幹線の中で途切れることなく電波がつながるにはどうしたらいいか、というのを工夫するようになり、トンネル内での対応工事も進んでいった。そんな中で新幹線の公衆電話は利用する人がいなくなり、なくなった。東海道新幹線では2002年に、山陽新幹線では2016年に全エリアで携帯電話の通話とデータ通信が可能になった。

 パソコンの普及とともに、車内での無線LANやコンセントが導入されるようになる。東海道新幹線では2009年から有料の公衆無線LANが使用できるようになった。700系の多くの編成には各車両両端の座席にコンセントが設置され、N700系になるとグリーン車の全席と普通車の窓側、車端部の座席に設けられた。

 当時の新幹線の無線LANは回線速度が遅く、それゆえに評判が悪かった。線路沿いにある漏洩同軸ケーブルからの電波を使用していた事情もある。2018年には東海道・山陽・九州新幹線で「Shinkansen Free Wi-Fi」が開始され、無料で利用できるようになった。

 そしてN700Sには、全席にコンセントが設けられた。

消えたビジネス対応サービスも

 いっぽう東海道・山陽新幹線には、なくなってしまったビジネス向けサービスもあった。100系のグリーン個室だ。1人室ではデスクワークに集中でき、個室内には専用の電話もあった。また2人室や4人室では商談も可能だった。

 もちろん、新幹線のグリーン個室利用にはお金がかかったため、大企業の経営者層などしか利用できないということもある一方、300系導入時に輸送力増強のために全車ふつうの座席車としたため消えていった。個室などなくても、行った先でビジネスに集中すればいいという考えだったのだろう。短くなった新幹線での移動時には休憩を、という考えもあったのかもしれない。

 しかしビジネスの環境はどんどんハードになっていく。300系の登場時には想像できなかった携帯電話の爆発的普及、スマートフォンで人々がいつもオンラインにいるようになり、パソコンを持たされているビジネスパーソンも増えた。新幹線でも休んではいられない社会になる。

 そんな中で、東海道・山陽新幹線のビジネス専用車両は生まれた。JR東日本の東北新幹線でも、類似の試みを何度か実証実験している。

 東海道・山陽新幹線は、ビジネスで移動する人のためにさまざまなサービスを作り出し、いまもそれは続いているのである。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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