東海道新幹線「ぷらっとのぞみ」新登場 値段の安さにある背景は?

「のぞみ」も「こだま」も「ぷらっと」に(写真:アフロ)

 ジェイアール東海ツアーズの旅行商品「ぷらっとこだま」は人気が高い。もしこれに「のぞみ」があったら、と思う人も多いのではないだろうか。

 もちろん、そう甘くはない。「こだま」は利用者が少なく、その利用者を喚起するためにこういった格安のプランがあるということはだいたいわかるだろう。また、「こだま」は各駅に停車するため、東京から新大阪までだと4時間近くかかり、「のぞみ」の2時間半程度にくらべてだいぶ時間が必要になる。「ぷらっとこだま」は、そういったマイナスの条件を利用者に理解してもらった上での格安プランである。

 その代わり、東京から名古屋までは8,500円、新大阪までは10,700円(どちらも通常期)と安く設定されていた。

「ぷらっとこだま」の存在意義とは?

「ぷらっとこだま」は1990年に発売開始され、「こだま」普通車指定席もしくはグリーン車に乗ることが可能であり、片道利用のものだ。1ドリンクの引換券もついている。

 利用できる駅は、「のぞみ」停車駅である東京、品川、新横浜、名古屋、京都、新大阪に加え、静岡・浜松と「ひかり」も停車する駅となっており、それ以外の駅では利用が不可能となっている。制限を設定することで、そのぶん安くしたというのが、このプランなのだ。

 しかし、「のぞみ」にも「ぷらっとのぞみ」が登場することになった。

「ぷらっとのぞみ」はなぜ驚きなのか?

「ぷらっとこだま」のしくみがおおよそ見えるから、「ぷらっとのぞみ」は逆に驚きである。「のぞみ」は速達形列車で利用者も多く、格安のプランを提示する理由はふつうなら考えられない。利用が集中し日によっては多くの列車が走り、いまでは1時間に最大12本運行することが可能となっている。

 特急料金でさえも紙のきっぷならば「ひかり」「こだま」よりも「のぞみ」は高く、外国人旅行者向け「ジャパンレールパス」の対象ともならないことから考えると、決して安売りはしないというJR東海の鋼の意志が感じられる列車だった。

 だがコロナ禍による利用者減少により、そうは言っていられなくなった。ジェイアール東海ツアーズは日帰り旅で東京~新大阪間往復15,200円のプランを発売するようになり、実質的に半額ということで多くの人が驚いた。だがこれは列車が限定されていたり、受け取りが面倒だったりと使い勝手の悪いものだった。

 一方で「ぷらっとこだま」は、出発前日17時までに申し込めば、東海道新幹線の駅券売機で受け取ることが可能であり、その利便性が多くの人に支持されていた。

「ぷらっとのぞみ」は、申込締切が出発3日前の23時30分までと、ちょっと不便なものの、「ぷらっとこだま」と同様に駅の券売機で乗車票を受け取ることができるという使い勝手のよさが魅力だ。もちろん、1ドリンク引き換え券もついている。9月17日から発売が開始され、10月1日発より利用が可能だ。

 旅行代金は、東京から名古屋までが10,000円、東京から新大阪までが12,700円となっている。紙のきっぷでは、名古屋までは11,300円、新大阪までは14,720円であり、エクスプレス予約だと名古屋まで10,310円、新大阪まで13,620円となっている。ただしエクスプレス予約は早期予約だともっと安いものもある。

 エクスプレス予約よりもちょっと安い程度ではあるものの、ふつうのきっぷに比べれば1,000円以上安く、利用を促進するにはちょうどいい設定である。

 ではなぜ、「のぞみ」の利用を促進させなければならないのか?

コロナ禍と「のぞみ12本ダイヤ」が「ぷらっとのぞみ」を生んだ

 8月18日に発表されたお盆期間の利用状況によると、東海道新幹線の利用は前年比24%だった。また同月27日に行われたJR東海金子慎社長の記者会見では、8月の1日から26日にかけて前年同期比75%減と話したと『日本経済新聞電子版』が報じている。今年度の累計では79%減だという。

 一方、お盆期間には利用者のソーシャルディスタンスを確保するために「のぞみ12本ダイヤ」を稼働させた。いまの東海道新幹線のダイヤでは、利用者が増えても「のぞみ」なら増発が可能であり、現状ではダイヤと車両にかなりの余裕がある。

 そんな中、JR東海は利用者減で経営が厳しくなっている。少しでも利用を促進しようと、「ぷらっとのぞみ」は生まれた。

「のぞみ」だから、そして現状の少ない利用者だからこそ「ぷらっとのぞみ」の設定が可能になった。増発ならいつでも、ということがいまのJR東海には可能なのだ。

 苦肉の策というのが感じられ、またコロナ禍の中で東西間の移動をしようとする人は少ないと考えられるものの、利用を少しでも促進しようというのが「ぷらっとのぞみ」の設定意図であるというのが、察せられるのではないだろうか。