筒香再生のキーマンは、JDマルチネスをメジャー屈指のスラッガーに育てたバンスコヨック打撃コーチ
タンパベイ・レイズからロサンゼルス・ドジャースへ移籍した筒香嘉智。
ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は「彼は日本で素晴らしい成績を残してきた」と筒香の日本球界での実績を認め、「日本時代とレイズ時代を見比べると、レイズでは抜け殻みたいになっていた。うちの打撃コーチたちは、彼に対する修正点を見出している。彼はプロフェッショナルな打者で、大きく飛躍する可能性を秘めている」と筒香再生に自信を覗かせる。
筒香再生のキーマンとなるのが、2019年からドジャースで打撃コーチを務めるロバート・バンスコヨックだ。
メジャーリーグでもマイナーリーグでもプレー経験はないバンスコヨックだが、メジャーの打撃スタイルを変えた「フライボール革命」の第一人者として知られている。
「フライボール革命」の父と呼ばれるクレイグ・ウォーレンブロックと一緒にロサンゼルス郊外で打撃指導教室を開いた。主に高校生や大学生を指導していた2人の下を2013年冬に訪れたのがJD・マルチネスだった。ヒューストン・アストロズの控え外野手だったマルチネスは、メジャーで生き残るためにバンスコヨックの指導を受けに来た。
「スイングがメチャクチャだった」とバンスコヨックはマルチネスと出会った当初を振り返る。「だから、彼のスイングフォームを大きく修正した」
新たなスイングを身に付けるのには少しの時間が必要で、マルチネスは14年のキャンプ終盤にアストロズから戦力外通告を受けた。しかし、解雇から2日後にデトロイト・タイガースとマイナー契約を結び、4月下旬にはメジャーへ昇格。アストロズでの3年間では合計252試合に出場して、打率.251、3年で24本塁打だったマルチネスが、14年は打率.315、23本塁打と生まれ変わった。
翌15年には35本塁打、シーズン途中にアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍した17年は45本塁打を記録。
「バンスコヨックに会っていなければ、メジャーで生き残れていなかった。今の自分があるのは彼のおかげ」と言うマルチネスは、フリーエージェントとなった2017年オフにボストン・レッドソックスと5年総額1億1000万円(約120億円)の大型契約を手にした。
バンスコヨックの打撃理論は、従来のボールの上を叩くのではなく、ボールを打ち上げるというものだが、教えている選手全員を同じ型にはめるのではなく、打者の身体的特徴や打撃技術に応じて指導する打者に最適な打撃フォームを見つけ出す。
筒香は日本球界で結果を出しており、13年のマルチネスよりも打撃の基礎はできているので、そこまで大きな修正は必要なさそうだ。細かい修正点をいくつか施せば、筒香のバットはメジャーでも火を吹くとドジャースのコーチ陣は考えている。
マルチネスがメジャーを代表する長距離打者へと急変貌したことで、一躍注目を浴びたバンスコヨックは2016年にドジャースの打撃コンサルタントに就任。
ドジャースでは、伸び悩んでいたクリス・テイラーの打撃を大きく向上させ、コディ・ベリンジャーをMVP選手に育て上げた。
18年には地区ライバルのダイヤモンドバックスに移籍したバンスコヨックだが、19年に打撃コーチの座を用意され、ドジャースに戻ってきた。
「打撃の求道者」として常に打撃のことを考えている筒香と、理論派のバンスコヨックは相性がとても良いはず。
「自信の持っている力を最大限に発揮したい」と言っていた筒香は、バンスコヨックと出会うことで、そのきっかけを手にしそうだ。