NFLの海外練習生特別枠からロースター入りへと2021年シーズンの目標を修正した李卓
NFLが主催する北米以外の海外出身選手向けの特別強化キャンプに参加した李卓が、「NFLに近づいた実感はある。精神的にも身体的にも準備は整った」と10週間に及ぶキャンプを振り返った。
アメリカとカナダ以外の選手にもNFLでプレーするチャンスを与えるために、NFLは2017年から「インターナショナル・プレーヤー・パスウェー・プログラム(IPP)」と呼ばれる海外選手向けの育成プログラムを設けている。
2021年度はメキシコ、チリ、ニュージーランド、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オーストリア、そして日本の9ヶ国から11人が候補選手が、フロリダ州タンパ郊外にあるIMGアカデミーでの特別強化キャンプに参加した。
2月の頭から始まったキャンプは4月9日に終わったが、キャンプに参加した候補の11選手の中から4選手が、IPP選手としてNFLチームに海外特別練習生として加わる。
キャンプは平日に午前と午後の2部練習として行われ、午前中は主にジムでフィジカルを鍛え、午後からはフィールドに出てのトレーニングでフットボールのスキルに磨きをかけた。
コンバイン向けの練習よりも、「キャンプで生き残るためのフィジカル的なフットボールの練習」に重点を置いたと言う。
キャンプ終盤の3月31日には11人の候補選手はフロリダ大学で開催された「プロデー(選手の身体能力を測定するNFLチーム向けの品評会)」にも特別に参加。フロリダ大学には今年のNFL新人ドラフトで1巡目上位指名が確実視されるカイル・ピッツを始め、複数の有望選手がいるために、ロサンゼルス・ラムズを除いたNFL31チームの首脳陣が視察に訪れた。
NFL入りを狙う選手にとって、このプロデーでのコンバイン数値はとても大きな意味を持つ。コンバインで高い数値を叩き出して、ドラフトの指名順位が予想よりも大きく跳ね上がったり、逆にコンバインが不調で株が大暴落したドラフト候補選手は数多くいる。
NFLのRB平均に近づいた李のコンバイン数値
フロリダ大学でのプロデーを視察した選手評価の専門家、スコット・ピオリ氏によると、李は40ヤード走が4.66秒、垂直跳びが35インチ(約88.9センチ)、立ち幅跳びは9フィート9インチ(約297センチ)、ベンチプレス(225パウンド、約102キロの上げ下げ)が16回だったと言う。
李は昨年2月に東京で開催されたCFL(カナダのプロ・アメフトリーグ)コンバインでも測定を受けており、体重が7ポンド(約3.2キロ)増えたにも関わらず、40ヤード走のタイムはほぼ同じで、ジャンプ系は少し向上した。
NFLのランニングバック(RB)平均と比較してみると、身長はほぼ平均だが、体重は平均よりも13ポンド(約5.9キロ)軽い。ただし、体重をこれ以上増やしてしまうと、李の売りである俊敏な動きが失われる可能性が高いので、体重は200ポンド前後をキープすれば良いと思われる。
スピードを武器にした小柄なRBのフィリップ・リンゼイ(ヒューストン・テキサンズ)のプロデーのデータも参考までに並べてみた。リンゼイの身長は171センチで、181センチの李より10センチも小さく、体重も8キロ軽い。身体の小ささを懸念されて、2018年のドラフトでは指名を見送られ、ドラフト外としてデンバー・ブロンコスと契約を結んだ。1年目から大活躍をして、プロボウルに選出。今オフにブロンコスからテキサンズへFA移籍した選手だ。
40ヤード走のタイムではリンゼイに大きく差をつけられた李だが、より実戦的でクイックネスとアジリティを必要とする3コーン・ドリルではリンゼイよりも良いタイムを出している。
キャンプ前半に李を視察して高評価を与えたピオリ氏は、その後も何度かIMGアカデミーでのIPP候補者キャンプに足を運び、改めて李に高い評価を与えている。ピオリ氏は李の練習に対する熱心な姿勢をべた褒めした。
世界中の超一流アスリートを指導したコーチも認めた李の身体能力
話をIPP候補者キャンプに戻そう。
キャンプには全部で11人の候補者が参加して、実戦で使えるスキルを磨いたが、人数の関係から実戦形式の練習はできない。11人の候補者の中でRBは李1人であり、「RBは彼一人だけだったので、練習中にパワーやスピートを比較する相手がいなかった。競争相手がいないので、自らモチベーションを高めて、自分で自分を追い込まなければならなかった」とストレングス&コンディショニング担当コーチのステフェン・ビスクは李が置かれた難しい状況を説明する。
2008年からIMGアカデミーで働いているビスクは、これまでに数多くの一流アスリートを指導した経験を誇り、ラッセル・ウイルソン(シアトル・シーホークス)やルーク・キークリー(元カロライナ・パンサーズ)もビスクの下でトレーニングを積んだ。
ビスクはIPP候補者キャンプでは選手パフォーマンスの責任者を務めている。世界中の超一流アスリートを指導してきたビスクは、「タクの身体能力の高さは天性のもの」と言い、「努力を続ける意欲の高さは誰にも負けない」と李の貪欲な姿勢を褒める。
「RBは一人で、比べる相手がいなかったので、毎回毎回、自分と戦わないといけなかったのは挑戦だった」と李も難しさは認めながらも、「コーチとマンツーマンでレッスンを受けられるので、コーチと密なコミュニケーションを取って、学ぶことができた」とRBが一人だけだった利点も挙げる。
トップレベルのコーチから常に個人指導を受けられたことは、李の今後にとって大きな財産となるはずだ。
加速力や身体のバランスを自らのセールスポイントに挙げていたが、「日々のポジション練習の中で、RBのフットワークや、メニューをこなすボディバランスはコーチから高く評価してもらっていると感じた」と自信を増した。
NFL入りへの最大の課題はアメフト英語の理解
「プログラム前に自分が挙げた課題はキャッチの能力と英語、キッキングでしたが、今でも一番課題だと感じるのは英語」と李は10週間のキャンプで感じた課題を口にした。
慶応大学を卒業後、パイロット候補生として日本航空に入社した李の英語能力は決して低くはなく、英語でのインタビューにも応じられるレベルにある。
「チームメイトやコーチと会話する際は問題ない」と言うように、日常会話に関してはとくに問題はない。だが、アメフト英語となると、話は違ってくる。
「フットボール言語をもっと磨いていかないといけないと思っている。実際にNFLへ行った時に、チームメイトやコーチがスラングを多用した時に自分が理解し、そこでもっともっと吸収していくという意味では、まだまだ課題はある」
アメフトのプレイブックは辞書ほどの厚さがあり、そこに書かれているプレーを深いレベルで理解して、忠実に遂行していかなければならない。試合では観客が大声で叫ぶクラウドノイズの中、早口で出される指示を瞬時に聞き取り、プレーの変更にも対応できないといけない。
外国人選手が多いMLB、NBA、NHLとは異なり、NFLでは選手のほとんどがアメリカ人であり、言語面で外国人選手に配慮する文化はまったくない。英語はできて当たり前の世界であり、通訳が入るような隙間もない。
キャンプを通して、海外練習生からNFLロースター入りへ目標を修正
「当初はアロケーション(IPP選手に与えられる海外練習生特別枠を得る)ことを目標にキャンプへ来たんですけど、今はアロケーションされることは前提で、どうしたらロースターに残れるかを考えている」と李は、キャンプで得た経験と自信を元に2021年シーズンの目標を修正した。
「このプログラムのスタッフによるオリエンテーションの中で、過去の選手たちが成し遂げた偉業だったり、自分たちに期待していることだったり、自分たちがどうなりたいかを話し合っていく中で、目標がしっかりと定まった」
「具体的に(NFLへ行って)どんな勝負をするのかが明確になった。それはキッキングだったり、キャッチだったり、RBにプラスアルファした価値を見せていくこと。プログラムの前から感じていたことが正しかったことを認識した。今後も継続して、そこで勝負しないといけないと明確に見えてきた」
本職はRBだが、NFLで生き残っていくためには、RBとしての仕事だけではなく、キッキングチームとしての仕事もこなしていくことを要求される。
「(NFLの)キャンプに行ったら、キッキングで価値を見せてチームのロースターに残れるようにする。RBの枠は3つか4つ。最初にエースRB、次にフルバックのような(大型な)選手、3人目はキッキングやスペシャリストとしても活躍できる選手」
NFLの55人のロースターに李が入る場合、3、4人目のRBから始めることになる。
「そういうところを意識して、取り組んでいく」
当初はプログラム終了後に日本へ帰国する予定だったが、IPP選手に選ばれた際にスムーズにチームへ合流できるようにするため、このままアメリカに残ることを決めた。
4月29日から5月1日までの3日間に渡ってNFLの新人ドラフトが開催されるが、そのドラフト直後にIPP選手が発表される。
11人の候補選手の中から4選手が選ばれる予定だが、李はその4人のIPP選手に入れると信じている。
2021年シーズンのIPP選手は、これまでにIPP選手を受け入れたことのないAFCの西地区か南地区、もしくはNFCの西地区か北地区、この4地区の中の1地区に属する4チームに振り分けられる。
「自分が(NFLに)近づいた実感はあります。精神的にも身体的にも自分の準備は整った」と力強く口にした李。
IPP選手が発表されるまでの約1ヶ月間もアメリカの地でトレーニングを続けながら朗報を待つ。