人気講談師・神田伯山がプロレスを語ると、なぜ面白いのか?

今年2月にプロレス番組をスタートさせた神田伯山(写真:テレビ朝日)

講談師の神田伯山がプロレスを語る『神田伯山の“真”日本プロレス』が今年2月より始まった。CSテレ朝チャンネルで月に一度放送されるこの番組に、濃厚なプロレスファンが集まりつつある。伯山がプロレスを語ると、なぜこんなにも面白いのか?番組で伯山と共演している筆者がその理由を分析する。

伯山のしゃべりとプロレスは相性がよい

神田伯山は今、最も人気の講談師である。独演会のチケットは即売り切れ。主任を務める寄席は常に大入りで、演芸界全体にカネの雨を降らせる“レインメーカー”だ。そもそも、伯山は講談以前にフリートークが抜群に巧い。話の盛り方や間の取り方、何かを見たり聞いたりしたうえでの「それ、おかしいだろ」という指摘(ツッコミ)の鋭さは圧倒的だ。プロレスは誇大な表現が許され、一般社会では考えられない矛盾が山のようにある。つまり、ツッコミどころ満載なのだ。そして、想像力で楽しめ、物語で観客を魅了するという点では講談とも共通する。したがって、伯山がプロレスを語ると面白いのは、本人がプロレスを好きなことはもちろん、伯山のしゃべりとプロレスとの相性のよさが第一にあるのだ。

プロレスファンの心情を理解

また、伯山がプロレスを深く掘ることができるのは、プロレスファンの心情を理解し、知識を備えていることが大きい。1983年生まれの伯山は、闘魂三銃士に夢中になった平成世代のファンだが、収録に向けて昭和のプロレスもきっちり勉強している。さらに、番組の中では明らかに答えを知っていながら質問することによって、筆者の話をグイグイ引き出してくる。事前に試合映像や文献に目を通していることもさすがだが、講談で150を超えるネタを頭に詰め込む吸収力は並大抵ではない。伯山はプロレスにしか興味を持てない男を主人公にした講談を作ったこともあり、外野の人間にプロレスを雑に触られたくないという、プロレスファンのアレルギー症状も知りつくしている。きちんとプロレスに敬意を払う姿はうるさ型のファンも認めるはずだ。

正当評価されていないものを放っておけない

もうひとつ特筆すべきは、伯山の視点だ。その範囲はリング上だけに留まらず、レフェリーやセコンド、解説者にまで及ぶ。長い間、講談が注目されなかったことも関係しているのか、人の興味が集中しないところにもスポットライトを当てようとする。伯山は何かを本気でやっている人間が好きで、本気を通り越して、何かに狂っている人間のことはもっと好きなのだ。だからこそ、世間から正当評価されていないものを放っておけないように思える。プロレスラーはこんなにも凄いことをやっているのだから、もっともっと多くの人に知ってもらいたい。多忙にもかかわらず、専門外の番組を引き受けたのは、そんな気持ちが根底にあったからではないだろうか。

プロレスを伝えることを宿命づけられた講談師

「オレは正直、この番組を『清野茂樹の“真”日本プロレス』だと思ってますんで…」と伯山に何度か言われたことがある。筆者への気遣いが半分、もう半分は「遠慮しないで、40年溜め込んだ知識を出してください」という意味だと解釈している。まるで、自らの肉体を鍛え上げ、対戦相手に「もっと来い」と言いながら技を受けきるプロレスラーのようだ。偶然にも、伯山の高祖父は日本の格闘技史に残る柔術家、福岡庄太郎である。福岡は明治時代に前田光世(コンデ・コマ)と北米を転戦、欧州や南米でプロ興行に出場した記録も残っており、広い意味で言えば、プロレスラーである。さて、番組の視聴者はコアなプロレスファンだけでなく、ビギナーも少なくないと聞く。おそらく、伯山を目当てにチャンネルを契約した人たちもいるだろう。一般的に講談師にとっての重要任務は、芸を広め、次の世代に伝えることだ。しかし、プロレスラーの血を受け継ぐ類い希な講談師、神田伯山だけはもうひとつ、プロレスの“真”の魅力を伝えることも宿命づけられているような気がする。

※文中敬称略