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「戦争の足音」が近づく欧州 平和はまず自分で守れ トランプ米大統領返り咲きの悪夢

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロシアのミサイル攻撃を受けるウクライナ北東部ハルキウ(写真:ロイター/アフロ)

■「英国政府は国民を動員する必要がある」

[ロンドン発]英国のパトリック・サンダース陸軍参謀総長は24日、ロンドン南西部トゥイッケナムで開かれる国際装甲車展示会での演説で「ウクライナ・ロシア戦争が拡大し、北大西洋条約機構(NATO)が巻き込まれることになった場合、英国政府は国民を動員する必要がある」と強調する予定だという。英紙デーリー・テレグラフ、タイムズが報じた。

サンダース氏は政府による陸軍削減を公然と批判してきた。陸軍参謀総長になった2022年6月には「ロシアのウクライナ侵攻は、英国を守り、陸上で戦争をして勝つ準備をする必要性を示している。英陸軍と同盟国はロシアを打ち負かす能力を持たなければならない」と組織内部へのメッセージで呼びかけた。

当時、サンダース氏は「英国にとって(ナチスとの戦争が始まる前の)1937年の瞬間だ。われわれは戦争をしているわけではない。しかし(ロシアの)領土拡張を抑えることができず、戦争に巻き込まれることのないよう迅速に行動しなければならない」とも演説した。英陸軍の規模は1950年の70万人から激減、今後2年以内に7万人を下回るとの指摘もある。

■現実味増すトランプ氏の大統領返り咲き

今回の演説は決して徴兵制を支持するわけではないものの、ウクライナ・ロシア戦争が泥沼化する中で国民も精神的な備えが必要と訴えるのが狙いとみられる。米欧の軍関係者は、英軍はもはやトップレベルの戦闘力ではないと懸念している。半年後に陸軍参謀総長を退任するサンダース氏は国防費や兵員の規模を巡り英国防相や国防参謀総長と何度も衝突してきた。

一方、今年11月の米大統領選で復活を期すドナルド・トランプ前大統領が野党・共和党大統領候補指名争いでアイオワ州に続いてニューハンプシャー州でも勝利を確実にした。孤立主義者のトランプ氏はNATOを軽視しており、「自分が米大統領に返り咲いた暁には24時間以内にウクライナ・ロシア戦争を解決してみせる」と豪語している。

そうなればウクライナに対する米国の軍事支援が打ち切られる可能性が大きく、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に勝利をもたらす恐れすらある。グラント・シャップス英国防相は21日の英BBC放送で「英国の国防費は増えており、国内総生産(GDP)の2%を優に超えている。目標の2.5%は経済状況が許せば達成される」と述べた。

■「平和の配当の時代は終わった」

シャップス国防相はこれに先立つ15日、ロンドンのランカスター・ハウスで「平和の配当の時代は終わった。5年以内にロシアや中国、イラン、北朝鮮を含む複数の脅威に直面する恐れがある。今年は間違いなく分岐点になる。ウクライナにとっては国家の命運が決まる年になるかもしれない」と演説した。

ノルウェー軍トップのエイリク・クリストファーセン大将は地元紙とのインタビューで「ノルウェーは3年以内に起こりうるロシアとの戦争に備え、国防支出を拡大する必要がある」と警告を発している。「ますます予測不能になるロシアを前に、国防力を強化するための時間がなくなってきている。残された時間は1、2年、長くても3年だろう」と語った。

「ロシアが3年後にどうなっているかはわからない。不確実な世界に対応できるよう、強力な国防を準備する必要がある。モスクワはNATO同盟国の予想をはるかに上回るスピードで兵器の備蓄を増やしており、危機感を高めている」。ノルウェーは2026年までにNATOの国防費GDP2%目標を達成することを目指している。

■防災当局、地方自治体、職場、各家庭も戦争への備えを

ドイツのボリス・ピストリウス国防相は「プーチンがいつかNATOの同盟国を攻撃することも考慮に入れなければならない。私たちの専門家は5年から8年の間にその可能性があると分析している」との見方を示す。ドイツ軍の2万人増員を図るため、外国人の採用も検討している。独国防省は早ければ来年にもロシアと西側が対峙するシナリオを策定している。

中立政策を捨て、NATOに加盟するスウェーデンのカール・オスカー・ボーリン民間防衛相も「約210年間、国民にとって平和は不動のものだという考えはごく身近にある。しかし、この結論に安住することは危険だ。スウェーデンで戦争が起こる恐れがある」と防災当局、地方自治体、職場、各家庭に戦争への備えを呼びかけた。

NATOのロブ・バウアー軍事委員長は「西側社会では紛争や戦争で活動できるのは軍隊だけではないということが理解されていない。好むと好まざるとにかかわらず、社会全体が巻き込まれる。国民も自分たちが解決策の一部であることを理解する必要がある。今後20年何も起きないわけではない。平和であることが当たり前ではない」と釘を刺した。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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