Yahoo!ニュース

万引き王国になった英国 EU離脱・コロナ後遺症・インフレ・エネルギー危機・戦争・脆弱な社会保障

木村正人在英国際ジャーナリスト
会計コーナーがアクリル板で完全防御されたスーパーの小型店(筆者撮影)

■アクリル板で完全防御されたスーパーの会計コーナー

[ロンドン発]近所のスーパーチェーン「テスコ・エクスプレス(小型店)」に買い物に行って驚いた。欧州連合(EU)離脱、コロナ危機以降、商品棚がガラガラでも驚かなくなったが、会計コーナーがアクリル板で完全に防御されているではないか。

会計コーナーの後ろに置かれた高級酒やタバコの高額商品を集団万引きから守るためだ。その手口はほそぼそとやって糊口(ここう)をしのぐ万引きというより、もはや略奪と言った方が適当だ。ロンドンは、かつて治安が悪かった頃の米ニューヨークに近づいている。

覆面グループが白昼堂々と小売店に押し入り、転売できる商品を棚から根こそぎ持っていく。インフレやエネルギー危機、ウクライナ戦争で「生活費の危機」が深刻化する中、英国では組織的な集団万引きが横行する。貧富の格差拡大が生み落とした社会的病理だ。

■フードバンク利用者は過去最高

硬派の英誌エコノミスト(9月22日付電子版)も「英国で万引きが増える理由」という記事を掲載したほどだ。今年3月までの1年間に警察が受理した万引きの件数は34万2343件にのぼり、前年に比べ24%も増えている。

EU離脱が物流を停滞させる。200万人近くがコロナ後遺症に苦しんでいるのに十分な診療を受けられず、労働力不足の一因になっている。インフレ、エネルギー危機、ウクライナ戦争による食料品価格の高騰で、英国は「生活費の危機」のスパイラルに陥っている。

英国のフードバンク利用者推移(トラッセル・トラストの図表を筆者加工)
英国のフードバンク利用者推移(トラッセル・トラストの図表を筆者加工)

英フードバンク「トラッセル・トラスト」は過去12カ月間で過去最高の298万6203個(前年比37%増)の緊急食料セットを配布した。113万9553個は子どもたちに配られ、初めてフードバンクを利用した人は実に76万人にのぼった。

■百貨店の被害は約22億円増

「コロナ・パンデミックと生活費の危機はフードバンク需要に大きな影響を与えたが、それらが主な原因ではない。むしろ最も深刻な苦しみを味わっている人々を保護できない社会保障制度が根本問題」(トラッセル・トラスト)との見方もある。

英国の百貨店ジョン・ルイスは「万引きの増加に見舞われており、今年の被害は1200万ポンド(約21億7200万円)も増えた」と発表した。ロンドン警視庁のマーク・ロウリー警視総監と万引き対策を協議した。

同百貨店のシャロン・ホワイト会長は「最近多発している万引きは犯罪グループによるものだ。もはや伝染病」と語る。スーパー部門のウェイトローズは警察官に無料の紅茶とコーヒーを提供して店舗での警察官の存在をアピールする作戦だ。

■軽犯罪になった万引きが闇ビシネスに

ドイツ系のディスカウントスーパーチェーン、リドルも万引き対策のため店舗警備の投資を増やす。同社の英国最高経営責任者(CEO)ライアン・マクドネル氏も「これは社会問題」と指摘する。小売店は多くの防犯カメラ映像やその他の情報を警察に提供している。

英国では2014年の法改正で200ポンド(約3万6000円)以下の万引きは軽犯罪になり、警察は積極的に捜査しなくなった。

万引きは「闇ビジネス」となり、不良グループが犯罪組織から「買い物リスト」を入手、注文に応じて人気のアルコールや粉ミルク、お菓子、肉類をごっそり持ち去っていく。

英大衆紙デーリー・メール(9月16日付電子版)によると過去5年間で英国の警察が受理した万引きは計158万277件。英国小売協会の推計では実際の件数は800万件にのぼり、小売店は1年当たり総額10億ポンド(約1810億円)近い損害を被っているという。

小売店の防犯カメラに残された映像を手掛かりに警察が受理した件数のうち起訴されたり、取り調べが行われたりしたのはわずか18%。人口1000人当たりの万引き件数が過去5年間で最も多かったのはイングランド北東部クリーブランドの約57件だった。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事