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エリザベス女王逝去で「崩壊の危機」に立たされる英王室 「ロンドン橋が落ちた」が継承開始の暗号

木村正人在英国際ジャーナリスト
エリザベス英女王を偲ぶロンドンの電光掲示板(写真:ロイター/アフロ)

■チャールズ皇太子が国王に、カミラ夫人が王妃に

[ロンドン発]9月6日に静養先の英スコットランド・バルモラル城で交代する首相ボリス・ジョンソン、リズ・トラス両氏に引見したばかりのエリザベス女王(96)の体調が8日急変し、同日午後6時半(日本時間9日午前2時半)、ご逝去が発表された。王位継承順位1位のチャールズ皇太子が国王に即位し、カミラ夫人が王妃となる。

8日午後零時半、バッキンガム宮殿(英王室)から「今朝、医師が女王の健康を心配し、女王を監視下に置いた」という異例の声明が発表された。その直前、英下院で一般的な家庭の光熱費(上限)を最大2年間にわたり2500ポンド(約41万4200円)に据え置くと発表したリズ・トラス首相のもとに伝令が走り、トラス氏は無言のまま退席した。

エリザベス女王からチャールズ皇太子への王位継承作戦「ロンドン橋」は「ロンドン橋が落ちた」というメッセージが首相に伝えられることで開始される。チャールズ皇太子の即位は翌9日午前10時に即位会議が開かれ、宣言される段取りだったのに、バッキンガム宮殿は8日、早速「国王とカミラ王妃は9日にロンドンに戻る」と発表した。

エリザベス女王は今年2月の在位70年を前に「時が満ち、息子のチャールズが国王になった時、私が皆さんから受けたのと同じ支援を彼と妻のカミラに与えて下さると存じます。その時が来たらカミラが忠実な奉仕を続けるようクイーンコンソート(国王の配偶者=王妃)として知られてほしいと心から願っています」と王位継承の道筋を示していた。

■「閉ざされた王室」から「開かれた王室」へ

エリザベス女王は第二次世界大戦でナチスドイツに勝利したものの、無惨に崩壊する大英帝国に寄り添った。配給制の苦難を英国民とともに歩み、自ら宮中の電気を消して回り、食事も無駄にしないほど倹約に努めた。保守党のマーガレット・サッチャー、それに続く労働党のトニー・ブレア両首相の登場で英国が生まれ変わる姿を見届けた。

しかし英国は世界金融危機、欧州連合(EU)離脱、欧州最大20万人超の死者を出したコロナ危機、ウクライナ戦争によるエネルギー危機と10%超のインフレ高進で正真正銘の崖っぷちに立たされる。1992年のポンド危機再来を懸念する声すらある。バッキンガム宮殿にこそ戻れなかったが、ジョンソン氏とトラス氏の交代を見届けてからの最期は立派という他ない。

英王室におけるエリザベス女王の苦難は英国の現代史以上に波乱万丈だった。故ダイアナ元皇太子妃とチャールズ皇太子のダブル不倫、離婚、ダイアナ元妃の悲劇の交通事故死で王室人気は文字通り、地に落ちた。エリザベス女王は若きブレア首相のアドバイスに耳を傾け、「閉ざされた王室」を開くことで危機を乗り越える。

順風満帆に見えた王室に再び亀裂が走った発端はヘンリー公爵と元米人気女優メーガン夫人の結婚だ。王室に馴染めないメーガン夫人はヘンリー公爵を連れて20年1月王室を離脱。昨年3月、米人気司会者オプラ・ウィンフリー氏の独占インタビューに2人は生まれてくる長男アーチーちゃんの「肌の色」に向けられた王族の偏見を一方的に糾弾した。

■18~24歳の王室支持率はわずか33%

女王が溺愛するアンドルー王子の未成年者性交疑惑も明るみに出た。内輪もめとセックススキャンダルに若者世代は王室に愛想を尽かしている。世論調査会社ユーガブによると、王室を維持すべきだと考えている英国人は65歳以上77%、50~64歳68%、25~49歳56%だが、次世代の18~24歳はわずか33%にとどまる。

カミラ夫人が「王妃」になることに賛成する英国人はわずか20%、「妃」を名乗るべきだという声が約倍の39%もある。王族支持率では(1)エリザベス女王75%(2)キャサリン妃68%(3)ウィリアム王子66%(4)故フィリップ殿下64%(5)アン王女53%(6)ザラ・ティンダルさん(アン王女の長女)49%。

国王に即位するチャールズ皇太子は7位の42%、王妃になるカミラ夫人は8位の40%に過ぎない。しかもチャールズ皇太子の慈善団体を巡ってはサウジアラビアの大富豪が爵位と英国籍を取得するのを助けるよう皇太子側近が申し出たという疑惑が浮上。カタール元首相から寄付300万ユーロ(約4億3300万円)を一部現金で受け取っていた疑惑も噴き出している。

水面下で進む王位継承プロセスに伴い自分が端っこに追いやられていくことが我慢ならないヘンリー公爵は、皇太子になる兄のウィリアム王子と骨肉の争いを繰り広げる。ヘンリー公爵とメーガン夫人の容赦のない「王室たたき」はフィリップ殿下とエリザベス女王の心を乱し、死期を早めたのは間違いないだろう。

■「私たちには女王の在位70年を祝う理由がない」

ウィリアム王子とキャサリン妃は今年3月、カリブ海のベリーズ、ジャマイカ、バハマの英連邦王国を歴訪した。同じカリブ諸国で英連邦王国だったバルバドスは昨年11月、エリザベス女王を君主とするのを止め、共和制に移行。ジャマイカでも共和制に移行する動きが強まり、2020年の世論調査では共和制への移行を求める声が55%に達している。

ウィリアム王子とキャサリン妃の歴訪は、20年の米白人警官による黒人男性ジョージ・フロイドさんの暴行死事件に端を発した黒人差別撤廃運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」をきっかけに、カリブ諸国で、奴隷貿易で巨万の富を築き、黒人差別の根本原因を作った英国と英王室に対して強まる反発を和らげるのが狙いだった。

しかし、ジャマイカでは「私たちにはあなたたちの祖母の在位70年を祝う理由がない。女王のリーダーシップ、彼女の父親のリーダーシップは人類史上最悪の悲劇を永続させたからだ。大英帝国による人身売買、奴隷化、植民地化の全過程で起きた私たちの先祖の苦しみを償うために彼女は何もしていない」という批判が渦巻いた。

ジャマイカも共和制に移行すれば英連邦王国は13カ国に減り、崩壊ドミノが起きる恐れを否定できない。財源のないトラス新首相の「恒久減税」は英国を1970年代と同じ慢性インフレに陥れる懸念が膨らむ。金利上昇時に借金を増やすのは正気の沙汰とは思えない。エリザベス女王という「重し」を失った英国は嵐の中で難破してしまうのだろうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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