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英女王の18歳孫娘が最低賃金でアルバイト 年エネルギー代69万円のインフレで広がる「燃料の貧困」

木村正人在英国際ジャーナリスト
エリザベス英女王の孫娘ルイーズ・ウィンザーさん(右)(写真:ロイター/アフロ)

■孫娘の最低賃金は時給1111円

[ロンドン発]エリザベス英女王の孫娘ルイーズ・ウィンザーさん(18)=英王位継承順位16位=がガーデンセンターで、最低賃金の時給6.83ポンド(約1111円)で働いていると英大衆紙サンが報じた。

ルイーズさんは女王の三男エドワード王子(58)の長女で、人気者のヘンリー公爵とメーガン夫人が王室を離脱したため、公務の代役として期待されている。

英国では23歳以上は時給9.5ポンド(約1546円)の生活賃金、21~22歳は9.18ポンド(約1494円)、18~20歳は6.83ポンド、18歳未満と実習生は4.81ポンド(約783円)の最低賃金が全国一律に定められている。

曾祖母のエリザベス王太后(故人)似のルイーズさんは18日にセント・アンドリューズ大学への入学が決まったが、合否の結果を待つ間、夏のアルバイトを経験した。

ルイーズさんはガーデンセンターでレジ係をしたり、客に挨拶をしたり、植物の剪定や鉢植えをしたりした。

買い物客の1人はサン紙の取材に「生活費の高騰でみんな困っています。でも女王の孫娘がガーデンセンターで働いているのを見ることになるとは思ってもいませんでした」「ルイーズさんとは信じられず、二度見てしまいました」と話している。

「女王の孫娘がレジで働くとは想像もしませんでした」「ガーデンセンターのスタッフは彼女を可愛がっているようでした。王族からベゴニアを買うなんて滅多にないことですからね」という声をサン紙は紹介している。

ルイーズさんはイングランド南東部ケント州にある3000万ポンド(約48億8300万円)の豪邸で暮らしているが、保持しているプリンセスの称号は使っていない。

■女王の孫娘でも「生活のために働かなければならない」

ルイーズさんの母ソフィー夫人は2020年、英高級日曜紙サンデー・タイムズに「子供たちが生活のために働かなければならない可能性が高いことを理解した上で育てようとしています。だから王室の称号は使わないことにしたのです。子供たちは18歳になったら称号を使用することを決めることができますが、使用する可能性は非常に低いです」と話している。

ルイーズさんがプリンセスなど王室の称号を使うことにしたのか、使わないことにしたのか、まだ明らかにされていない。

しかし、普通の18歳と同じように大学の合否判定を待ち、その間、最低賃金でアルバイトしたことは、ヘンリー公爵とメーガン夫人の王室離脱、アンドルー王子の未成年者性交疑惑で激震が走った英王室のイメージ回復にもつながるだろう。

英国の庶民はいま、インフレとエネルギー危機に苦しんでいる。来年1月までに英国家庭の3分の2に当たる約1800万世帯約4600万人が「燃料の貧困」に陥る恐れがあることが英ヨーク大学社会政策研究ユニットの研究で分かった。

燃料費の支払いが世帯所得の1割を超える「燃料の貧困」に、年金生活者夫婦の86.4%、2人以上の子供を持つ一人親世帯の90.4%が陥ると推定される。

コロナ危機の後遺症やウクライナ戦争、西側と中露の対立激化でインフレ率が40年ぶりに10.1%に達し、食料、電気・ガス、燃料コストの高騰が家計を直撃する状況が改めて浮き彫りになっている。

次の英首相を決める与党・保守党党首選でリズ・トラス外相とリシ・スナク前財務相の唱える「恒久減税」策が財政をさらに悪化させる恐れもある。

■英国の年間エネルギー代は69万円を突破する

ヨーク大学のジョナサン・ブラッドショー教授のブログによると、平均世帯は2020年時点で週24.75ポンド(約4027円)の燃料費を負担。料金の上限は今年4月に引き上げられ、10月と来年1月にも再び引き上げられる見通しだ。

5月は週38.12ポンド(約6202円)、10月は週53.62ポンド(約8724円)、来年1月は週66.72ポンド(約1万855円)だ。

英政府は緩和策として給付金や年金の引き上げ、燃料費の払い戻しを実施するが、各家庭の実質負担はどんどん膨れ上がる。

「燃料の貧困」世帯の割合は20年時点で19.2%(人口にすると1376万人)だったのに対し、5月には38.5%(2717万人)、10月には54.4%(3866万人)、来年1月には65.8%(4594万人)に激増する。

「燃料の貧困」に陥る世帯割合の地域格差も凄まじい。北アイルランドは地域の76.3%、スコットランドは同72.8%、イングランドの中西部に位置するウェスト・ミッドランズ地域は同70.9%なのに対し、ロンドンは同56.4%にとどまっている。

エネルギー料金など生活費の高騰は低賃金世帯や貧困家庭、貧しい地域を狙い撃ちするのだ。

■ジョンソン首相はいったい何をしているのか

英コンサルタント会社コーンウォール・インサイトは12日、来年1月には年間エネルギー料金は4266ポンド(約69万2800円)を超えるとの見通しを発表した。わずか1週間前には年3615ポンド(約58万7100円)と言っていただけに衝撃が走った。

ルイーズさんの行いは素晴らしいが、やはり具体的な対策を打つのは政治である。英政府は今年10月に400ポンド(約6万4900円)の燃料費払い戻しを予定しているが、文字通り、焼け石に水だ。

英中銀・イングランド銀行はガソリン代やエネルギー料金の高騰により、インフレ率は10月に13.3%となり、1980年9月以来の高水準に達すると警告した。

ウソにウソを塗り重ねて辞任表明に追い込まれたボリス・ジョンソン英首相は、保守党党首選の結果を待つ間、スロベニアのスパとギリシャの島に2度も夏季休暇に出掛けた。

英スーパーマーケットチェーン・アズダのスチュアート・ローズ会長は「誰も責任者がいない。恐ろしいほどインフレ対策が遅れている。インフレは座って私たちを待ってくれるわけではない」と英メディアに不満をぶちまけている。

世論調査会社ユーガブが7月29日~8月2日に行った保守党党首選の調査では、一貫して景気対策を唱えてきたトラス氏が、「インフレをコントロールした後に減税する」と主張するスナク氏を38ポイントも引き離している。

英シンクタンク、財政研究所は「大規模な恒久減税はそれに見合う歳出削減を伴わない限り、財政に大きな負担をかける」と警鐘を鳴らす。

この危機の対応を誤れば、欧州連合(EU)離脱の後遺症を引きずる英国もおしまいかもしれない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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