[ロンドン発]1990年の初当選以来、湾岸戦争、米中枢同時テロ(9・11)、平和安全法制と日本の防衛・安全保障に深く関わってきた中谷元(げん)元防衛相(63)への書面インタビューの最終回。北朝鮮の核・ミサイル問題、台湾海峡、対中外交、日本学術会議の問題について尋ねた。

――アメリカの対北朝鮮政策はどのように変わるとみておられますか

中谷氏:バイデン米政権の対北朝鮮政策見直しは「Calibrated, Practical Approach」です。「Calibrated」は「目盛りで定められた」、Practicalは「現実的な」という意味で、ジョー・バイデン大統領は「段階的な現実的アプローチ」をとるとみられています。

オバマ元政権の戦略的忍耐は「鳴かぬなら鳴くまで待とう北朝鮮」の家康型でしたが、北朝鮮の核開発やミサイル実験は続けられました。トランプ前政権は「鳴かぬなら殺してしまえ北朝鮮」の信長型。ハッタリのつばぜり合いの末、米朝首脳会談を開きましたが結局、ドタバタ劇に終わってしまいました。

バイデン政権は「鳴かぬなら鳴かして見せよう北朝鮮」という秀吉型。知恵のある幅広い外交アプローチで北朝鮮に臨もうとしています。オバマ政権で外交に習熟した閣僚やスタッフを集め知恵と経験の外交戦略を構築し、「バラク・オバマ元大統領やドナルド・トランプ前大統領の犯した過ちは繰り返さない」という決意です。

――対する北朝鮮の反応はどうですか

中谷氏:バイデン大統領は4月、上下両院合同会議で施政方針演説に臨み、「アメリカと世界の安全保障に深刻な脅威となっているイランと北朝鮮の核開発については同盟国と緊密に協力し、外交と毅然とした抑止力によって両国の脅威に対処していく」と述べました。

秀吉型のジョー・バイデン米大統領
秀吉型のジョー・バイデン米大統領写真:ロイター/アフロ

北朝鮮外務省のクォン・ジョングン・アメリカ担当局長は「われわれは米政権の対北朝鮮政策に相応な措置をやむを得ず講じなければならない。アメリカは深刻な状況に直面するだろう」と反論しました。

シンガポールやハノイでの米朝交渉での“トランプ・ゲーム”の続きで、バイデン政権も寧辺(核施設)廃棄と国連制裁中止という低いところから始めるつもりでしょう。

「豊渓里(プンゲリ)の核実験場、東倉里(トンチャンリ)のミサイル発射場」の持ち札と「大陸間弾道ミサイル(ICBM)の火星15号や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)北極星4号」の切り札で交渉をすることになると思います。

北朝鮮はコロナによる影響で中国との国境を閉鎖したままで、経済状況は極めて深刻です。アメリカは北に二度とチャンスを与えないつもりで「朝鮮戦争の終戦宣言と国交正常化」の切り札を持ちながら「核施設廃棄や核物質生産中止」のカードを段階的に出して非核化に到達する「現実的なアプローチ」をとると考えられます。

――米朝交渉のアプローチも変わりますか

中谷氏:バイデン政権が公式に「段階的な現実的アプローチ」としたのは長期的で段階的な非核化交渉を進めていくつもりだからです。もとより北朝鮮の金正恩総書記は核兵器を破棄するつもりはありません。だから強力な対北朝鮮プレッシャーをかけ続けない限り、北朝鮮は真剣に交渉には応じようとしません。

第1ステージは日本、韓国、中国、ロシアと認識と方針を合わせますが、朝鮮半島の隣国、韓国の動きがカギとなります。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は「 対北朝鮮政策をより緊密に調整し、南北間、米朝間の対話を復元し平和協力の一歩を再び踏み出すための道をつける」 と最重要課題として北朝鮮との対話再開に意欲を示しています。

韓国は、中国を脅威とするバイデン政権のアジア戦略には慎重です。韓国と日本の関係改善も安全保障への影響が大きく、アメリカは韓国に悪化している対日関係の改善を促しています。文大統領の任期は半年を切り、国内的にはすでにレームダックとなり、南北対話に最後の活路を求めています。その上で朝鮮半島の非核化に向けたアプローチが決まってきますが、 文大統領の北朝鮮への影響力はきわめて限定的です。

――北朝鮮が交渉に応じた場合の見返りは何になりますか

中谷氏:2019年2月のハノイでの米朝首脳会談で金正恩氏は「寧辺の放射化学研究所とその関連施設の閉鎖」を提案しました。その見返りは「国連安全保障理事会決議の破棄」でした。トランプ大統領は合意する一歩手前で、駆け付けたジョン・ボルトン国家安全保障担当大統領補佐官の進言を聞き入れ、「あくまでも核兵器とミサイルの全廃」と主張し、交渉は決裂しました。

バイデン政権の米朝非核化交渉もここからスタートするでしょう。「寧辺の閉鎖」は北朝鮮にとっては重大な意味を持ち、プルトニウムなど核兵器製造に不可欠な物質を生産できなくなります。核廃棄に向けた第1ステージは「寧辺閉鎖と同時に北朝鮮の他の核濃縮・生産活動すべての停止」から始まるでしょう。

交渉では北朝鮮側に(1)段階的にすべての核濃縮・生産の完全停止を約束する(2)北朝鮮にある核関連施設を公表する(3)核分裂性物質製造を北朝鮮全土で禁止することを明言する(4)寧辺以外の核関連施設と疑惑のある他の施設について国際原子力機関(IAEA)による査察・監査を受け入れる(5)豊渓里核実験場や東倉里ミサイル発射場の核実験と長距離ミサイル発射実験を公式かつ半永久的に禁止する(6)北朝鮮の核関連物資および技術の他国への輸出を全面禁止する(7)北朝鮮の完全かつ立証可能な非核化へ向けた交渉を行う――ことなどを求めていくべきでしょう。

これらの合意事項を北朝鮮が受け入れて初めて交渉が始まり、その各段階で安保理やアメリカが北朝鮮に科している制裁措置を緩和し、朝鮮半島での米軍事力を徐々に縮小・削減させるように進めて行くべきです。

――日本の対応は

中谷氏:茂木敏充外相は「アメリカは朝鮮半島の完全な非核化が目標であり、日本を含む同盟国の安全のための取り組みを強化すると明らかにしている。完全かつ検証可能で不可逆的な廃棄(CVID)という目標堅持で一致した」と述べています。

バイデン政権のジェン・サキ報道官はアメリカが追求する目標は「北朝鮮の非核化」ではなく「朝鮮半島の非核化」と言いました。ジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官も「朝鮮半島の完全な非核化」を推進すると発言し、アントニー・ブリンケン国務長官もアメリカの目標が「朝鮮半島の完全な非核化」であることを再度強調しています。

日本にとって拉致問題はまだ解決していません。日本とアメリカ、韓国、北朝鮮の認識の違いは大きく、日本はより現実的に対応していかないと出てくる結果において評価や認識が分かれることになってしまいます。政府は日米で緊密に協議をして、わが国の国益に関することはわが国独自で日朝交渉をし、北朝鮮の非核化、拉致、経済問題が進展するよう取り組むことが大事です。

78歳のバイデン大統領に比べ、北朝鮮の金正恩氏は37歳、あと40~50年は国家元首であり続けるつもりです。今回のアメリカの戦略に対しては慎重に分析し、チャンスだと思ったら飛びつくでしょう。しかし北朝鮮は言葉だけでなく、どういった行動に出るか、注視しておく必要があります。

――台湾問題についてはどう見ておられますか

中谷氏:4月の日米首脳会談の共同声明で中国に関して「ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有した。東シナ海におけるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対し、南シナ海における中国の不法な海洋権益に関する主張及び活動への反対」を改めて表明しました。

また「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」と中国が台湾に対して武力による侵攻や統一をしないことを求めました。1972年2月、リチャード・ニクソン米大統領訪中による上海コミュニケは「台湾海峡の両岸にいるすべての中国人が中国は一つであり、台湾は中国の一部であるとの立場を維持しており、米政府はこの立場に異議を申し立てない」と記しています。

半年後、田中角栄首相が訪中し、日中共同声明で「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と表明しました。中国の立場を理解し、尊重すると述べるにとどめています。

また「日中両政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、日本国及び中国が、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」と武力での台湾統一は認めないと付け加えています。

少なくとも日米ともに積極的に台湾の中華人民共和国への編入を促進する内容とはなっていません。しかしながら日本と台湾は国としての交流が絶たれただけではなく、中国の圧力によって政府高官の交流や台湾の国旗や総統府をテレビ画面で流すことすら難しいといった極めて不健全かつ不正常なものとなっています。

日米首脳会談の共同声明で台湾海峡が明記されるのは日中国交正常化前の1969年11月以来のことです。佐藤栄作首相とリチャード・ニクソン大統領(いずれも当時)は共同声明で「大統領は、アメリカの中華民国に対する条約上の(相互防衛)義務に言及し、アメリカはこれを遵守するものであると述べた。総理大臣は、台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとってきわめて重要な要素であると述べた」と言及しています。

菅義偉首相とバイデン大統領は「香港及び新疆ウイグル自治区における人権状況への深刻な懸念を共有する」としつつ「中国との率直な対話の重要性を認識するとともに、直接懸念を伝達していく意図を改めて表明」しました。日米両国は中国の覇権主義や力によって現状を変えようとする動きに対して、米軍と自衛隊が現実に即してしっかりと平和と安全の維持に対応していかねばなりません。

――日本の対中外交は大きく変わりました

中谷氏:いま世界は大きな変化の中にあります。それはアメリカの民主主義の劣化と中国強大化による覇権主義です。力を背景にルールを無視する専制主義は国際社会が抑制する必要があります。しかし、これまでの日本は中国経済が発展すれば、アジアの平和と繁栄がもたらされると日中友好を基本として中国への経済支援と企業進出を進めてきました。

今から30年ほど前の天安門事件に対して先進7カ国(G7)首脳会議で中国に対する武器輸出禁止や世界銀行の融資停止などの外交制裁を実施しようとしていた時も、中国を国際的に孤立させるのは得策でないと共同制裁を拒否し、窮地の中国に手を差し伸べて相互互恵の名の下に経済支援を続けました。

その結果、中国はますます軍事、経済の力を増し、30年で軍事費は30倍、空母、ミサイル、爆撃機など装備を近代化し、宇宙やサイバーでもアメリカと並ぶ軍事力を持つようになりました。ICT(情報通信技術)、半導体、ワクチンなどを製造できる国家戦略的な資源や技術についても中国が大きな影響力を持つようになり、それを外交上の武器として膨張、拡大を続けています。

このような中国の専制主義・覇権主義を増長させたきっかけは日本の経済界であり、対中外交政策でした。しかし、もはや一国で中国の拡大支配を止められない事態となり、自由と民主主義を基軸とするアメリカとの同盟関係を強化しつつ、日米豪印4カ国(豪州・インド)、東南アジア諸国連合(ASEAN)、欧州連合(EU)の自由民主主義経済国と連携を強化しています。

トランプ前政権はアメリカ第一主義による経済政策の独善と人気取りを競うデマゴークとポピュリズムによって民主主義の劣化を招いてしまいました。その結果、国際秩序を弱め、中国を増長させました。今後、米中の経済や軍事力が逆転し、2030年までには総合力で米中逆転が起こるとの見方も出ています。

このまま「パクス・アメリカーナ(アメリカの覇権)」が「パクス・チャイナ(中国の覇権)」になると、中国共産党と習近平国家主席は超法規的で法の支配を受けないまま自らの意思を周辺国に強要するようになるでしょう。

自由民主主義世界の法秩序では、いかなる人も権力も普遍的な法に服さなければならないのであって、自由民主主義制度の核心は人間尊重の思想です。一人の幸せはみんなの幸せ。みんなが幸せになるには一人ひとりの自由意志や人格を尊重しなければなりません。自由民主主義は人類の貴重な遺産であり、すべての人の尊厳を守り、自由と人権を守る精神が民主主義の中核の動力となっているのです。

中国の人民抑圧や少数民族弾圧、軍事力による一方的な支配拡大を許すなら、アジアや全世界の将来に不幸な歴史を残すことになるでしょう。「基本的人権の尊重」という人類普遍の道に従うことや人々の生命・自由・信条・風習を尊重し、人々を慈しむということは人類不変の道理です。しかし、それは当たり前のものではなく、努力して守っていかなければならないのです。

最近の中国の振る舞いに対して、日本は懸念や疑念を表明するだけではなく、毅然と物事を言い、やめさせる力を持ち、国際社会とともに行動していかなければなりません。戦後、日本外交は対話路線を大事にしてきました。しかし、弱腰で軟弱な外交姿勢では今の中国の姿勢を変えることはできません。もはや言葉だけで行動を伴わない日本の言うことを聞かないのです。

――最近、日本でも欧米のような人権外交を求める声が強まっていますね

中谷氏:実行力のある行動で自由と民主主義を守るためにも、中国などで行われている人権弾圧に対して、国会で非難決議を行い、制裁で弾圧を抑止できる「グローバルな人権侵害制裁法」を成立させることが重要です。それによって日本外交の選択肢の幅も広がり、中国の人権侵害行為に対する抑止力と阻止する力になります。

いくら口で言っても行動を変えようとしない中国の膨張主義や個人の尊厳を踏みにじる共産主義に対しては毅然として対応して行かないと世界の平和と安全を守っていく国際的な規範が失われてしまいます。国家としての主権や自由民主主義の理念をも維持できなくなってしまうでしょう。

中国新疆ウイグル自治区の少数民族弾圧を巡り、今年1月、トランプ前政権のマイク・ポンペオ国務長官が「ジェノサイド」と認定し、100万人以上が強制収容などで自由を奪われていると指摘しました。バイデン新政権のブリンケン国務長官も「私も同じ判断だ」とポンペオ氏の認識を踏襲する考えを明らかにしました。

日本政府にもジェノサイドであるのかと認識を迫りましたが、自民党外交部会で外務省担当者は「現在、認めていない」とあいまいな回答に終止しました。少数民族の問題は中国が極めて過敏に反応するテーマです。アメリカ側の認定について中国は「でっち上げだ」との姿勢を崩していません。外務省は米中の対立が日中関係に飛び火するのを避けた可能性があります。

私は対中政策を考える超党派議連「JPAC」の共同会長を務めています。人権侵害を理由に世界中の国や団体へ資産凍結などの制裁を科せる日本版「マグニツキー法」の成立に力を入れています。新疆ウイグル自治区や香港を巡る対中制裁はG7の中で日本だけが行っていません。米英、カナダなどが足並みをそろえて人権弾圧を止めさせようと制裁を発動しているのに日本はこれに加わる提案や選択肢すら持っていないのです。

日本はそれを実施できる国内法が未整備であり、「対話と協調」の看板を掲げています。過去の贖罪意識から対中制裁への躊躇が強く、結果として中国の覇権主義を容認し、助長する外交を続けてしまっているのです。

――菅義偉首相が日本学術会議の会員候補のうち6人を除外して任命してから1年がたちました

中谷氏:日本学術会議は軍事目的のための科学研究を行わないとして、多くの国立大学は防衛装備庁が大学等の研究者を対象とした安全保障技術研究推進制度の要請を断っています。国立天文台をはじめ基礎生物学研究所、生理学研究所、分子科学研究所、核融合科学研究所、アストロバイオロジーセンターなどの国立研究機関の9組織が、軍事応用できる基礎研究について安全保障技術研究推進制度への不参加を決めました。

しかし安全保障は国の存立や国民の生存のために必要なもので、ロボットや防毒マスク、通信・光学などの科学技術はデュアルユース(軍民両用)で開発され、軍事だけでなく災害時にも幅広く利用されています。暗視カメラ、インターネットやGPS(全地球測位システム)も軍事技術から民生に転用され、世界の人々の生活を便利に豊かにしています。

日本では国立大学での軍事分野の基礎研究は認められておらず、諸外国から大きく立ち遅れ、産業競争力の衰えにもつながりました。それが、日本製品が国際スタンダードになれない原因にもなっています。

京都大学をはじめ多くの国立大学は「軍事研究は行わない」と宣言する一方で、外国からは多くの学生や教授を受け入れており、各国との共同研究を通じてわが国の先端技術は海外に流出し、中国の軍事力向上にも使われています。国を守ることは技術で他国よりも秀でること、他国への技術の流出は国益を失うことです。

国立大学で国防や安全保障の研究をしてはいけないというタブーが宇宙、サイバー、新素材、無人機(ドローン)、AI(人工知能)などの基礎研究を遅らせ、防衛力の低下につながっています。

各大学には国防意識を持った教授や若手研究者、学生が大勢おり、安全保障研究に関心を寄せている人たちがいます。日本学術会議がこのような大学の自主性・自律性・学問の自由を侵しているとすれば、学問の自由への介入であり、国の科学技術水準の向上を妨げていると言えるでしょう。

世界平和や人々の幸福は非軍事のみの活動や安全保障の研究をしないことで達成されるわけではありません。日本の国を守るための継続した基礎研究や防衛技術が不可欠です。各国ともしたたかに力を蓄え、国を守ることを考えています。それが国の教育機関である指導者の使命ではないのでしょうか。

(おわり)