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ヘンリー公爵の自叙伝 前払金は22億円「女王の堪忍袋の緒が切れる。王室追放の恐れ」英紙報道

木村正人在英国際ジャーナリスト
ヘンリー公爵とメーガン夫人の結婚式で見せたシャーロット王女の”生足”(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「王子としてではなく、生まれ変わった1人の男として」

[ロンドン発]メーガン夫人とともに英王室を離脱したヘンリー公爵の王室攻撃が止まりません。エリザベス女王の即位70周年を祝う来年の「プラチナ・ジュビリー」に合わせるかのように、ヘンリー公爵がこれまでの36年の人生を赤裸々に綴った自叙伝を出版することになりました。

追放された上級王室が自叙伝を執筆するのはこれが初めてではありません。離婚歴にある米女性ウォリス・シンプソンと結婚するため退位したエドワード8世も『王の物語:ウィンザー公爵の回想録』を出版し、センセーションを巻き起こしました。

ヘンリー公爵とメーガン夫人を擁護してきた女王は2人をプラチナ・ジュビリーに招待するのを取りやめる可能性があると英大衆紙デーリー・メールが報じました。同紙のコラムニスト、ダン・ウートン氏は王室関係者の言葉として「棺桶に打ち込まれる最後の釘だ。王室とハリー(ヘンリー公爵の愛称)の関係を完全に終わらせる」と伝えています。

来年後半、世界最大の米出版社ペンギン・ランダムハウスから自叙伝を出版するヘンリー公爵は19日、同社のホームページで次のように述べました。

「王子としてではなく、生まれ変わった1人の男として書いている。私は何年にもわたって文字通り、そして比喩的にも多くの帽子をかぶってきた(異なる多くの役割を果たしてきたということ)。私の物語、山や谷、間違い、学んだ教訓を伝えたい」

「私の生まれ育ちが英王室であっても私たちが思っている以上に多くの共通項がある。これまでの人生で学んだことを共有できる機会に深く感謝する。正確で完全に真実である私の人生についてみなさんに直接読んでいただけることを楽しみにしている」

ゴーストライターはピューリッツァー賞作家

自叙伝では、幼少期から現在に至るまでの人生を王族の1人としてではなく、1人の夫、父親、男として振り返るそうです。

最愛の母ダイアナ元皇太子の喪失とメンタルヘルス、王族としての献身、2回にわたるアフガニスタンへの従軍、傷痍軍人の国際スポーツ大会インヴィクタス・ゲームズなど慈善活動、結婚と王室離脱、子供の誕生まで、経験と冒険、喪失、そしてそこから得た人生の教訓を読者と共有したいとしています。

ヘンリー公爵はゴーストライターの米作家J・R・モーリンガー氏と自叙伝の執筆に1年を費やしています。自叙伝の収益は慈善団体に寄付するとされていますが、前払い金としてヘンリー公爵は1470万ポンド(約22億円)を受け取っていると報じられています。

ピューリッツァー賞を受賞したこともあるモーリンガー氏はこのうち100万ポンド(約1億5千万円)を受け取るとみられています。

女王の周辺が神経を尖らせているのはヘンリー公爵のアクションが明らかに王室のスケジュールに合わせているように見えるからです。さらにヘンリー公爵の自叙伝は王室にとってはメガトン級の暴露本以外の何物でもないからです。

カミラ夫人を「Queen」にしたいチャールズ皇太子

チャールズ皇太子はヘンリー公爵の自叙伝について何も聞かされていなかったそうです。王位継承の際には、相変わらず不人気のカミラ夫人を正式に「Queen(王妃)」にしたいチャールズ皇太子は、ダブル不倫とダイアナ元妃の悲劇的な交通事故死を息子に蒸し返されると致命傷を負いかねません。

これまで対立するウィリアム王子とヘンリー公爵の仲を取り持とうとしていたチャールズ皇太子も、エリザベス女王も、王室攻撃をエスカレートさせるヘンリー公爵に、堪忍袋の緒が切れたのかもしれません。王族は公式に反論することはできません。

もともとヘンリー公爵とメーガン夫人の王室離脱劇は生き馬の目を抜く米ハリウッドの荒波を生き抜いてきたメーガン夫人が王室から与えられたお飾りのような役割に満足できず反乱を起こしたのがきっかけとみられてきました。

しかし「タブロイド」と呼ばれる英大衆紙の報道を丹念に追っているとエリザベス女王の高齢化に伴って水面下で徐々に進行する王位継承が密接に関わっていることが分かります。

ウィリアム王子とヘンリー公爵のバトル

・2013年7月にジョージ王子誕生、ヘンリー公爵の王位継承順位は4位に

・15年5月にシャーロット王女誕生、ヘンリー公爵の王位継承順位は5位に

・16年6月、ヘンリー公爵とメーガン夫人が交際始める。ウィリアム王子が「この女の子を理解するために必要なだけ時間をかけて」とヘンリー公爵に忠告したことがきっかけとなり、2人の王子の間に亀裂が入り始める

・17年11月、ヘンリー公爵とメーガン夫人の婚約をチャールズ皇太子が発表

・18年4月、ルイ王子誕生、ヘンリー公爵の王位継承順位は6位に

・18年5月、ヘンリー公爵とメーガン夫人が結婚。ウィリアム王子、キャサリン妃が暮らすケンジントン宮殿の別のコテージで新婚生活を始める。公務では「ファブ・フォー(4人組)」を前面に押し出す

・18年10月、ケンジントン宮殿のスタッフに対するメーガン夫人の度を超した厳しい接し方(いじめ)がヘンリー公爵とメーガン夫人のスタッフから報告され、ウィリアム王子の耳に

・18年11月、ヘンリー公爵とメーガン夫人がウィンザー城のフロッグモア・コテージに引っ越す。ケンジントン宮殿の主人であるウィリアム王子がメーガン夫人のいじめを許容できず、事実上、追放したとみられている

・英大衆紙サンがヘンリー公爵とメーガン夫人の結婚式でブライドメイドになったシャーロット王女の“生足”を巡ってキャサリン妃とメーガン夫人が口論したと報道。キャサリン妃が折れてシャーロット王女は王室では厳禁の“生足”でブライドメイドを務めた。この報道でメーガン夫人の王室や英大衆紙への不信感は決定的に

・19年5月、長男アーチーちゃん誕生。王子の称号はチャールズ皇太子が即位するまで与えられず

・19年12月、エリザベス女王のクリスマス演説でテーブルの上にヘンリー公爵とメーガン夫人、アーチーちゃんの写真はなかった。チャールズ皇太子の王室スリム化構想にヘンリー公爵の家族が含まれていないことをうかがわせた

・20年1月、ヘンリー公爵とメーガン夫人が英王室から財政的に自立して上級王族から退きたいと発表。3月末で王室離脱

・今年3月、フィリップ殿下が入院中にヘンリー公爵とメーガン夫人が米人気司会者オプラ・ウィンフリー氏の独占インタビューに応じた特番が放送される。アーチーちゃんの「肌の色」への懸念があったと告白

・今年6月、長女リリベットちゃん誕生。王女の称号はチャールズ皇太子が即位するまで与えられず

・今年7月、ジョージ王子8歳に。慣例では将来、君主になることを伝えられる

兄弟より王位を取ったウィリアム王子

すでに英大衆紙の関心はメーガン夫人よりもウィリアム王子とヘンリー公爵の対立に移っています。憎悪の炎を激しく燃やした「カインとアベル」のようにいがみ合う2人の王子。王室ウォッチャーの1人は「これが中世であればすでにどちらかが殺されていたはず」と漏らすほど2人の対立は深まっています。

先日のダイアナ元妃を偲ぶ銅像の除幕式で一時帰国したヘンリー公爵ですが、ウィリアム王子との関係は修復されませんでした。ウィリアム王子とヘンリー公爵の対立を描いた『兄弟の争い』の著者であるロバート・レイシー氏は英TVのドキュメンタリー番組でこう解説しました。

「ウィリアム王子は、メーガン夫人が自分のアジェンダ(目標)を持って王族に嫁いできたとにらんでいました。メーガン夫人の、ケンジントン宮殿で働くスタッフの扱いがウィリアム王子にはどうにも我慢ならなかったのです。そしてウィリアム王子は兄弟のヘンリー王子よりも王位を選んだのです」

アーチーちゃんの「肌の色」問題のほか、王室に嫁いできたメーガン夫人を孤立させ、自殺を考えるまで追い込んだと告発されたロイヤル・ファミリー。

この問題を解決するには双方が歩み寄るしかありません。それには時間が必要です。しかし、ヘンリー公爵の自叙伝が最後通告のように出版されたら、王室とヘンリー公爵をつなぐ「蜘蛛(くも)の糸」も切れてしまうのは確実です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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