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第5の波(1)「新興感染症が爆発する世紀になる」平野前阪大総長に聞く

木村正人在英国際ジャーナリスト
1989年11月9日、ベルリンの壁は崩壊した。そして第5の波が始まった(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]世界で380万人超の死者を出した新型コロナウイルスは人類が直面する「第5の波」の一現象に過ぎないと量子科学技術研究開発機構(QST)の平野俊夫理事長(前大阪大学総長)は言う。サイトカインストームを引き起こすインターロイキン-6(IL-6)の発見者としてクラフォード賞を日本人で初めて共同受賞した平野氏は「コロナはサイトカインストーム症候群」といち早く見抜いた。その平野氏に第5の波の考え方と「新興感染症の爆発」「激動期の大学」「コロナ緊急提言」「人生100歳」について、4回に分けおうかがいした。(聞き手、在英国際ジャーナリスト・木村正人)

――平野先生は以前から人類の歴史は5つの波で分けることができるとおっしゃっておられましたね。その5つの波についてお聞かせ下さい

歴史の専門家だったら人類の20万年をどう分類するのか、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が起こり、決まらないだろう。ところが私は、歴史の知識は大学受験レベル、いやそれすら忘れてしまっているかもしれない。素人だからこそ見えることがある。大阪大学総長の時から「人類20万年の歴史を大きく分けてしまえば5つ波がある」と言ってきた。

人類の歴史全体を貫いている大きな流れは、世界は限りなく統一に向かっているということだ。今回のコロナが教えてくれたようにわれわれは「地球市民」であることを自覚すべきだ。

20万年前にアフリカでホモ・サピエンスが誕生した。それが世界中に広がり、その過程でいろいろなヒト属、ネアンデルタール人とかホモ・エレクトスとか少なくともホモ・サピエンス以外に十種類ぐらいのヒト属があったと言われている。それを全部絶滅させながら、時にはネアンデルタール人と交雑しながらホモ・サピエンスが世界を統一した。

これはまさに宇宙がビッグバンから始まったのと同じようにアフリカの一角で誕生したホモ・サピエンスが20万年かけて、欧州、アジア、オーストラリア、南北アメリカへと拡がって成し得た世界統一である。それが第1の波だ。

ところが1万年ぐらい前に狩猟から農耕時代に突入した。これが大きな一つの切れ目。そのことによって各地に文明が興った。ホモ・サピエンスはアフリカの一角から始まったが、この時代に多様性が生まれた。各地で農業が始まり、文明が興り、言語、習慣、宗教などの多様性ができた。

宗教ではキリスト教、イスラム教、仏教、ヒンズー教と多様性ができた。歴史学者だったら紀元前、紀元後で分けるかもしれないが、私は農業が始まってから12世紀までの1万年を第2の波と呼んでいる。

この第2の波がものすごく重要で、現在のさまざまな多様性の基盤がそれぞれの地域によってできてきた。その時に定住化して人口密度が増えて野生動物を家畜化した。牛や豚、馬などだ。家畜と人間が密接に関係するようになり、今で言えば“三密”状態になった。

家畜や生活圏内にある小動物や蚊などから天然痘、麻疹(はしか)、ペスト、結核、マラリアのような伝統的感染症が人類に広がった。ここで感染症の多様性もできた。

――歴史上、感染症によって滅びた国家、文明もありますね

第3の波では、13世紀にモンゴル帝国ができて初めてアジアとヨーロッパの文化圏がつながった。さらに、大航海時代が始まってコロンブスが北アメリカにたどり着いた。そして世界が7つの海で繋って世界はグローバル化し、感染症も世界中に広がった。

今まで天然痘がなかった南米のアステカとインカ帝国に天然痘が持ち込まれて滅亡した。アメリカインディアンは鉄砲もあったが、天然痘で不利な状況に追いやられた。

アメリカインディアンを襲撃する時にヨーロッパ人は天然痘で死んだ死体をインディアンの集落に向けて放り投げたと言われている。今でいう生物学兵器の始まりだ。なぜ南米や北米に天然痘がなかったかというと、人類が南米や北米にたどりついた狩猟時代に馬や牛などの大型動物を絶滅させたからだ。

農業が始まった時代には、南米とか北米には限られた大型動物しかいなかった。だから牛由来の天然痘はなかった。代わりに南米にあった梅毒が世界に広がった。感染症をヨーロッパ圏とアメリカでお互いに交換した。食べ物だって交換した。ジャガイモは南米からヨーロッパに来た。感染症だけでなく、食文化も混ざり合った。

未知の感染症がやって来ると文明も滅びてしまう。中世ヨーロッパでは、昔流行していたペストは500年間ぐらい発生していなかった。14世紀に入りアジアから西への人の移動とともにヨーロッパに戻ってきた。そしてペストが大流行し暗黒の中世ヨーロッパが始まり、封建制度などの社会体制が崩壊した。

今、コロナで大変なことになっているように、免疫がないと一気に感染が広がる。第3の波は約400年続き、多様な文化が混ざり合って感染症も世界中に広がった。そしてイギリスで産業革命、エネルギー革命が起きた。エネルギー革命を振り返ると第1の波の20万年間は火を使っていた(草や木を燃やす森林エネルギー)。

第2の波、第3の波の時は何を使っていたかというと、森林エネルギーに加えて、家畜エネルギーや人力エネルギーなどの代謝エネルギー、水車や風車を使う自然エネルギー、今で言う再生可能エネルギーを使っていた。これらのエネルギーはすべて、ほぼリアルタイム(リアルタイムから数十年単位の時間軸)で、太陽エネルギーに依存している。

ところが第4の波における産業革命で第4番目のエネルギー革命が起きる。イギリスでは森林が破壊され、薪が不足した。昔から石炭はあったが、効率がよくないのであまり使われていなかった。森林エネルギーが枯渇し、石炭をコークス(石炭を蒸し焼きして炭素だけを残した燃料)にして効率よくする方法を開発した。画期的な大革命だった。

石炭や石油、すなわち化石エネルギーももとは動植物由来だ。何億年もかけて太陽エネルギーが化石という形で蓄積されていた。だから化石エネルギーも太陽エネルギーだ。しかし、この時、人類は“電池”のようなもの、つまり何億年も前の太陽エネルギーが蓄えられた石炭や石油を手に入れた。

化石燃料への転換はリアルタイムから蓄積された太陽エネルギーへの転換であり、リアルタイムに太陽に依存しないのでより安定的であり、かつ利用用途が柔軟になるなど画期的なエネルギー革命であった。このエネルギー革命が第4の波の起爆剤となった。

石炭がもたらした産業革命で科学技術は加速度的に発展した。政治的にも経済的にも世界覇権競争が起き、その結果、世界大戦が2回も勃発した。人類の歴史とは殺し合いの歴史だが、地球全体を巻き込む戦争はこの2回しかない。これほど大量殺戮し合う動物は人間しかいない。冷戦が終結するまで、第4の波は約200年続いた。

筆者の取材に応じる平野氏(筆者がスクリーンショット)
筆者の取材に応じる平野氏(筆者がスクリーンショット)

――冷戦が終結してグローバリゼーションが一気に進みましたね。そこから第5の波が始まったということですか

1989年にベルリンの壁が崩壊し、第5の波が始まりほぼ30年経過した。人類の歴史を俯瞰して考えると多様性があるがゆえに発展してきた。多様性ゆえにイノベーション(技術革新)が起き、心豊かな人生を送ることができる。ところが多様性があるがゆえに壁ができ、対立し、戦争もする。殺し合いもする。

人類の歴史は多様性ゆえの発展であり、多様性ゆえの対立であり、戦争の歴史であったと言うことができる。人類の将来はこの多様性の壁を超えて、調和ある多様性を創造し、地球市民としての自覚を持った世の中を築くことができるかにかかっている。

それができなければお互い殺し合って最終戦争にいきついてしまう。それは歴史が教えてくれている。私はかねがね学問や芸術、スポーツ、科学技術は人類共通言語だと言ってきた。言葉や宗教、文化が違っても、人類共通言語があれば、多様性の壁を乗り越えてコミュニケーションをとれる。異文化を理解しお互い尊重し合うことができる。

新型コロナウイルス感染症も軽々と国境を越える、多様性の壁を超えることができる人類共通言語ということもできる。新型コロナウイルスは、われわれ人類にしっかりしなさいと言っている。もっと仲良くしなさいと教えてくれる。

人類共通言語によってお互いの違い、異文化、他人を理解し尊重して、お互いに自分自身の文化を誇りに思いながら協調する地球市民としての自覚を持たなければ未来はないというのが私の考えだ。

それでは今はどういう時代なのかを考えるには、歴史の大きな流れを理解する必要がある。人類社会は第1の波で東アフリカから世界に拡散し、第2の波で多様性ができた。第3、第4の波を経て人類は再び統一への歩みを速めてきた。1万年前はおそらく世界中に自律的政治組織が1万以上はあっただろう。

今や国連に加盟している国は200ぐらいしかない。第5の波で人類社会は、加速しながら限りなく統一に向かっていると考えるのが自然である。その象徴として新型コロナウイルス感染症が世界を襲った。第4の波以前では、第一次世界大戦という世界を巻きこんだ戦争中に生じた1918年のスペイン風邪の世界的流行を除けば、感染症がある地域で流行しても世界的流行が起こることはなかつた。

事実、ヨーロッパの国々も統一に向かっている。イギリスが欧州連合(EU)を離脱したのは歴史の大きな流れの中で生じた単なる揺れに過ぎない。何事にも揺れ戻しは必ずある。しかし歴史の大きな流れは世界統一に向かっている。米中が対立しようがしまいが統一に向かっている。仮に統一できなければ人類は破滅するだけのことだ。

――歴史は世界統一に向かっているとのことですが、いま私たちが生きている第5の波はどんな時代だとみておられますか

今はコロナ危機だから世界は1つであるという意識があるかもしれないが、第5の波はあらゆる意味で大変な時代だと考えている。ポストコロナの時代がよく叫ばれているが、ポストコロナと簡単に呼べるような生易しい問題ではない。第3の波でも第4の波でも移行期は大変だった。いま本当に大変な時だということをみんなあまり自覚していない。

例えば、ライフサイエンス(生命科学)では、ゲノム編集や再生医学や脳科学は神の領域に迫っている。一方、サイバー空間とリアル空間は限りなく融合し人工知能(AI)が著しい発展を遂げている。一瞬にして情報が世界を駆け巡る。超音速機ができて物理的な移動もものすごく速くなった。人口も劇的に増えた。

これらは第4の波の技術革新の基盤の上にもたらされた。地球は相対的に狭くなり、多様性が凝縮され臨界点を迎えつつある。私はそれを多様性の爆発と呼んでいる。

多様性が凝縮されていろいろなところで対立が起こりやすくなっている。スコットランド独立や北アイルランド分離問題もその一つで、あちこちで論争が起こっている。大きな冷戦構造ではなくて小さな対立があちこちで起きている。もはや、政治的、軍事的には根本的解決は困難な状況になっている。だからこそ、共通言語による調和ある多様性の創造により多様性の爆発を防がなければならない。

第4の波で科学技術が飛躍的に発展して文明の利器を得て一見、便利になり住みやすくなった。その裏返しとして環境問題が出てきた。地球温暖化や自然災害激甚化、プラスチック廃棄ゴミ問題、あるいは生物多様性の危機などである。海面が上昇して、海に埋没する陸地が増加し、現在の数百万人の難民が数億人単位になるかもしれないと言われている。

そういうことも含めてわれわれは本当に深刻な環境問題に直面している。

――感染症の歴史と先生が言われている5つの波は密接にリンクしていますね。よく議論されるアフターコロナはやって来るのでしょうか

伝統的感染症は第4の波でほぼ克服した。イギリスの医学者エドワード・ジェンナー(1749~1823年)が天然痘ワクチンを開発し、約200年後に天然痘は世界から撲滅された。

昔、驚異だった麻疹、水ぼうそう、結核などの伝統的感染症は、まだ結核などで苦しんでいる国や地域はあるものの、ワクチンや治療薬もできて、ほぼコントロールできるようになった。第4の波は感染症との戦いの歴史でもあったと言える。感染症から歴史を見ても5つの波に大きく分けることができる。

感染症の多様性が第2の波で起き、第3の波でそれが世界に広がった。第4の波で感染症との戦いが始まり、それを克服した。第5の波で起きている新興感染症は伝統的感染症とは明らかに異なる。伝統的感染症は家畜から来ている。あるいは人類の生活圏にあったネズミや蚊などから来ている。人間社会の中で起きたことだ。

エボラ出血熱、鳥インフルエンザ、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、そして新型コロナウイルスは野生動物から来た。家畜とは異なる。家畜は有限だ。1万年経って定常状態になっており、家畜由来の感染症はほぼ出尽くしている。

相手が野生動物になると家畜に比べ非常に多くの種類があり、新興感染症はいくらでも来る可能性がある。これは環境問題ととらえることもできる。環境破壊で密林やジャングルに人間が進出していった。山から都会にクマやイノシシが現れたように急速に野生動物と人類社会が接近している。昔、家畜と人類が急接近した時と同じことが起きる。

つまり野生動物と人類が急接近した結果、野生動物から人間社会の中にいる家畜やネズミなどの小動物や蚊などを介したり、あるいは野生動物から直接人間へ伝播したりするなど、いろんなパターンがあるが、基本的には野生動物から新興感染症が来る。第5の波は新興感染症の爆発の世紀でもある。

コロナは“新興感染症の1つ”に過ぎない。今後、鳥インフルエンザが来るのか、何が来るのか分からない。来年なのか、5年後なのか分からない。環境破壊が続いている間は、新興感染症は限りなくやって来る可能性が大きい。新興感染症は“環境問題の1つ”だ。

環境問題という大きな枠組みの中で物事を考えないと根本的な問題の解決には至らない。とにかくワクチンを打てば目の前のことは解決できるが、第5の波の根本的な解決にはならない。アフターコロナとか言っているが、アフターコロナは幻想であり、いま人類は第5の大波にいることを忘れてはならない。人類史上における大きな変革の時代に生きているということを、政治家や経済人、世界中の人々はよく理解しなければならない。

今、人類は第4の波の負の遺産を背負っている。温室効果ガス排出による地球温暖化やプラスチックごみはすべて科学技術による負の遺産だ。恩恵も大きかったが、負の遺産も大きい。

科学技術者には科学技術によってこうした問題を解決する使命がある。政治的にも「2050年実質排出ゼロ」を唱えるようになった。これはいい流れだが、もっと真剣に考えないといけない。第1の波から第4の波と経過する間に、それぞれの波の持続時間は短くなっている。第5の波が始まり、早くも30年が経過した。

残された時間はあと20〜30年ぐらいかもしれない。だとすれば2040〜50年に第6の波に突入する。

(つづく)

平野俊夫(ひらの・としお)

1972年、大阪大学医学部卒業。73年より3年間米国立衛生研究所(NIH)留学。86年にIL-6遺伝子を発見。89年大阪大学医学部教授。2008年に医学部長、11年から4年間、大阪大学総長。日本免疫学会会長などを歴任。クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。16年から現職。

重粒子線がん治療装置の開発協力を発表する平野氏(中央)
重粒子線がん治療装置の開発協力を発表する平野氏(中央)写真:つのだよしお/アフロ

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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