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G7首脳会議 菅首相は五輪以外に言うことはないのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
イギリスで開かれるG7首脳会議に出発する菅義偉首相(写真:つのだよしお/アフロ)

[ロンドン発]先進7カ国首脳会議(G7サミット)が英南西部コーンウォールで11日に開幕します。昨年は新型コロナウイルス・パンデミックとドナルド・トランプ米大統領(当時)への独仏の反発で対面式開催は見送られました。それだけに2年ぶりにG7、欧州連合(EU)、ゲストの韓国、インド、オーストラリア、南アフリカの首脳が集まる中、ジョー・バイデン米大統領がG7の結束をリードできるかが最大のポイントとなります。

――菅義偉首相は東京五輪・パラリンピック開催の支持を取り付けたい考えだが

筆者の見方「G7のテーマは五輪よりワクチンです。コウモリなどの野生動物に由来する新興感染症の時代に入り、ワクチンを制する者は世界を制することを、衰えたとはいえ、現在の覇権国アメリカも、かつて7つの海を支配したイギリスも十分にわきまえています。イギリスは昨年12月に世界に先駆けてワクチンの集団予防接種を始めました」

「カナダのマギル大学のCOVID-19ワクチントラッカーによると少なくとも1カ国で使用が承認されているコロナワクチンは17種類。英オックスフォード大学と英製薬大手アストラゼネカ(AZ)が共同開発したワクチンを承認したのは102カ国。独バイオ医薬品企業ビオンテックと米製薬大手ファイザーが共同開発したワクチンは85カ国で承認されています」

「これに対してロシア国立ガマレヤ研究所のスプートニクⅤは68カ国、中国国営企業シノファームのワクチンは45カ国で承認されています。AZワクチンは1回分、コーヒー1杯の低価格で調達でき、普通の冷蔵庫でも保管できます。開発期間を300日から100日に短縮中で、まさに新興感染症パンデミックのために作られたワクチンと言えるでしょう」

「ホスト役のボリス・ジョンソン英首相はパンデミックを終息させるためG7で来年末までに世界中でワクチン接種を終わらせるよう呼びかけています。ワクチン供給量を増やし、途上国や最貧国も公平にアクセスできる仕組みを作ろうとしています。世界保健機関(WHO)のCOVAXへ5億4800万ポンド(約850億円)を財政支援します」

「さらにイギリスは来年中に1億回分のワクチンを寄付します。ジョー・バイデン米大統領も5億回分を途上国などに供与すると正式に表明しました。G7ではワクチンや資金の提供を通じて 10 億回分を提供し、来年中にパンデミックを終わらせることで同意する見通しです。ロシアや中国のワクチン外交に対抗する狙いがあります」

「イギリスは18歳以上の75%が1回接種を、50%が2回接種を終えています。しかしインド変異(デルタ)株がスコットランドやマンチェスター、ロンドンで流行しており、感染者が1週間で60%以上も増え、入院患者も死者も再び上昇に転じています。このため6月21日の正常化記念日に黄信号が灯っています」

「日本はワクチン確保や接種開始でもたつきました。COVAXにアメリカに次ぐ計10億ドル(約1094億円)を拠出、日本で生産するAZワクチンを念頭に3千万回分の途上国への提供を表明しました。しかしワクチンの開発と展開に成功した米英に比べ存在感は薄く、五輪開催をG7でお願いするのは調子外れのように聞こえるのではないでしょうか」

――G7の見どころは

「自由と民主主義国家の大黒柱としてG7の復権なるかに尽きます。米国第一主義のトランプ大統領から協調型、調整型、実務型のバイデン大統領に代わり、コロナのほか経済政策、地球温暖化対策、安定したサプライチェーンの確立、対中政策など山積する課題で先進国の足並みがそろうかどうかです」

「今回のサミットには韓国、インド、オーストラリアがゲストとしてホスト国のイギリスに招待されましたが、デルタ株の猛威と戦うインドはオンラインでの参加になりました。G7が世界を動かした時代は遠い昔、国内総生産(GDP)シェアは70~80%から40%に低下。中国の横暴を抑制するためG7を民主主義10カ国(D10)に格上げするのが狙いでした」

「中国問題では台湾海峡の平和と安定の重要性や両岸問題の平和的解決、新疆ウイグル自治区の人権問題への深い懸念、香港の民主主義弾圧に対する重大な懸念がG7外相会合に続いて示されるでしょう。ウイルスの起源についても世界保健機関(WHO)に再調査を依頼する可能性もあります」

「しかしG7のゲスト国に南アフリカが急きょ加えられ、D11になりました。G7を、日本やアングロサクソン諸国が主導する“自由で開かれたアジア太平洋”のプラットフォームにすることにドイツやイタリアが難色を示したからだと筆者はみています。中国の一帯一路、南シナ海、東シナ海への海洋進出への懸念は欧州でも強まっています」

「英最新鋭空母クイーン・エリザベス(QE)を中心とする空母打撃群が極東に派遣され、米海軍のミサイル駆逐艦ザ・サリバンズと海兵隊のステルス戦闘機F35B(短距離離陸・垂直着陸型)、オランダ海軍のフリゲート艦も参加します。昨年 9 月、ドイツもインド太平洋政策のガイドラインでこの地域での安全保障のプレゼンスを拡大することを求めました」

「ドイツはアジアにフリゲート艦を派遣するものの、QEとは完全に別行動を取り、上海に寄港させる予定です。アンゲラ・メルケル首相は今年4月、6回目のドイツ・中国合同閣議をオンライン形式で開いたばかり。中国での自動車生産と販売に大きく依存するドイツは中国に配慮せざるを得ないのです」

「重債務と低成長に苦しむイタリアも中国の一帯一路に組み込まれています。EUに加盟する重債務国や旧共産圏諸国の多くが中国に依存しています。メルケル首相の時代は終わりが近づいています。今年9月のドイツ総選挙の結果を待たないとG7の対中政策がまとまるかどうかは見通せないでしょう」

――インドは対中政策のカギを握っているのか

「インドは“世界のワクチン工場”と言われています。西側諸国がどうインドを巻き込んでいくのか。中国を抑制するためにはこれから成長していくインドの力は不可欠です。しかしインドではナショナリズムが高まり、民主主義の後退が懸念されています。このため世界のワクチン工場としてインドを西側に取り込んでいくことが大切です」

「筆者の個人的な妄想ですが、イギリスのリシ・スナク財務相もインド系、アメリカのカマラ・ハリス副大統領もインド系です。やはり次の世代はインドが大きなカギを握るのではないのでしょうか」

――今回のサミットでも日韓首脳会談は協議していないと韓国の大統領府関係者は話している

「タンゴは1人では踊れません。日本側だけの問題ではないにせよ、日韓両国が歴史問題でいがみ合ったままでは自由民主主義陣営の結束は綻んでしまいます。日韓両国はそろそろ関係修復に舵を切る時が来ているのではないかと考えます。韓国が中国に完全になびくと軍事、政治、経済すべての面でマイナスが大きい。それをアメリカもイギリスも恐れています」

「そこで出てきたのがD10構想です。韓国はG7の仲間入りと大はしゃぎです。日本と韓国の間には経済力の急激な変化による“トゥキディデスの罠”が働いています。ナショナリズムは物事の本質を見えなくしてしまいます。日本は韓国をうんぬんする前にまず研究開発力と生産力、経済力、そして自信を取り戻すことが大事です」

「先日発表された英高等教育情報誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーションのアジア大学ランキングでもトップ30に中国、韓国各8大学、香港5大学が入っているのに、日本は東京大学、京都大学、東北大学の3大学だけでした。これでは韓国に見下されて当然です。もちろん韓国も、安全保障はアメリカ、経済は中国という良いとこ取りはできなくなります」

「トランプ時代からバイデン時代になり、日本には大局を見据えた大人の対応が求められています。この30年近く日の丸、君が代、靖国神社、従軍慰安婦、歴史、領土問題というナショナリズムにとらわれてしまった日本は一番大切なものを失ってしまいました。時の政権はナショナリズムで自分たちの失政を覆い隠してきたのです」

「それこそが中国や韓国の策略だったのかもしれません。日本はナショナリズムに血迷うより、今は大局に立ち、合理的に、冷静に損得を考える時だと思います。人口が5171万人足らずの韓国に大学力で負けているようではお話にならないし、どこからもまともに相手にされないと思います」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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