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「詐欺師のジョンソン英首相にはスコットランドを任せられない」独立気運が再び盛り上がっている理由とは

木村正人在英国際ジャーナリスト
エディンバラ中心部の投票所(筆者撮影)

議会選は独立派が過半数の見通し

[スコットランド・エディンバラ発]5月6日朝、事実上、2度目のスコットランド独立住民投票の是非を問う英スコットランド議会選の投票が始まりました。事前の世論調査では2度目の住民投票実施をマニフェスト(政権公約)に掲げるスコットランド民族党(SNP)と緑の党が過半数を制する見通しです。

地方分権が進むイギリスでも軍事、外交、移民、憲政にかかわる事項は中央政府が握っています。首相の同意なしにスコットランド自治政府が2度目の住民投票を強行した場合、イギリスには成文憲法はないものの“憲法違反”となるため、SNPのニコラ・スタージョン党首はボリス・ジョンソン英首相の同意なしに住民投票を行うことを否定しました。

火の玉のような言葉を吐くことから「雌ライオン」の異名を取るスタージョン氏ですが、SNPを離脱し新党アルバを結成したアレックス・サモンド前党首のような「ギャンブラー」ではありません。石橋を叩いて渡る非常に「用心深い」性格です。投票日が近づくにつれ、SNP支持率が次第に落ちてきたことから「独立」のトーンを少し弱めたのです。

新型コロナウイルス・ワクチンの接種を2回とも済ませた筆者は鉄路、スコットランドに向かいました。6日早朝、エディンバラの投票所は人影もまばら。コロナの感染を防止するため有権者の4分の1が郵便投票を済ませているからです。入り口で取材していると警備員に「投票所の敷地内は取材も写真撮影もダメだ」と止められました。

少し離れたところで投票を済ませた有権者の意見を聞いてみました。父親がイングランド生まれ、母親はスコットランド生まれという株主や投資家向け広報担当者サムさん(42)は「スカム(詐欺師)のボリス・ジョンソン英首相にスコットランドは任せておけない。スコットランドは独立すべきよ。もちろん私の一票はSNPに投じたわ」と息を弾ませました。

サムさんの父親は独立に反対で、反対派の軸になっているスコットランド保守党を支持しています。2人連れのゾイさん(18)とニコラさん(21)もSNPに投票しました。3人ともスタージョン氏と同じ女性で、彼女の政治手腕を高く評価していました。中央の保守党政権に任せておくといつもスコットランドは切り捨てられ、取り残されると考えていました。

EU離脱で状況は一変した

ナイトマネジャー、デービッド・ムアハウスさん(51)は「5月17日まで勤務先のホテルは休業中です。2014年の独立住民投票では独立賛成派は敗北し、大きな変化が起きない限り当面の間、住民投票はできなくなりました。しかし16年の英国民投票でEUを離脱し、状況は一変しました。ジョンソン首相は2度目の独立住民投票を認めるべきです」と話しました。

「今のスコットランド経済を考えるととても独立できる状況ではありません。スタージョン氏は時期を見極めるべきです」と慎重なムアハウスさんですが、環境が整えば独立すべきと考えているためSNPに投票したそうです。

グラスゴーのガード下では炊き出しボランティアが行われていた(筆者撮影)
グラスゴーのガード下では炊き出しボランティアが行われていた(筆者撮影)

英紙タイムズと世論調査会社ユーガブ(YouGov)は定員129議席中、SNPが68議席、緑の党が13議席、新党アルバは1議席の計82議席を獲得すると予測。独立3派が3分の2近くの議席を獲得し、地滑り的大勝利を収める可能性が出てきています。

しかしスコットランド最大の都市グラスゴーでは独立に否定的な高齢の年金生活者が目立ちました。「独立なんかして年金の財源をイングランドから回してもらえなくなるのだけは勘弁して」という本音が聞こえてきました。

EU離脱で漁獲量が増えても輸出のための通関手続きが滞り、スコットランドの水産業は大混乱に陥っています。EU離脱で一番得をすると言われていた水産業でさえこの有様なのですからブレグジットの評判はここスコットランドでは散々です。

スコットランドにとってEUは移民という労働力の供給源であり、生産物の大切な輸出先でした。スコットランドの国内総生産(GDP)はイギリスがEUを離脱したことによって残留していた場合に比べて2030年までに6%低くなる恐れがあるとスコットランド自治政府は結論付けました。

高評価のスタージョンSNP党首

地元紙スコッツマンの世論調査によると、「評価する」から「評価しない」を差し引いたスタージョン氏の通信簿は次の通りです。「独立を支持する理由が増えた」プラス17。健康プラス12(コロナ危機に上手く対処した)。環境プラス9、移民プラス7、交通プラス6、国防・安全保障プラス4、家庭生活の改善プラス3、税金と年金プラス2、経済プラス1。

ニコラ・スタージョンSNP党首(筆者撮影)
ニコラ・スタージョンSNP党首(筆者撮影)

ゼロ評価やマイナス評価は非常に限られていました。雇用と福祉ゼロ。教育マイナス5(コロナ危機で大学の受験資格評価を巡って混乱した)、犯罪マイナス4(犯罪の処理が不十分)、EU離脱マイナス3(離脱を撤回する2回目の国民投票を実現できなかった)、住宅政策マイナス1。

スコットランド議会選は小選挙区73議席に比例8ブロック計56議席をトップアップする仕組みです。

今回の議会選の特徴は独立派としてSNPの他、地球温暖化対策を最優先に掲げる緑の党が台頭したことです。今年11月、グラスゴーで、1年延期されていた第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)が開催されるため、2050年の温室効果ガス排出ゼロを目指す気運が一気に高まっています。

グラスゴーで取材したマシュー・マクギニティさん(19)ら若者3人連れは「小選挙区はSNP、比例ブロックは緑の党という選択はありかも」と話しました。

SNP支持者のマシュー・マクギニティさん(筆者撮影)
SNP支持者のマシュー・マクギニティさん(筆者撮影)

スコットランド議会はSNP、スコットランド保守党、スコットランド労働党、スコットランド自由民主党、緑の党、新党アルバの6党時代に突入する可能性があります。イギリス伝統の保守党vs労働党という二大政党制は地方では完全に崩れています。

■スコットランド独立問題

民族が異なるスコットランド王国とイングランド王国はもともと犬猿の仲。1707年、グレートブリテン王国に吸収され、スコットランド議会は廃止。その後スコットランドは産業革命の恩恵にあずかるが、第二次大戦で大英帝国は崩壊し、スコットランドは苦難の時代を迎える。

1970年代以降の経済的な苦境に加えて、サッチャー革命でスコットランドの石炭、鉄鋼、造船、製造業は壊滅。北海油田の収入は中央政府に吸い取られたことからスコットランド独立運動が盛り上がる。地方分権を唱える労働党のトニー・ブレア首相(当時)の登場で1999年にはスコットランド議会が復活。

SNPは2007年に少数政権を樹立。11年には単独過半数を獲得し、14年に悲願のスコットランド独立住民投票にこぎつけたものの、賛成45%、反対55%の大差で否決される。

スコットランド議会選を取材する筆者( 自分で撮影)
スコットランド議会選を取材する筆者( 自分で撮影)

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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