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東京五輪、北京五輪巡る中国の「ワクチン外交」に食いついたIOCの無節操

木村正人在英国際ジャーナリスト
中国からのワクチン提供を受け入れたIOCのバッハ会長(3月3日)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

北京五輪の白紙撤回を求める動きに先手

[ロンドン発]国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が11日、今夏の東京五輪と来年2月の北京冬季五輪で必要な関係者にコロナワクチンの提供を中国から受けることで合意したと発表した。IOCの辞書に「五輪中止」の文字はないようだ。

北京冬季五輪を巡り、西側諸国は中国・新疆ウイグル自治区の少数民族弾圧を「ジェノサイド(民族浄化)」と批判、カナダ下院は北京五輪の白紙撤回を求める拘束力のない動議を決議している。これに対して中国がワクチン外交で先手を打った格好だ。

東京五輪には1万1千人の競技者と数千人のコーチングスタッフやメディア、ボランティア、役員が参加。米英中露印で開発されたコロナワクチンの緊急使用が認められる一方で、途上国へのワクチン供給が後回しにされる現状に厳しい批判が寄せられている。

すでにかなり多くの五輪選手が接種

10日再任されたばかりのバッハ氏はオンラインで開かれた総会で「かなりの数の五輪競技者が国のガイドラインに従ってすでにワクチンを接種している。IOCは五輪関係者が予防接種を受けられるようにあらゆる努力をする」と発言。

IOCが五輪・パラリンピック関係者へのワクチン接種費用を負担するとして「中国オリンピック委員会はすでにIOCに協力し追加のワクチンを製造している。国際パートナーを通じ、また当事国に直接、供給される」と述べた。

その一方で「接種していなくても安心して大会に参加し、安全に大会に受け入れられる感染症対策を取ることにしている」とワクチン接種を五輪開催の前提にしない方針を改めて強調した。

インド、ハンガリー、イスラエルは五輪選手に予防接種を行うと表明。メキシコはアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール大統領がアスリートを医療従事者や教員と並んで優先グループに入れる方針を確認。リトアニアは2月中旬に五輪関係者へのワクチン接種を開始した。

「五輪をワクチン外交の舞台にするな」

バッハ会長は東京五輪の観客制限を決定する時期についてもこれまでのコンセンサスである「4月中」より遅い「5月や6月になるかもしれない」と発言。丸川珠代五輪相は12日、「事前に聞いていない。調整もなかった」と動揺を隠せなかった。

自民党文部科学部会長の赤池誠章参院議員は自分のブログで「国際的な枠組みに入らず、自国本位のなり振りかまわないワクチン外交に、IOCが加担するというのはどういうことなのでしょうか。そもそもIOCの財政収入は多くは米国のテレビ局の放送権料です。米国の金で中共(中国共産党)のワクチンを買って、世界に供給して、中共のお先棒を担ごうというのでしょうか」との批判を展開している。

先進7カ国(G7)は2月19日のオンライン首脳会議で

・世界保健機関(WHO)と協力し、自主的なライセンス供与などを通じてワクチンの製造能力を向上させる

・変異種のゲノム情報を共有する

・ワクチンの共同購入枠組み「COVAX」やACTアクセラレータへの資金協力を40億ドル(約4358億円)増やして総額75億ドル(約8171億円)に拡大する

――ことを確認したものの、途上国へのワクチン供給よりも自国でのワクチン接種を優先させている。

中国の「健康・医療の一帯一路」が加速する

これに対して、中国はハンガリーやセルビア、インドネシア、トルコ、ブラジル、エジプト、メキシコ、パキスタンなど27カ国に対して4億2430万回分のワクチンを供給する計画だ(英紙ガーディアンまとめ)。

中国共産党の機関紙系国際紙、環球時報(英語版)は「"中国のワクチン外交は信用できない"という西側メディアの誹謗中傷は事実に反する。中国製ワクチンを購入した国はすべて臨床試験を実施しており、地元の保健当局が緊急使用を承認している。価格も手頃で途上国に希望を与えている」と主張している。

コロナ危機で中国の習近平国家主席のインフラ経済圏構想「一帯一路」はいったん休止したように見えるものの、ワクチンなど健康・医療の一帯一路の構築は逆に加速している。

欧州連合(EU)との投資協定合意に続いて、IOCによる中国製ワクチン受け入れで、中国は新疆ウイグル自治区の少数民族弾圧という国際的な批判を鎮静化できる。

【新疆ウイグル自治区での弾圧を巡る国際的な批判】

1月12日

ドミニク・ラーブ英外相は「新疆ウイグル自治区でウイグル族に行われている人権侵害の規模と深刻さの証拠は今や広範囲に及ぶ。これらの人権侵害は容認できないという明確なメッセージを送る」と宣言し、公的・民間部門が新疆ウイグル自治区での人権侵害に加担して不当な利益を得ないようにする措置を発表。

新疆ウイグル自治区での人権侵害の原因となる恐れのある製品について輸出規制を見直す。現代奴隷法に基づいて毎年、現代奴隷制声明を出すという法的義務を果たさなかった組織に罰金を科す。新疆ウイグル自治区に関係する企業が直面するリスクを明らかにする。サプライチェーンに人権侵害の十分な証拠がある場合にサプライヤーを除外する。

1月19日

トランプ米政権のマイク・ポンペオ国務長官(当時)が新疆ウイグル自治区で中国共産党がウイグル族とその他の少数民族に対してジェノサイドと人道に対する罪を犯していると認定し、「これらの行為は中国人民とすべての文明国に対する侮蔑だ。中国と中国共産党は責任を問われなければならない」と糾弾。

1月27日

バイデン新政権のアントニー・ブリンケン国務長官も認定を踏襲する考えを表明。

2月22日

カナダ下院は賛成226票、反対ゼロで「中国が新疆ウイグル自治区で行っているウイグル族や他の少数イスラム教徒への弾圧はジェノサイドだ」と宣言する拘束力のない動議を可決し、2022年2月の冬季五輪開催都市を北京から他の都市へ移すことを求めた。ジャスティン・トルドー首相や閣僚は中国に配慮して投票を棄権した。

2月24日

ボリス・ジョンソン英首相は新疆ウイグル自治区での少数民族弾圧に関連して「英政府は通常、スポーツ大会をボイコットすることをよしとしない」と2022年の北京冬季五輪をボイコットすることを拒否。

英オリンピック委員会(BOA)も「冬季五輪のボイコットが正しい解決策であるとは思わない。一生かけて練習してきたアスリートは出場して競い合い、自国を代表できるはずだ」とジョンソン首相の主張を支持。

2月25日

オランダ議会は新疆ウイグル自治区のウイグル族弾圧を「大量虐殺」と呼ぶ拘束力のない動議を可決するも、中国政府の責任については直接言及せず。「出産防止措置」や「懲罰キャンプ」など中国政府の行動は1948年の国連総会決議による「ジェノサイド条約」に該当すると指摘した。

民主66のショート・ショーツマ下院議員は「100万人以上のウイグル族と他のイスラム教徒を収容しているとみられる強制収容所は宇宙から見ることができるほど大きい。第二次大戦以来、少数民族に対する最大の拘留だ。放置できない。目をそらすことはできない」と非難している。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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