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ミャンマー抗議デモで死者21人に 銃弾で血に染まったシャツに「春の革命」の文字 最大の敗者は中国だ

木村正人在英国際ジャーナリスト
ミャンマーの抗議デモで治安部隊に射殺された参加者を追悼する市民たち(写真:ロイター/アフロ)

「国連が行動を起こすまでに何人が犠牲にならなければならないのか」

[ロンドン発]フェイスブックに「国連が行動を起こすまでに一体、何人が犠牲にならなければならないのか」と投稿したインターネット・ネットワーク・エンジニアの若者(23)が治安部隊に射殺された。血染めのシャツに「春の革命」という文字がプリントされていた――。

ミャンマー国軍のクーデターに抵抗の3本指で立ち向かう市民の抗議デモで2月28日、治安部隊の銃弾に少なくとも18人が死亡、30人以上が負傷した。クーデターから3月1日で1カ月、デモの死者は計21人にのぼっている。民主化を武力弾圧した1989年の中国・天安門事件を思い起こさせる展開になってきた。

米政府資金で設立された放送局ラジオ・フリー・アジアや独立系メディアのミャンマー・ナウは2月28日、警官隊が催涙弾やスタングレネード(閃光発音筒)、ゴム弾だけでなく、実弾を市民に向けて次々と発射、射たれた市民が仲間に運ばれる様子を動画で生々しく伝えている。病院で救命医療を受けるデモ参加者の姿もある。

3本指を立てるポーズはもともと女優ジェニファー・ローレンスさんが主演する米映画『ハンガー・ゲーム』で、仮想の独裁国家に対する抵抗のしるしとして反乱軍や市民が結束を強めるために掲げたことから、ミャンマーの抗議デモでも広がったとみられている。

米国務長官「治安部隊の忌まわしい暴力を非難する」

国連人権高等弁務官事務所のラヴィナ・シャムダサニ報道官は「平和的なデモ参加者に致命的な力を行使することは国際人権規範の下では絶対に許されない。クーデターが始まって以来、警察と治安部隊は1千人以上の政治関係者、活動家、学生、市民社会のメンバー、ジャーナリスト、医療専門家を不当に逮捕している。こうしたすべての人の即時釈放を求める」と追及した。

アントニー・ブリンケン米国務長官はツイッターで「私たちはビルマ(ミャンマーの旧称)の人々に対する治安部隊の忌まわしい暴力を非難し、責任者の説明責任を引き続き求めていく。ビルマの勇気ある人々としっかりと向き合い、すべての国が彼らの意志を支持する声を一つにしなければならない」と表明した。バイデン米政権は新たな制裁を発動する構えだ。

ミャンマー国軍は2月27日、国連総会の会合で国軍に市民への弾圧をやめさせるため必要なあらゆる措置を取るよう呼び掛けたチョー・モー・トゥン国連大使を解任した。

ミャンマー・ナウによると、警察幹部が「現在の軍事政権の下で職務を続けたくない」と辞表を提出したことを伝えている。この警察幹部の行動は最大3年の懲役に値するという。クーデターへの抵抗は軍事政権の足元を揺さぶり始めている。

ミャンマー国軍の民主化弾圧で微妙な立場に追い込まれているのが中国だ。

西側の介入に予防線を張るため常に内政不干渉を持ち出す中国はロシアとともに国連安全保障理事会でクーデター非難にも消極的だった。このため、民主化移行への継続的な支援の必要性を強調した安保理の声明からも「クーデター」の文字は消されてしまった。

環球時報「西側は中国を封じ込める戦略的要衝としてミャンマーを利用」

中国共産党の機関紙系の国際紙、環球時報はこう指摘する。

「長い間、西側と反中勢力は中国を封じ込める戦略的要衝としてミャンマーを利用しようとしてきた。今回の政治的混乱の中で“中国の航空機が技術者をミャンマーに運んできた”“中国がミャンマーにインターネットのファイアウォールを構築するのを支援している”と中国を糾弾するウワサがソーシャルメディア上を駆け巡り、ミャンマー国民の間に憎悪と反抗の反中感情を煽っている」

駐ミャンマー中国大使の陳海氏は地元メディアのインタビューに「ミャンマーの状況は決して中国が望むものではない。(中国が関与しているという)ウワサには全く一貫性がなく、ばかげている」と一蹴する。

環球時報は、こうしたウワサの背後には香港の独立派や西側が支援するミャンマー国内のNGO(非政府組織)がうごめいているという疑惑を指摘している。

米外交誌フォーリン・ポリシーは「中国にとってアウン・サン・スー・チー国家顧問はミャンマー国軍よりはるかに信頼できる経済的および政治的パートナーだ」と指摘する。

実際、スー・チー氏は2015年6月、中国を訪問し、習近平国家主席と会談、「国民民主連盟(NLD)はミャンマーと中国の友情を非常に重要視している」と述べた。一方、ミャンマー国軍はこの10年、ロシアから8億700万ドル(約860億円)の兵器を輸入して中国の影響が強くなりすぎないようバランスを取ってきた。

米誌「クーデターのよる最大の敗者は中国だ」

これに対してスー・チー氏率いるNLDによる民政に復帰すれば、少数民族ロヒンギャ弾圧に対する西側の制裁やコロナ危機からの復興のため中国マネーへの依存度が高まる可能性がある。今回のクーデターで病院、大学、官僚や多数の公務員が抗議のため辞任し、国が不安定化している。

フォーリン・ポリシー誌は「国軍の支援者として認識されることはミャンマーにおける中国の利益とその地域の利益を損なう」と分析している。

中国とミャンマーの関係を研究する香港大学のエンゼ・ハン准教授も米誌アトランティックに「クーデターの最大の敗者は中国だ。過去5年間、イメージを改善するためNLDに協力したPR戦略は、すべて水泡に帰した」と語っている。

「権威主義=中国とロシア」、「自由民主主義=アメリカと西側」という単純に二元化した図式では割り切れない地政学上の力学が今回のミャンマー国軍によるクーデターには働いている。

香港の国家安全維持法強行と民主派弾圧、中国新疆ウイグル自治区のウイグル族や少数民族に対する人権侵害で西側の批判が高まる中、中国がミャンマー国軍の裏で糸を引いているように見られるのは中国にとってマイナスにしかならない。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、1988年、ミャンマー全土で大規模な民主化デモが起き、国軍や治安部隊の弾圧で数千人が死亡したことがある。

2007年にも燃料費大幅値上げを発端に始まった仏教僧や市民のデモを治安部隊が弾圧、ヤンゴン市内だけで日本人映像ジャーナリスト、長井健司さんら20人が死亡したと報告されたが、全体の死者数は分かっていない。

今回のクーデターには民主化の動きがこれ以上進むのを止めたい国軍の思惑やコロナ危機への対応に追われる西側諸国の足並みがそろいにくいとの読みが働いたとの見方もある。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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