孤独・孤立対策担当室を新設

[ロンドン発]コロナ危機で深まる孤独に省庁をまたいで対応しようと、菅義偉首相は19日、孤独・孤立対策担当室を内閣官房に新設した。坂本哲志1億総活躍担当相が担当する。25日には首相官邸にいじめ問題で発信しているタレントの中川翔子さんや子供食堂を支援する湯浅誠氏らを招いて意見交換する。

コロナ危機で自殺やドメスティックバイオレンス(DV)、子供の貧困などの問題が深刻化している。イギリスでテリーザ・メイ前首相が「孤独担当相」を新設したのは2018年1月。政権の支持率が落ちてくると誰も反対のしようがない問題を取り上げて人気回復につなげようとするのはどこの国の政治家も同じ。

しかし、そうした政治的な思惑を差し引いても孤独が大きな社会問題であることに疑いを差し挟む余地はない。

英オックスフォード大学に拠点を置く統計サイト「データで見る私たちの世界」によると、人口10万人当たりの自殺率で、「死んでお詫びを」という“切腹文化”の影響が残る日本は15.65人と韓国の20.81人と並んで先進国の中では多い。ちなみにフランスは12.4人、ドイツは9.92人、イギリスは7.36人だ。

日本では積極的に自殺対策に取り組んだ結果、2009年以降、自殺者は年々減少。しかしコロナ危機の接触制限と景気悪化で孤立する若者が増え昨年後半、自殺者は前年に比べ、7月71人、8月328人、9月226人、10月692人、11月275人、12月200人も増えた。

女子プロレスラー、木村花さんや、俳優の三浦春馬さん、竹内結子さんら有名人の自殺も相次いだ。

孤独を打ち明けることは恥ずかしいことではない

英国民が欧州連合(EU)離脱を選択した16年6月の国民投票の直前、「イギリス第一!」を叫ぶ暴漢にEU残留派の女性、ジョー・コックス労働党下院議員(当時41歳)が惨殺された。コックス氏が死の4カ月前に始めたキャンペーンが「孤独という隠れた流行病」との闘いだった。

コックス氏の遺志を継ぎ、英政府は孤独問題に取り組む40組織と協力し、18年10月に報告書「つながる社会 孤独と闘う戦略」を発表した。孤独の原因と影響、闘い方を理解し、横断的な政策を検討、孤独を隠さずに人に話すようにする国民的な対話政策を促進している。

イギリス人も日本人と似ていて感情をあまり表に出さない。しかし孤独を隠そうとするとますます孤立してしまう。このため孤独は誰しもが抱く感情で、人前で話すことは決して恥ずかしいことではないと英政府は市民団体と協力して、孤独を人に話すよう啓蒙活動を展開している。

英下院図書館のまとめによると、イングランドでは成人の46%が「時々」または「より頻繁」に孤独を感じている。いつも孤独に苛まれているのは6%で、65~74歳の高齢者(4%)より16~24歳の若者(9%)の方が多くなっている。

また、孤独は雇用主に年間22億~37億ポンド(3262億~5487億円)の損失を与えている。

「家族から電話があると顔の輝きが違う」

孤独に悩む人や高齢者を相手にボランティアやホームケア・アシスタント(訪問介護士)をするようになって14年になる50代の女性は「イギリスでは民間の介護施設に入るのにはお金がかかり、最後の選択肢です。10年間世話をした90代のおばあちゃんは転倒して歩けなくなり、施設に入りました」と話す。

スマートフォンやタブレットを使いこなして家族や友人と遠距離コミュニケーションを取れる人はまだいい。しかし大半は自宅に固定電話しかなく、認知症の人もいる。「基本的にはみんな自立して自宅で頑張っています。そばに家族がいなくて一人ぼっちで支援が必要な人には私のような訪問介護士が派遣されます」

イギリス社会では原則無償で医療サービスを提供する英国民医療サービス(NHS)の「かかりつけ医(GP)」に登録していない人はまずいない。NHSのケアマネージャーが「この人にはサポートが必要」と判断すると役所に連絡してケア会社からその人の自宅に担当者が送られ、どんな支援が必要なのかを調査する。

派遣される訪問介護士はそれに基づいて支援することになっており、その他のことはどんなに頼まれても手伝ってはダメという。「息子さんを亡くした話をじっと聞いてあげると、ひと泣きしてケロッとしていることもあります。私たちの訪問を楽しみにしていても家族から電話がかかってくると顔の輝きが違います」

イギリスではNHSを中心にすべてがつながっており、「セーフティーネットはきちんとしています。しかし孤独担当相が新設されて何かが特別に変わったわけではありません」。独り暮らしのお年寄り用に非常ボタンのついたペンダントがあり、緊急時にボタンを押すとコールセンターと自動的に電話がつながる仕組みもある。

感情的な飢餓は介護施設の入所者に致命的なダメージを与える

ボリス・ジョンソン英首相は22日に発表した正常化に向けた4段階ロードマップで、3月8日以降、介護施設の入所者は、検査で陰性が確認され感染防護具を着けた定期的な訪問者1人と面会できるようになった。コロナ対策で完全隔離された介護施設の入所者を支援する団体から次のような要望が寄せられたからだ。

「コロナ危機が始まってから10万人以上の介護施設の入所者が亡くなった。悲劇的なことに、ほとんどの入所者は家族との有意義な接触を拒否され、“孤独と孤立のパンデミック”で死にかけている。家族と面会できないばかりか、介護施設での感染防止策として自分の部屋に隔離されている」

「家族は入所者のメンタルヘルスと幸福に不可欠なケアだ。感情的な飢餓は入所者に致命的なダメージを与える。床から天井までの感染防止スクリーンを使用するという非人道的な慣行を終わらせるべきだ。入所者は人間であり、動物園の動物のように扱われるべきではない」

昨年1月に発表された孤独対策の年次報告は「NPO(非営利団体)やボランティアら市民社会が孤独を減らすためのカギ」と指摘。親切な言葉をかける隣人から、ボランティアが運営する小グループ、専門知識を持って支援する慈善団体まで、そうした市民社会を政府が支援する必要がある。

このため英政府は宝くじコミュニティー基金などと協力して1150万ポンド(約17億円)の「つながり構築基金」を立ち上げ、さらに200万ポンド(約3億円)を追加支援した。

イギリスの地方では学校やパブ(大衆酒場)、郵便局がなくなっているため、地域の人々がふれあう場としてボランティアが市場やコミュニティーカフェ、ショップを運営したり、ボクシングを通じて若者の健康や交流を広げたり、図書館を“しゃべり場”として開放したりしているケースも報告されている。

在英日本人の間で相次いだ「孤独死」

英国日本人会(ウィリアムズ・百子会長)では数年前に独り暮らしのメンバーが3人タテ続けに亡くなる事件があった。最初は「フランスにでもホリデーに出掛けたのでは」と話していたが、1~2カ月経っても連絡が取れないので警察に相談して自宅の玄関ドアをこじ開けたところ、女性が亡くなっているのが発見された。

英国日本人会で高齢者に情報機器の使い方を教えているスマホ同好会の世話役、高嶋正明さん(69)はコロナ危機で昨年4月から集まりをテレビ会議サービスZoomに切り替えて月3度、みんなで集まってワイワイガヤガヤ世間話に花を咲かせている。今月23日には31人が集まった。

「最初はスマホやZoomの使い方から勉強しました。夫と死別し、独りで暮らしている方もいます。みんなといるだけで楽しいからとおしゃべりが5時間ぐらい続くこともあります。予算と言っても私がZoomの有料会費11.99ポンド(月額、約1780円)を負担している程度です」と高嶋さん。

仕事一筋で友人が少ない男性は、話し相手が多い女性より危ない。人生経験が豊富なお年寄りより若者の方が実は孤独に対して脆弱だ。ソーシャルメディアで楽しい話はできる友だちはいても、深刻な悩みは両親にも打ち明けにくい。イギリスではロックダウン(都市封鎖)で孤立した大学生が独りで悩みを抱え込み、週1人のペースで自らの命を絶っていることがニュースになった。

孤独対策は派手な政治パフォーマンスではなく、病院や診療所、警察、福祉施設、市民社会がネットワークを作り、何でも気軽に話せる場所や人間関係をつくることから始まると言えそうだ。

(おわり)