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「中国は米露を合わせたより多いミサイルを持っている」駐NATO米国大使が3カ国軍縮協議呼びかけ

木村正人在英国際ジャーナリスト
中国の大陸間弾道ミサイル(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]中国が2049年までに国益をグローバルに守る軍事力を構築し、大国としての地位を確立する「中国の夢」に向かって突き進む中、アメリカのケイ・ベイリー・ハッチソンNATO(北大西洋条約機構)大使が9日、英有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のオンラインイベントで講演しました。

2017年にドナルド・トランプ米大統領に任命されたハッチソン大使は共和党の政治家で上院軍事委員会のメンバーを務めるなどNATOに詳しい国防・安全保障のベテラン。南シナ海の軍事要塞化、不透明な核計画、インフラ経済圏「一帯一路」に基づく港湾投資を拡大する中国に対する国際的な連携を呼びかけました。

「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ大統領はNATO加盟国の負担増を声高に叫び、ドイツ駐留米軍の3分の1に当たる約1万2千人削減を一方的に発表しました。アメリカと欧州の関係は冷え切っています。このためジョー・バイデン次期米大統領は同盟国やパートナーとの関係修復を最優先課題に掲げています。

ケイ・ベイリー・ハッチソン駐NATOアメリカ大使(オンラインイベントのZOOM画面をスクリーンショット)
ケイ・ベイリー・ハッチソン駐NATOアメリカ大使(オンラインイベントのZOOM画面をスクリーンショット)

ハッチソン大使の発言はバイデン次期政権の対中国外交・安全保障政策を方向づけるものではありませんが、中国の経済的・軍事的台頭に伴うアメリカと国際社会の課題を明確にしています。バイデン政権も対応を迫られるのは必至です。ハッチソン大使は中国の動きをどう見ていたのでしょう。

(1)宇宙空間の透明性

宇宙空間は情報収集をはじめ潜在的に軍事利用される可能性がある。中国、ロシア、その他多くの国々がさまざまな理由で衛星を宇宙に投入している。私たちの衛星への攻撃と悪影響が始まっている。宇宙で人工知能(AI)を使って何ができるかを見ると、宇宙空間における中国の活動の多くが敵対関係に発展したり、紛争があった場合に抑止する必要があったりする可能性がある。

宇宙開発を進める中国
宇宙開発を進める中国写真:ロイター/アフロ

宇宙空間については非常に心配している。衛星が打ち上げられ、その衛星を攻撃する可能性のある衛星が打ち上げられている。衛星を利用している国々に何の透明性もない。どこに衛星や宇宙のゴミがあって、何を避けなければならないのかわれわれは知る必要がある。

宇宙空間を漂うゴミは現実的な問題になった。アメリカの宇宙ステーションはこの半年間で何度も宇宙ゴミを回避する行動を取らなければならなかった。衛星を打ち上げても周囲の誰にも知らせない、それぞれが好きなようにやっていると、いつか墜落したり、宇宙のゴミと衝突したりする。

それは事故かもしれないし、故意かもしれない。だから宇宙空間の透明性に関する合意を模索している。中国は宇宙空間において大きな存在感を有しているため中国に話し合いに参加するよう求めなければならない。

(2)ミサイル軍縮

アメリカは中国に軍縮協議に参加するよう呼びかけている。アメリカはロシアと軍縮協議を行っており、来年2月に期限を迎える新戦略兵器削減条約(新START)の延長協議を行っているが、まだ延長されていない。

そしてこの軍縮協議において重要なのは米露2国間だけではないということだ。中国はロシアや米国よりもミサイルを多く持っている。おそらく米露2カ国を合わせたより多いミサイルを保有していると推測している。だからわれわれは中国を合意に加える必要がある。中国の透明性を確保しなければならない。

ミサイルの軍縮協議は米中露の3国間で行われるべきだ。アメリカはNATOがプラットフォームになるとはみていない。主要な大型弾道ミサイル、極超音速ミサイルを保有するのはロシア、中国、アメリカになる。3国間の軍備管理の問題が発生する可能性がある。

もちろん米中露以外にも核兵器を保有する国がある。ルールに基づく秩序に従わないことが歴然としている核を保有するならず者国家もある。しかし彼らは米中露と同じだけの数と力を保有しているわけではない。しかし米中露が足並みをそろえて「武器や破壊力、範囲を制限する」と検証可能な条約を順守することに同意すれば、ならず者国家に対する“統一戦線”を構築できる。

彼らが核ミサイル能力を制限しようとしなくても、米中露が基準を示せば非常に役立つ。

(筆者注)米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のミサイル防衛プロジェクトによると昨年10月の建国70周年記念の軍事パレードで次のミサイルが確認されている。

・3つの巡航ミサイルYJ-12B(射程距離は推定500キロメートル)、YJ-18(同220~540キロメートル)、CJ-100(長距離超音速巡航ミサイル)

・潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)JL-2(射程距離8000キロメートル以上)

・極超音速滑空体DF-17(短距離・中距離弾道ミサイル、低空を滑空してミサイル防衛をかいくぐる能力を有する)

・大陸間弾道ミサイル(ICBM)のDF-31AG、DF-5B、DF-41(射程距離1万5000キロメートル)、米グアムも射程にとらえ「グアムキラー」と呼ばれる中距離弾道ミサイルDF-26(射程距離4000キロメートル)

(3)台湾海峡

台湾は中国のすぐそばにあるものの、われわれ全員が台湾の持っている自由を守ろうと努力している。中国による南シナ海での人工島建造とその航行への影響を注視している。すべてのアジア太平洋諸国は中国が建造した南シナ海の島々の周囲での活動を見ている。

中国はわれわれに人工島は建造しないと言ったが、実際にはそうしている。香港で何が起こっているのかを見ると、中国はイギリスと合意したことを破って、市民の弾圧が行われている。中国は自分たちが同意した規則に従っていない。次に台湾で何が起きるのかを見ることになる。

われわれは南シナ海での人工島建造、アジア太平洋地域とその周辺の航行の脅威に注目している。より多くの同盟国がパトロールに参加するようになった。アメリカだけではなく、日本や韓国など航行の自由を守ることに貿易上の利益がある同盟国、アジア太平洋のパートナー、NATO加盟国として行うことが重要だ。

国際海洋法の違反は影響を及ぼす。中国が航行の自由に抵抗し始めた場合、経済、輸送、貿易だけでなく軍事的優位性にも影響を及ぼす。

(4)ハイブリッド戦争

中国とインドの国境で起こったことを例に挙げよう。中国とインドは国境の両側に軍隊を置いても絶対に互いに攻撃したり銃を持ったりしないことで合意していた。しかし中国兵は国境を越えてインド兵を攻撃した。彼らは銃を持っていなかったものの、有刺鉄線を巻いた棍棒が使用された。

多くのインド兵が殺され、一種の中世の紛争のように説明された。非常に残忍な対立だった。国境侵入について意見の違いがあった場合のメカニズムについて合意した後にもかかわらず、中国兵は逆にインド兵を攻撃した。

(5)貿易を使った嫌がらせ

オーストラリアは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の起源について、それがどこから始まったのか独立した調査を求めた。その後、中国は非常に否定的な反応を示し、貿易相手国の1つであるオーストラリアに対する貿易報復を開始した。

オーストラリアが南シナ海での行動に参加した時も中国はオーストラリアに対して報復した。オーストラリアが中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の次世代通信規格5G参入を認めなかった時にも別の報復があった。実際、ここ数カ月の間に、中国はオーストラリア産の商品を大量に埠頭に残し、腐らせた。

中国の大臣の1人は「中国を敵にしたければ、オーストラリアの敵としての中国を見ることになる」と言っている。中国が主要な貿易相手をどのように扱っているか、貿易や経済的な影響をどのように利用しているのかはオーストラリアの例を見れば明らかだ。

他の多くの国々、日本にもインドにも似たような話がある。欧州も世界貿易機関(WTO)の規則に違反し続けることの危険性を認識していると思う。そして中国との関係を規制する方法を検討し始めていると思う。私はNATOのすべての加盟国が「私たちはそんなことが起こらないように準備する」と宣言する用意はできていると考えている。

(6)一帯一路

欧州の主要な港が中国に所有されている。世界的に見ると、世界最大のコンテナ港の3分の2が中国によって管理されている。中国が一帯一路を宣言した北極圏でも大西洋に接続する港湾施設を探している。

経済的利益を守るためには航行の自由が必要だ。そのためには軍事的な能力も求められる。すべての西側、アジア太平洋の同盟国は航行の自由を管理し、保証することに利益がある。それは対立を引き起こすかもしれないし、発火点になるかもしれない。

(7)同盟国やパートナーとの共通目標

中国が規則を破っている時により強力な抑止力を発揮できるように同盟国とパートナーの結束を保つことが重要だ。われわれの共通目標は中国を敵対者にするのではなく、ルールベースの領域に持ち込むことだ。欧州連合(EU)やNATOだけでなく、特にアジア太平洋地域のパートナーと協力することになる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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