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エリザベス女王もボブ・ゲルドフもワクチンキャンペーンに参加 欧州は英の早期承認に「抜け駆け」

木村正人在英国際ジャーナリスト
摂氏マイナス70度で保管されるファイザーとビオンテックのワクチン(写真:ロイター/アフロ)

女王とフィリップ殿下も数週間内に接種へ

[ロンドン発]新型コロナウイルスの感染者が170万人、死者が6万1千人を突破したイギリスでは今月8日から米ファイザーと独ビオンテックのワクチン接種が始まります。反ワクチン陰謀論に惑わされないよう、エリザベス英女王やセレブたちが団結してワクチンを接種し、公表する動きを見せています。

アメリカでもバラク・オバマ、ジョージ・W・ブッシュ、ビル・クリントンの前・元大統領3人のほか、ジョー・バイデン次期大統領も、米食品医薬品局(FDA)が緊急使用を承認すればTVカメラの前でワクチンを接種することを宣言しています。

英医薬品・医療製品規制庁(MHRA)はファイザーとビオンテックのワクチンについて2日、世界で初めて16歳以上の人々への緊急使用を承認しました。

英政府は全部で7種類のワクチンを3億5500万回分確保していますが、ファイザーとビオンテックのワクチンは摂氏マイナス70度で保管しなければならないため、英国民医療サービス(NHS)はとりあえず80万回分について50の拠点病院で高齢者介護施設の入居者と職員の集団接種を始めます。

英大衆日曜紙メール・オン・サンデーはエリザベス女王(94)とフィリップ殿下(99)が順番を守って数週間以内にワクチンを接種したあと、そのことを公にする方針だと報じました。せっかくワクチンができてもたくさんの人に接種してもらわないことにはパンデミックを封じ込めることはできないからです。

英大衆日曜紙メール・オン・サンデーの1面
英大衆日曜紙メール・オン・サンデーの1面

「ライブエイド」のボブ・ゲルドフ氏も反ワクチンの陰謀論に対抗

しかしソーシャルメディア(SNS)を中心に反ワクチンの陰謀論が拡散しています。例えば「私たちの権利を守れUK(イギリス)」のルイーズ・クレフフィールド氏はフェイスブックでこう訴えました。彼らの手口は科学への懐疑主義をばらまくことです。

「安全性データはまだない。ピアレビューもされていない。MHRAは政府から資金提供を受けているほか、ビル&メリンダ・ゲイツ財団から100万ポンド近くの資金を受け取っている。ボリス・ジョンソン英首相が言ったようにMHRAが独立組織である可能性はほとんどない」

陰謀論者はワクチン開発と接種を支援するマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏がコロナ危機に便乗して「金儲けを企んでいる」「ワクチン接種でナノチップを人間の体内に注入しようとしている」というありもしないデタラメ話をSNS上で吹聴しています。

エリザベス女王は1957年、ポリオワクチンへの不安や恐怖症を一掃するためチャールズ皇太子とアン王女に予防接種を受けさせたことがあります。ウィリアム王子は今年6月、英オックスフォード大学ジェンナー研究所を訪問。同大学のワクチンの有効性が「最大90%」と発表された時、公に祝福しました。

英大衆日曜紙サンデー・ミラーは、アフリカ飢餓救済基金を集めるための「ライブエイド」で知られるボブ・ゲルドフ氏(69)、『空飛ぶモンティ・パイソン』で有名になった英コメディアンのマイケル・ペイリン氏(77)、“TVトークショーの王様”マイケル・パーキンソン氏(85)も「ワクチンを接種する」と宣言。

英大衆日曜紙サンデー・ミラーの1面
英大衆日曜紙サンデー・ミラーの1面

ピープル紙の1面はワクチンを接種するセレブたちの顔写真で飾られました。エリザベス女王やイギリスのセレブたちがコロナ危機を克服するためにワクチン接種キャンペーンに参加する背景には祖国の科学コミュニティーと医薬品規制当局への揺るぎない自信があります。

ワクチンの早期承認はEUを離脱したおかげ?

MHRAが世界に先駆けてコロナワクチンの緊急使用を承認できたのは、欧州連合(EU)からイギリスが離脱した成果ではなく、EUの欧州医薬品庁(EMA)の特例を利用したからです。

ファイザーとビオンテックのワクチンはメッセンジャーRNA(mRNA)テクノロジーを使っています。mRNA医薬に詳しい東京医科歯科大学生体材料工学研究所の位高(いたか)啓史教授は独バイオ医薬ベンチャー、ビオンテックが先行した理由について筆者にこう解説しました。

「mRNAというのは遺伝子情報をつかさどる物質です。そういうものを薬として使うというのは遺伝子治療であるという議論が当然あります。mRNAはもちろん遺伝子治療ですが、ワクチンとして使う場合、遺伝子治療の規制は適用しないという法規制が早い段階でEUでは定められていました。国レベルでもいち早く着目して法規制上の後押しは相当有利なものがありました」

にもかかわらずEU強硬離脱派はワクチンの緊急使用を世界に先駆けて承認できたのは自分たちの手柄だとはしゃいでいます。コロナ危機で大学進学に必要な中等教育の試験を中止し、代替策を巡り大混乱を引き起こしたギャビン・ウィリアムソン英教育相はラジオでこう話して世界中の顰蹙を買いました。

「この国には最高の人々がいる。最高の医療規制当局を擁しているのは明らかだ。フランス人よりもはるかに優れており、ベルギー人よりもはるかに優れており、アメリカ人よりもはるかに優れている。私たちは彼ら一国一国よりもはるかに良い国なので、ワクチンの早期承認に私は全く驚かない」

「自国優先のワクチンナショナリズム」という批判も

一方、EMAは12月29日にファイザーとビオンテックのワクチンを承認する予定です。イギリスの緊急使用承認は「抜け駆け」「政治的な決定」「自国優先の“ワクチンナショナリズム”を無用にかき立てるだけ」「時代錯誤も甚だしい対外強硬主義」という非難にさらされました。

英紙インディペンデントによると、アンドレアス・ミハエリス駐英ドイツ大使は「ファイザーのワクチンを開発したのはドイツのバイオベンチャー。これは大西洋を越えた国際的な努力の成果だ」と猛反発しています。

非科学的なドナルド・トランプ大統領と対立してきた米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長もCBSに「イギリスはマラソンの最後の1マイルでそれに加わったようなものだ。彼らは本当にあわてて承認した。米FDAが規制のゴールドスタンダードだ」と話しました。

「人々はワクチン接種に懐疑的だという問題がすでに十分にある。私たちが手抜きをして急いで、1週間から1週間半短縮した場合、規制プロセスの信頼性が損なわれていたと思う」

このあとイギリス側の批判を受けてファウチ所長は謝罪に追い込まれ、「私はイギリスの科学界と規制当局の両方に大きな信頼を寄せている。私は(その承認プロセスを)いい加減と言うつもりはなかった」と釈明しました。

英政府はワクチン接種で来年のイースター(4月4日)までにはコロナ危機から脱出できるとの見通しを示しています。ワクチン懐疑主義が根強い日本でも今月2日、新型コロナウイルス感染症のワクチンの接種費用を無料とする改正予防接種法が成立しました。

厚生労働省は2020年度内の接種開始を目指しており、これからどのようにワクチン接種を普及させるのかが大きな課題となります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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