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朝日新聞、半期で419億円赤字の衝撃 コロナ危機で新聞の死期は早まる?

木村正人在英国際ジャーナリスト
半期で419億円の大赤字を出した朝日新聞(写真:西村尚己/アフロ)

売上高も半期で403億円減少

[ロンドン発]朝日新聞社は11月30日、2020年9月中間連結決算を発表しました。新型コロナウイルス・パンデミックの影響をまともに受け、売上高は前年同期に比べて403億2100万円(22.5%)減の1390億9千万円となり、朝日本体では419億800万円の赤字となりました。衝撃的な数字です。

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売上原価は305億2500万円削減されましたが、売上総利益も97億9600万円縮んで92億9100万円の営業損失を計上。大幅赤字となったのは今期赤字の見通しとなり、税効果会計のルールに基づき税金の前払い分として計上しておいた「繰延税金資産」を306億7900万円取り崩さなければならなくなったためです。

単純に中間連結決算の売上高を2倍しても2781億8千万円にとどまるので、今年3月期(上のグラフでは19年度)の3536億800億円には遠く及びません。朝日新聞の収入は新聞販売・広告・出版事業に加え、不動産事業、その他の文化・電波事業によって得られますが、新聞経営は部数が力の源泉です。

減少の一途をたどる販売部数

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朝日新聞では14年、故・吉田清治氏の慰安婦に関する証言の誤報取り消しが遅れたこと、福島第一原発事故の吉田調書報道取り消し、池上彰氏の連載掲載見合わせで世間の批判が集中しました。その後、朝刊・夕刊部数はインターネットやSNSの普及、読者の高齢化で減少の一途をたどっています。

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有価証券報告書を見ると今年3月期決算で「昨年10月の消費税増税による消費の低迷に加え、コロナの感染拡大で新聞広告や折込広告による収入が減少し、主催イベントの中止などが影響」「旅行業種への影響やイベントの中止、各企業の宣伝計画の見直し、業績悪化などの影響を大きく受けた」と分析しています。

一昔前まで「新聞経営はバカでもできた」

日本ABC協会の調べによると、9月の新聞販売部数は朝日新聞が497万部(前年同月比43万部減)と500万台割れ。今年3月期決算の有価証券報告書に記されていた朝刊537万3千部(夕刊164万5千部)からも随分減りました。新聞販売の低迷に加え、広告や折込の激減に朝日新聞は直撃されています。

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「朝日新聞は実は不動産屋」とよく皮肉られます。しかし事業規模でみると本業の新聞が立ち行かなくなると不動産事業の収益でも赤字を埋められなくなることは今回の大幅赤字転落が如実に物語っています。しかし朝日新聞の純資産は3365億円、自己資本比率は59%。屋台骨は揺らぐことはありません。

「新聞経営はバカでもできた」。筆者は20年近く前に新聞大会である新聞社の社長が自虐的にこう講演するのを聞いたことがあります。新聞が全盛だった20世紀は経営が苦しくなってくると各社横並びで新聞購読料を値上げするだけで問題は片付いたからです。この言葉は21世紀にも通用すると思います。

売り上げが減ってくるとそれに合わせて賃金をカットしたり社員を切ったりしている新聞経営者がほとんどだからです。朝日新聞本体で16年3月期から4年間で社員は4178人から3966人に削減されました。朝日社員の平均年収は45.4歳で1228万5534円と割高なので赤字に転落すると賃下げは不可避です。

しかし一番の問題は紙の収益にしがみついてきた日本の新聞社の経営体質にあります。

頼みの高齢者も紙からネットに移行

インターネット利用率は18~19年にかけ60~69歳で77%から91%に上昇。70~79歳で51%から74%に、80歳以上でも22%から58%に増えています。SNS利用率も18~19年にかけ60~69歳で39%から52%に、70~79歳で24%から40.7%に、80歳以上でも17%から43%に増加しています。

一方、新聞を読んでいる時間は平日で20代が1.8分、30代が2.2分、40代が5.3分、50代が12分。60代は22.5分ですが、15年から5年間で7.1分も短くなっています。新聞社の経営者が頼みにしてきた高齢の読者も紙からネットに大幅に移行しています。コロナ危機はその流れを確実に加速させました。

イギリスでもコロナ危機で大衆紙デーリー・ミラーなどを発行するリーチが550人を解雇、英紙ガーディアンも180人の雇用を削減しました。広告収入が全体で13%も減少する恐れがあるそうです。このためバズフィードがニュース事業を終了、ロンドンの無料紙シティーA.M.は4月に紙の発行を一時停止しました。

新しいテクノロジーとメディアを調査しているエンダース・アナリシス社の最高経営責任者(CEO)ダグラス・マッケイブ氏は「再び以前の日常に戻ることはないと思います。編集局は縮小し、すべてのスタッフが週5日デスクにいるとは限りません」と英メディア業界誌プレス・ガゼットに語っています。

コロナ危機が触媒になってリモートワークが定着し、新聞社が以前から抱えてきた問題のコスト削減、編集の統合と再編成というDX(デジタルトランスフォーメーション)が一気に進む可能性があります。

日本の新聞社は朝駆け・夜回りという悪しき慣行をやめれば経費は随分浮くはずです。記者の専門性とスキルを磨き上げれば御用聞きのような取材を廃して、1対1のインタビューで真っ向から勝負できるようになるでしょう。

読者の声をリアルタイムで吸い上げるシステムを構築した方が、役所を取材源にするよりもっと読者に寄り添える新聞をつくれるのではないでしょうか。

おそらくどの新聞社も紙の収入減をデジタルの収入増で補えていないことや販売局や専売店の強硬な反発にあい、全面的にデジタル化に舵を切ることはできていません。しかし今回のコロナ危機で高い年収を捨てて新聞社からネットメディアに人材の大移動が起きるかもしれません。

米紙ニューヨーク・タイムズはDXに挑戦し、見事に蘇りました。日経新聞は英紙フィナンシャル・タイムズを買収してDXを向上させました。危機は改革の最大のチャンスでもあります。壮絶な痛みを伴う改革になるのは避けようがありません。朝日新聞には“日本のニューヨーク・タイムズ”になる底力は残っていると思うのですが…。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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