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11月は人類がコロナに対抗するツールを開発した月になる 英オックスフォード大400円ワクチンの威力

木村正人在英国際ジャーナリスト
アストラゼネカとオックスフォード大が開発したワクチンも好成績(写真:ロイター/アフロ)

通常の家庭用冷蔵庫で安全に保管できる

[ロンドン発]英オックスフォード大学と英製薬大手アストラゼネカは23日、第3相試験中の新型コロナウイルス感染症(Covid-19)に対するアデノウイルスベクターワクチンについて「最大90%の有効性を確認した」という暫定結果を発表しました。平均した有効性は70.4%でした。

出所)各種資料や報道をもとに筆者作成
出所)各種資料や報道をもとに筆者作成

94.5~95%の有効性が確認された米ファイザーと独ビオンテック、米モデルナのm(メッセンジャー)RNAワクチンはそれぞれ摂氏マイナス70度、摂氏マイナス20度の冷凍庫で保管しなければなりませんが、オックスフォード大学のワクチンは通常の家庭用冷蔵庫(摂氏2〜8度)で安全に保管できるため、グローバル展開がはるかに容易になります。

英衛星放送スカイニューズ・テレビによると、オックスフォード大学のワクチンは3ポンド(約417円)弱。ファイザーとモデルナのワクチンはそれぞれ15ポンド(約2088円)と28ポンド(約3897円)だそうです。

アストラゼネカのパスカル・ソリオCEO(最高経営責任者)は「今日はパンデミックとの闘いにおける重要なマイルストーンだ」と宣言しました。アストラゼネカは世界10カ国以上で生産の準備を進めており、すでに30億回(2回接種するので15億人)分を供給する国際協定を結んでいます。

ボリス・ジョンソン英首相はこの日の記者会見で「来年のイースター(4月4日)までに高リスクを抱える人々の大半はワクチンの接種を受けられるだろう」との見通しを語りました。

英エディンバラ大学のエレノア・ライリー教授(免疫学・感染症)は「コロナワクチンが私たちをパンデミックから助け出せることをまだ疑っている人がいるなら、今日の発表はその疑念を払拭するはずです。オックスフォード大学のワクチンは製造コストも安く、配布も簡単です」と評価しました。

全体での有効性は70.4%

オックスフォード大学やアストラゼネカの発表によると、1回目の摂取量を半分にして1カ月以上後に全用量の2回目を接種したグループ(被験者2741人)は90%の有効性を示しました。2回とも全用量を接種したグループ(同8895人)の有効性は62%。

2つのグループを合わせた有効性は70.4%で、確認された発症例は131人。無症状の感染も減っていることからワクチンは感染を減らせるとみられています。ワクチンを接種した人で入院したり重症化したりした人はいませんでした。臨床試験にはイギリス、ブラジルの18歳以上の2万3千人超が参加しました。

臨床試験は他にもアメリカ、南アフリカ、日本、ロシア、ケニア、南米で実施されており、他の欧州やアジアの国々でも計画されています。合計すると世界で最大6万人が参加する予定です。

2つのグループで有効性に大きな差が出た理由について、英レディング大学のイアン・ジョーンズ教授(ウイルス学)は「アデノウイルスをベクター(運び屋)に使っているため、2回とも全用量を接種した場合、有効性が落ちるのはベクターに対する免疫反応が起きていることに関連している可能性があります」と解説しました。

組換えウイルスワクチンとは

天然痘ワクチンの開発者エドワード・ジェンナーにちなむオックスフォード大学ジェンナー研究所は弱毒化したアデノウイルスに新型コロナウイルスのスパイクタンパク質遺伝子をエンコードした組換えウイルスワクチンを開発。アストラゼネカとライセンス契約を締結しました。

スパイクとは「王冠(コロナ)」のように見える新型コロナウイルスの突起部で、人のウイルス受容体であるACE2と結合します。組換えウイルスワクチンを接種すると、体内でワクチンの遺伝物質によって新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が生成され、免疫反応を誘発する仕組みです。

インペリアル・カレッジ・ロンドンのゾルタン・キシュ研究員は「アデノウイルスベクターワクチンの生産は確立されており、生産プロセスはRNAプラットフォームに比べ大規模に始まっています。ただアデノウイルスベクターベースのワクチン製造はRNAワクチンよりも時間がかかります」と指摘します。

このワクチンを設計したオックスフォード大学のサラ・ギルバート教授(ワクチン学)は「新型コロナウイルスによって引き起こされた荒廃を終わらせるためにワクチンを使用できる時代にさらに一歩近づきました。全世界に利益をもたらすこの多国籍の取り組みに参加できたことを光栄に思います」と胸を張りました。

「ワクチン忌避への早急な対処が不可欠」

ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のピーター・ピオット教授も「社会的距離など安全な行動のための規則に従い続ける必要があります。と同時にワクチン忌避に早急に対処することが不可欠です。2020年11月は人類がこの壊滅的なウイルスに対抗するためのツールを開発した月になる」と話しました。

英科学雑誌ネイチャーによると、日本では2013年、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの悪影響の恐れが広く報じられた結果、70%の接種率が1%に低下したそうです。

オーストラリアのニューサウスウェールズ州がん評議会と北海道大学のチームが日本のHPVワクチン接種率の低下の影響をモデル化した結果、少なくとも2万4600件の子宮頸がん症例と5千人の死亡が多く発生すると予測しています。

アイルランドとデンマークでは政府や関係者が協力してHPVワクチンへの忌避をうまく逆転させたそうです。

日本ではワクチン忌避に対する研究があまり行われていませんが、世界保健機関(WHO)は昨年、ワクチン忌避を「世界の健康に関する10の脅威」の一つに挙げています。コロナ危機でHPVワクチンの過ちを繰り返さないよう予防接種の大切さを伝える努力が求められています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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