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「分断でなく団結誓う」バイデン勝利宣言も、黒人やラテン系のトランプ支持増え7000万票のなぜ?

木村正人在英国際ジャーナリスト
地元デラウェア州で勝利演説するバイデン氏とジル夫人(写真:ロイター/アフロ)

米史上最高齢の大統領誕生

[ロンドン発]3日に投票が行われた米大統領選は野党・民主党候補ジョー・バイデン前副大統領(77)が非白人・女性・若者の支持を集め、全50州とワシントン特別区の選挙人計538人の過半数を獲得、現職の共和党ドナルド・トランプ大統領(74)を破り、第46代大統領に選ばれました。

バイデン氏は7日夜(現地時間)、地元のデラウェア州ウィルミントンで「分断ではなく団結を目指す大統領になることを誓う。赤い州でも青い州でもなく合衆国だけを見る」「アメリカにおける、このゾッとする悪魔化の時代を終わらせましょう。今ここで」と勝利宣言。

日本時間8日午前10時現在の獲得選挙人数は次の通りです。

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就任は来年1月20日です。就任時点で史上最高齢の大統領はこれまでトランプ氏の70歳でしたが、バイデン氏は78歳での就任となります。インド出身の母親とジャマイカ出身の父親を持つカマラ・ハリス上院議員(56)が副大統領となりますが、女性では初、しかも有色の副大統領も史上初のことです。

バイデン氏は2期目には82歳となっているため、ハリス氏に民主党大統領候補を禅譲するとの観測がすでに流れています。2024年の次期大統領選では史上初の女性黒人大統領が誕生する可能性が膨らんできました。

今回、大統領選の争点は孤立・保護主義のアメリカ第一主義、衝動的で性差別的、人種差別的なマッチョな体臭を発散させる「トランプ政治」に終止符を打つか否かに尽きました。新型コロナウイルスの大流行により選挙戦の最終盤でトランプ氏自身も感染して緊急入院する非常事態に見舞われました。

特効薬として期待される治験中の抗体カクテル(米製薬大手リジェネロン社のREGN-COV2)がなければトランプ氏の早期復帰はかなわなかったでしょう。1千万人を超える感染者、24万人超の死者を出し、第2四半期の国内総生産(GDP)成長率は年率換算でマイナス31.4%も落ち込む、文字通りのコロナ危機。

すべての世論調査がバイデン氏の地滑り的勝利を予想する中、トランプ氏は米映画『ターミネーター』を彷彿とさせるしぶとさを発揮しました。

739万票以上を上積みしたトランプ氏

バイデン氏は前回、民主党候補のヒラリー・クリントン元国務長官より860万票以上増やし、バラク・オバマ元大統領が2008年に作った記録6949万8516票を上回る7455万票以上を集めました。一方、トランプ大統領もメディアの集中砲火、コロナ危機の超逆風にもかかわらず739万票以上を上積み7千万票を突破しました。

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米CNNの出口調査からバイデン氏のネット(純)支持率をみると、アフリカ系(黒人)、ヒスパニック・ラテン系など非白人、18~29歳の若者、女性の支持を受けたことが分かります。トランプ陣営は前回同様、白人、男性、非大卒が原動力となっています。この傾向は4年たっても大きく変わっていません。

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しかし4年間の変化に注目すると、バイデン氏は白人男性票を大幅に取り戻したのに対し、トランプ氏は意外にも黒人票、ヒスパニック・ラテン系男性票など非白人票を伸ばしていることが分かります。

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なぜ前回より多くの黒人がトランプ氏に投票したのか

白人警官による黒人男性ジョージ・フロイド氏暴行死事件に端を発した人種差別撤廃運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」の嵐が全米を吹き荒れ、いくつかの都市では暴動と略奪が起きました。

トランプ氏は刑事司法改革に取り組むという広告をフェイスブックで展開、600万ドル以上をつぎ込みました。バイデン陣営の800倍以上です。トランプ氏はコロナ感染から回復後、ホワイトハウス・ブルールームのバルコニーから演説した際、黒人票を意識して13回も「ブラック(黒人)」という言葉を使いました。

「毎日、より多くの黒人とラテン系アメリカ人が左翼の政治家と彼らの破綻したイデオロギーに距離を置いている。過激な社会主義者を拒否し、私たちの雇用重視、労働者重視、親警察の政策を支持している。私たちは法と秩序を望んでいる。法と秩序、親アメリカの課題を持たなければならない」

トランプ氏は10月「アフリカ系アメリカ人のプラチナ計画」を発表。白人至上主義団体「クー・クラックス・クラン(KKK)」や左翼の反ファシスト団体「アンティファ」をテロ組織として起訴し、奴隷解放を祝う6月19日を連邦の祝日にする方針を打ち出しました。

その上で、5千億ドルの投資を通じて黒人地域社会に300万人の雇用と50万社の黒人企業、黒人の持ち家の創出、医療と教育の格差解消を約束しました。

黒人男性の一部にはトランプ氏と同じようなマッチョ文化が根ざしているという指摘もあります。モハメド・アリからマイク・タイソンまでボクシング・チャンピオンのビッグマッチを手掛けた元プロモーター、ドン・キング氏は「私たちにはドナルド・トランプが必要だ」という有名なトランプ支持者です。

富裕層を優遇したトランプ氏の税制の恩恵を受けた黒人ラッパーのアイス・キューブは「プラチナ計画」キャンペーンに協力し、同じく黒人ラッパーの50セントも一時、トランプ氏支持を表明しました。今年2月、黒人労働者の賃金は中央値で年率4.3%も増加、白人の3.4%を上回り、一時、その伸び率は5%を超える勢いでした。

これらがあまり伝えられなかった黒人のトランプ支持を押し上げた理由です。

フロリダ州のキューバ系移民は「社会主義」が大嫌い

アメリカの縮図とも言える激戦州のフロリダ州でトランプ氏はバイデン氏に37万票以上の差をつけて勝利しました。1964年から2016年にかけ過去14回の米大統領選では、フロリダ州を制した候補者が13回も大統領選を制しています。勝敗を決めたのはヒスパニック・ラテン系の中でもキューバ系移民です。

米ピュー研究所によるとフロリダ州の有権者1380万人のうち450万人がキューバ系移民です。

キューバ革命以来、反米・社会主義の同国は「カリブに浮かぶ赤い島」と呼ばれてきました。オバマ前大統領は2014年にキューバ敵視政策を転換して国交を回復、経済制裁を緩和しました。これに対してトランプ大統領は今年9月、キューバに対する経済制裁を強化する方針を打ち出しました。

フロリダ州のキューバ系移民は対キューバ宥和政策をとるオバマ前大統領や副大統領だったバイデン氏を毛嫌いし、「社会主義」や「共産主義」という言葉に拒絶反応を示します。バイデン氏が大統領になれば「社会主義の津波」がアメリカを襲うという謀略説がまことしやかにささやかれました。

そしてヒスパニック・ラテン系は左翼政権を恐れ、特に男性はトランプ氏のようなマッチョ政治家を好むと言われています。

「バイデン政治」が精査されるのはこれからだ

バイデン氏最大の勝因は産業空洞化が進んだ中西部ラストベルト(さびついた旧工業地帯)のペンシルベニア州(選挙人数20人)、ミシガン州(同16人)、ウィスコンシン州(同10人)を奪還したことです。3州とも「ブルーウォール(青い壁)」と呼ばれる民主党の地盤でした。

バイデン氏はコロナ危機で自身の露出は極力減らし、トランプ氏の自滅を待ちました。マスク着用でコロナ対策を前面に打ち出したバイデン氏の戦略が、株高や経済優先のトランプ氏よりわずかに功を奏した格好ですが、今回の大統領選で主に問われたのは「トランプ政治」を継続するか否かでした。

多くの白人男性が「トランプ政治」に別れを告げたのに対し、白人女性のトランプ支持は増えました。伝統的に共和党支持者が多い白人女性は深層心理にある強い男性指導者へのあこがれを捨てきれなかったのでしょうか。いずれにせよバイデン氏の勝利にもかかわらず「アメリカ第一」のトランプ主義が一夜にして雲散霧消するわけではありません。

バイデン氏の最優先課題はコロナの封じ込め、そして分断した国内の融和、格差の是正、アメリカ経済の立て直しになります。急進左派バーニー・サンダース上院議員と政策提言をまとめたバイデン氏の経済財政政策や対中など外交・安保政策がどうなるのか、精査されるのはこれからです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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