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バイデン大統領ほぼ確実 菅政権に追い風 アメリカの対日政策はどう変わる トランプ主義は残る

木村正人在英国際ジャーナリスト
米大統領選、バイデン氏の当選ほぼ確実に(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]3日投票が行われた米大統領選は野党・民主党候補ジョー・バイデン前副大統領(77)が現職の共和党ドナルド・トランプ大統領(74)を破ることがほぼ確実になってきました。

まだ確定していない6州のうちペンシルバニア州(選挙人数20人)、ネバダ州(同6人)でバイデン氏がトランプ氏を突き放しつつあります。

日本や北朝鮮、核問題に詳しい有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)アメリカのマーク・フィッツパトリック前本部長(現研究員)にアメリカの対日政策がどう変わるのか尋ねました。

フィッツパトリック氏:正式に発表されていないものの、バイデン氏が選挙に勝ったことは明らかです。しかしどちらの政党が上院を支配するか明確さを欠いていることが、バイデン次期政権による任命と政策を予測するのを難しくしています。共和党が上院を制した場合、多くの選択を妨げる可能性があるからです。

一般的にバイデン氏はアメリカの外交政策をトランプ大統領以前は優勢だった超党派のコンセンサスに大幅に戻すと言うことができます。バイデン氏は予測可能性を取り戻します。彼は同盟、多国間外交、アメリカのコミットメントを尊重することの重要性を認識しています。日本の指導者や市民はより安堵できるでしょう。

と同時に“トランピズム(トランプ主義)”と呼ばれるものはトランプ氏が去った後も残ります。彼には明らかな欠陥があったにもかかわらず、有権者の半数近くがトランプ氏に投票しました。アメリカの大部分は彼の“アメリカ第一主義”の姿勢に深く共感しています。

このナショナリズム的で孤立主義的な衝動は今後何年にもわたってアメリカの政策に影響を与えるでしょう。トランプ氏が私たちの生活から消えることはありません。彼はツイッター上での存在感を利用して、米国民の思考と行動に影響を与え続けるでしょう。

トランプTVと呼ばれる新しいメディアを立ち上げるかもしれません。彼は2024年の米大統領選挙の候補者になることを目指すかもしれないとほのめかしています。

木村:選挙前、多くの世論調査はバイデン氏が大統領選に容易に勝利し、民主党は上下両院を制すると予想していました。しかし楽勝ムードは吹き飛び、大激戦になりました。どうしてトランプ氏が強烈に巻き返したのでしょうか。

フィッツパトリック氏:すべての専門家と世論調査会社がどのように予測が大きく間違ったのかを自問しています。ほぼすべての世論調査は、バイデン氏が楽勝し、民主党が上院の過半数を占めるだろうと予測していました。選挙結果を見た2つの驚きは次の通りです。

(1)トランプ氏は前回より約700万人多い有権者の支持を積み上げました。

(2)彼に投票したヒスパニック系の有権者は2016年の28%から今回35%に増え、アフリカ系(黒人)も6%から8%に増加しました。

トランプ氏は不満を募らせる白人の、地方で暮らす有権者層を超え、支持を広げることができました。理由の一つは、トランプ氏が、バイデン氏は「社会主義者」で「反警察」という誤ったレッテルをはることに成功したことです。

この夏(白人警官による黒人男性ジョージ・フロイド氏暴行死事件を発端に)多くのアメリカの都市を巻き込んだ抗議はたくさんの人々を不安にさせました。トランプ氏に投票した有権者は彼の経済政策を気に入っています。

新型コロナウイルスによって引き起こされた問題についてトランプ氏を非難せず、それが中国のせいであることに同意しました。

木村:バイデン氏が大統領になると菅義偉首相の課題は何になるのでしょうか。

フィッツパトリック氏:菅首相にとっての課題は何かを問うのではなく、その機会とは何かということに焦点を当てたいと思います。菅首相はバイデン氏が親密で意欲的なパートナーであることに気付くでしょう。

2人は中国、安全保障、気候変動など、ほとんどの重要な問題について共通の見方を持っています。必然的に発生する二国間問題は、相互尊重とプロ意識をもって取り組まれるでしょう。

木村:ジョン・ボルトン前米国家安全保障問題担当大統領補佐官が回顧録『それが起こった部屋』の中で2019年7月に日本を訪問、当時の国家安全保障局長だった谷内正太郎氏と会い、在日米軍駐留経費の日本側負担を4倍強増やして年80億ドル(約8262億円)を要求するトランプ大統領の意向を説明したことを明らかにしています。この交渉はどうなるのでしょう。

フィッツパトリック氏:トランプ氏と異なり、バイデン氏は米軍への支援を巡って日本との取引を行うことはありません。バイデン政権は、ホスト国の支援を増やすというトランプ氏の要求を完全に放棄することはできませんが、交渉はより論理的に行われるようになります。

木村:オンライン雑誌ザ・ディプロマットは中国のミサイルとの均衡を保つため日本の琉球諸島とパラオが新しいアメリカの中距離ミサイルが配備される候補地だと報じています。この問題はバイデン次期政権下でどのように進むと思われますか。

フィッツパトリック氏:米国防総省の計画担当者は、新しい地上ベースの中距離弾道ミサイルと巡航ミサイルを配備するために、西太平洋のさまざまな基地オプションを模索しようとするかもしれません。

しかし、そのようなミサイルを日本やパラオなど外国のパートナーの領土に置くことについての議論は、現在そのような配備を好まない地元の態度や政治を認識する必要があります。

これを認識して、バイデン政権はおそらく、この地域の空中および海上巡航ミサイル能力と、中国のミサイルによってもたらされる認識された脅威を制限することを目的とした軍備管理とリスク低減措置の追求にさらに重点を置くでしょう。

木村:バイデン氏は北朝鮮との交渉をどのようにリセットすると思いますか。

フィッツパトリック氏:北朝鮮の問題はトランプ政権下で悪化しました。トランプ氏は彼の個人的な外交によって脅威が解決されたと偽って主張しました。バイデン氏ははるかに高い一貫性と知恵で問題に対処しようとします。しかし、トランプ氏のトップダウン式外交は有用な前例をつくりました。

共和党員はバイデン氏がトランプ氏と同じことをしても攻撃することができないので、バイデン氏は現在、トランプ氏と同様に北朝鮮指導者、金正恩氏に直接関与できる政治的な柔軟性を持っています。バイデン氏が近いうちに金正恩氏に会おうとするとは思いません。

バイデン氏は実務レベルでの交渉を追求することによって基礎を築きたいと思うでしょう。スティーブ・ビーガン米国務副長官(北朝鮮担当特別代表)のような人物を改めて北朝鮮担当特別代表に任命することを期待しています。この点についてのウワサは聞いたことがありませんが、ビーガン氏自身がこの役割を続けても驚きません。

木村:バイデン氏は環太平洋経済連携協定(TPP)に再び参加できると思いますか。

フィッツパトリック氏:米ハーバード大学ケネディ行政大学院の初代院長グレアム・アリソン教授は今週、バイデン氏がTPPに再び参加することを望んでいるものの、民主党内の保護貿易主義者たちからの政治的挑戦に直面すると予測しました。

バイデン氏を支持した労働組合の多くは、トランプ氏がTPPから撤退したことを喜んでいました。一方、バイデン政権に加わる可能性が高いアメリカの外交政策専門家のほとんどはTPP復帰を支持しています。彼らが労働組合からの政治的反対を緩和する方法を見つけられることを願っています。

木村:アメリカの対中外交政策はどうなりますか。トランプ氏は貿易に焦点を当てています。バイデン氏は人権と気候変動を重視しています。上下両院とも中国の人権問題には非常に厳しい目を向けています。

フィッツパトリック氏:民主党員は、常に人権問題により大きな注意を向けています。ですからバイデン氏が、中国の習近平国家主席による新疆ウイグル自治区のウイグル族弾圧や香港市民の自由を踏みにじったことをより強く非難することを期待しています。しかし結局、バイデン氏は貿易問題より人権を優先することはおそらくないでしょう。

マーク・フィッツパトリック氏

マーク・フィッツパトリック氏(筆者撮影)
マーク・フィッツパトリック氏(筆者撮影)

米ハーバード大学ケネディ行政大学院修了後、米国国務省で26年間勤務し、国務次官補代理として核不拡散問題を担当。2005年よりIISSに移り、不拡散・軍縮プログラム部長などを務める。日本の防衛研究所(1990~91年)のプログラムに参加したこともある。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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