「最後の夜」を楽しむ市民を銃撃

[ロンドン発]新型コロナウイルスの第2波で都市封鎖に入るため「最後の晩餐」を楽しむ市民が襲撃されました。オーストリア・ウィーンで2日夜に起きた6件の連続銃撃テロで男女各2人の計4人が殺害され、22人が重軽傷を負いました。警察特殊部隊のほか軍も出動し、9分後に容疑者の1人が射殺されました。

テロはシナゴーグ(ユダヤ教会堂)近くで始まり、目撃者によると、自動ライフルやピストル、蛮刀で武装した少なくとも2人の男がいきなり100発以上を乱射したそうです。そのあとレストランやカフェ、バー、パブの屋外席にいた市民を次々と銃撃して行きました。市民は悲鳴を上げて逃げ回りました。

警察に射殺されたのはオーストリアと北マケドニアの二重国籍を持つ男(20)で、シリアで活動する過激派組織「イスラム国」に参加しようとしたイスラム過激派。別の事件で禁固22カ月が言い渡され、昨年4月に服役し、同年12月に釈放されました。犯行時にはニセの自爆ベルトを着用していました。

北マケドニア内相は、オーストリアと北マケドニアの二重国籍を持つ3人がテロに関与しているとの声明を発表。オーストリア治安当局は射殺された男の周辺の14人を逮捕し、テロリストの残党の行方を追っています。

3日、オーストリアのアレクサンダー・ファン・デア・ベレン大統領やセバスティアン・クルツ首相が現場に花輪を手向けました。クルツ首相は「わが国は祝福された島のように、外国の報道による暴力と恐怖しか知らなかった。昨夜の悲劇は市民がテロ攻撃の犠牲になった夜として私たちの歴史に残る」と声を落としました。

「これは基本的な価値観への憎しみ、民主主義への憎しみ、私たちの生き方への憎しみだ。テロリストに脅かされるべきではない。私たちの中心的な価値を全力で守る。私たちの敵は過激主義とテロリスト。キリスト教徒とイスラム教徒の対立ではなく、文明と野蛮主義の闘争だ」

【今年に入ってから欧州で起きたイスラム過激派テロ】

新型コロナウイルスの第2波にのみ込まれる欧州では、死者12人、負傷者11人を出した2015年の仏風刺週刊紙シャルリエブド襲撃テロの公判が今年9月に始まり、同紙がイスラム教預言者ムハンマドの風刺画を再掲載したことを発端にイスラム過激派によるテロが続発しています。

9月1日、公判が始まるのに合わせてシャルリエブドがムハンマド風刺画を再掲載したことについてエマニュエル・マクロン仏大統領がベイルートで記者会見。シャルリエブドの風刺画に当てはまるわけではないと断りながらもフランスにおける「冒涜する自由」を再び擁護する

9月2日、シャルリエブド襲撃テロの公判が始まる

9月25日、パリのシャルリエブド旧本社前で男女2人が刃物で切り付けられる。パキスタン出身の男(25)がテロ組織に関連した殺人未遂罪で起訴される。動機は「宗教上の理由」とされ、パキスタンで暮らす父親は息子の犯行を称賛

10月4日、ドイツのドレスデンでシリア難民の男(20)に同性愛者の男性2人がナイフで殺傷される。男はイスラム主義者で「イスラム国」への参加を勧誘していたとして2年9カ月の禁固刑を言い渡されたが、犯行直前に釈放されていた。男は同月21日に逮捕される

10月16日、パリ近郊で表現の自由を議論するためシャルリエブドのムハンマド風刺画を授業で見せた中等学校教員サミュエル・パティさん(47)が首を切断されて殺害される。

12歳の時、難民としてフランスに受け入れられたチェチェン系イスラム教徒の男(18)の犯行で、男は現場に急行した警官に射殺される。男の家族はシリアの「イスラム国」に参加しており、犯行前に男はシリアのジハーディスト(聖戦主義者)と連絡を取り合っていたとされる

10月21日、パティさんの国家追悼式がソルボンヌ大学で行われ、マクロン大統領は「あなたが教えた自由を守る。私たちは世俗主義を発展させる。風刺画や戯画を放棄することはない」と演説

10月29日、フランス南部ニースのノートルダム教会で男女3人が刃物で殺害される。チュニジア人の男(21)が警官に撃たれ、拘束される。男は9月にイタリア・シチリア島南方にあるランペドゥーザ島に密入国。国外退去の通知を受けたが、ニースに移動していた。

マクロン大統領は「イスラム過激派によるテロだ。フランスが攻撃を受けた」と非難。チュニジア南部の組織がツイッターで関与を主張

10月30日、レバノンやシリア、スーダン、パキスタン、パレスチナ自治区ガザなどイスラム諸国で金曜礼拝後、抗議デモが拡大

10月31日、フランス南部リヨンのギリシャ正教の教会で司祭(52)がショットガンのような銃で撃たれ、重傷を負う。犯人は逃走

イスラム諸国の怒りに火を放ったマクロン仏大統領

シャルリエブドがムハンマド風刺画を再掲載したことにイスラム過激派が乗じたテロとみて良いでしょう。フランスの「冒涜する自由」を擁護し「風刺画は放棄しない」と言い切ったマクロン大統領の生硬さがイスラム諸国の怒りに火を放ったことは否定のしようがありません。

トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領が「マクロン大統領には精神科の治療が必要だ。国家元首が宗教の自由を信じないとは言葉を失う。彼はフランスで暮らす数百万人のイスラム教徒に対してこのように振る舞っている」と批判したため、マクロン大統領は激怒し、駐アンカラ仏大使を本国に呼び戻しました。

1789年のフランス革命直後に制定された人権宣言は「思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利の一つである。したがって、すべての市民は、法律によって定められた場合にその自由の濫用について責任を負うほかは、自由に、話し、書き、印刷することができる」と表現の自由を宣言しています。

冒涜の罪はなくなり、ローマカトリック教会の影響を排除して共和制の礎を築くため「政教分離(ライシテ)」が強化されていきます。フランスの「表現の自由」は国家権力だけでなく宗教的権威からの自由も意味しています。でもマクロン大統領はどんな文脈で「冒涜する自由」を語ったのでしょう。

「第三共和制の始まり以来、フランスでは良心の自由に付随する冒涜する自由がありました。私はこれらすべての自由を守ります。私にはジャーナリストの判断にお墨付きを与える必要はありません」

「フランスでは統治者、大統領を批判し、冒涜することもできると言わざるを得ないからです。しかし、この自由には逆に共通の品位、礼儀正しさ、尊敬が含まれます。表現の自由は憎しみの言葉を持たない義務があります」

西洋とイスラムの衝突を回避せよ

米シンクタンク、ピュー研究所の調べでは2014年の時点で世界の26%の国と地域が宗教の冒涜を禁止する法律や政策を持っており、13%の国が背教を罰する法律や政策を持っていました。イスラム諸国だけでなく、敬虔なインドやアイルランド、ポーランドもこの中には含まれます。

中東・北アフリカの20カ国のうち18カ国がイスラム教を冒涜すると罪に問われます。投獄されるだけでなく死刑になる国もあります。冒涜や背教の罪はいわば西洋とイスラム教の文明の対立軸になっているのです。

しかし、冒涜の罪を認めていないフランスでさえ嫌悪や憎悪を煽る表現は法律で禁止されています。「冒涜する自由」を認めるフランスでも「表現の自由」は無制限に認められているわけではないのです。

世界は今、感染者約4772万人、死者約122万人に達した新型コロナウイルス・パンデミックで国境は閉ざされ、国民は内向きになり、感染爆発をコントロールできない政権への批判が爆発寸前まで膨れ上がっています。

筆者はこんな時にフランスの伝統と文化の精神的支柱をなす「冒涜する自由」を敢えて強調するより、オーストリアのクルツ首相のように「これはキリスト教徒とイスラム教徒の対立ではなく、文明と野蛮主義の闘争だ」と位置づけた方が賢明だったと思います。

ピュー研究所の調べでは2016年時点でフランスのムスリム(イスラム教徒)人口は572万人、ドイツ495万人、イギリス413万人、イタリア287万人にのぼっています。イスラム教の教えとそれぞれの国の法律や政策が対立することも少なくありません。

西洋とイスラムを衝突させることがイスラム過激派の狙いです。イスラム教徒を無用に刺激するシャルリエブドのムハンマド風刺画は欧州のテロリストを発火させる絶好の材料です。違いを強調するより、イスラム教徒が西洋文明の中で共生できる妥協点を探る必要があるように筆者には思えるのですが。

(おわり)