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Qアノンの極右陰謀論を信じるアメリカの本気度 コロナ危機で激増、世界に広がる

木村正人在英国際ジャーナリスト
Qアノンの旗を掲げてコロナ対策に抗議する市民(独デュッセルドルフで)(写真:ロイター/アフロ)

小児性愛者のエリート陰謀団が世界を支配している

[ロンドン発]ソーシャルメディアを通じて広がる陰謀論「QAnon(Qアノン)」が世界中で勢いを増しています。ツイッターやフェイスブック、インスタグラムは、Qアノンの関連アカウントを排除したり、コンテンツの推奨を中止したりする対策を開始しました。

Qアノンがまき散らす陰謀論はちょっと考えればデタラメと分かるレベルの主張ですが、信じる人がアメリカだけでなく、欧州でも広がり始めています。Qアノンの代表的な陰謀論を見ておきましょう。

「ハリウッドの超有名人、一流の慈善家、ユダヤ人の金融資本、米民主党の政治家からなる小児性愛者の人身売買エリート陰謀団が密かに世界を支配している」

「民主党大統領候補のジョー・バイデン前副大統領は児童虐待をしている」「ドナルド・トランプ大統領はエリートを倒し、ドブさらいをしてくれる英雄だ」

「新型コロナウイルス・パンデミックがもたらした危機は計画的な詐欺だ」「ワクチン予防接種は必要ない。規則正しい生活を送り、しっかり食べていれば大丈夫」

2016年の米大統領選では民主党がワシントンのピザ店を舞台にした児童買春組織に関わっているとの陰謀論が広がりました。いわゆる「ピザゲート」の真相を解明するとして選挙後の12月にライフル銃を持った男がこのピザ店に押し入り、発砲する事件が起きました。

「ピザゲート」からQアノンが派生したと言われています。

不気味な歴史のパラレル

2008年の世界金融危機で格差がさらに広がり、16年、アメリカでは孤立主義と保護主義を唱えるトランプ大統領が誕生、イギリスは欧州連合(EU)を離脱しました。そして今回のコロナ危機が暗い影を落としています。

最大1億人の犠牲者を出したとされる1918~20年のスペインかぜ、第二次世界大戦の原因となった1929~30年の世界恐慌と、歴史は不気味なパラレルを描き始めています。

「アメリカの月面着陸は捏造」「秘密結社が世界を支配している」など、いつの時代も陰謀論は広がり、世界を惑わせてきました。地球温暖化を巡っても「温暖化は人為的な温室効果ガスの増加よりも自然の影響がはるかに大きい」という懐疑論が根強く拡散されています。

都市封鎖(ロックダウン)反対、ワクチン接種反対、反マスク、コロナの大流行は新しく建てられた5G(第5世代移動通信システム)のアンテナからの電磁放射線が原因という反5G運動と、Qアノンの境界は非常にあいまいです。

Qアノンに限らず、陰謀論はソーシャルメディアを通じて一気に増幅し、国境を越えて拡散していきます。

今年9月にロンドンで開かれた反ワクチン集会では「私たちはQ」と記された旗やQアノンと連携する団体の横断幕が掲げられました。米紙ニューヨーク・タイムズは、Qアノンは推定20万人のフォロワーがいるドイツでも深く浸透していると指摘しています。

米軍がドイツで北大西洋条約機構(NATO)の作戦を展開した際、ドイツのQアノン信奉者の間では「アンゲラ・メルケル首相による支配からドイツを解放するトランプ大統領の秘密作戦」という陰謀論が共有されました。

幸いドイツではコロナ危機に迅速かつ的確に対応したメルケル首相の手腕が評価され、今年2月には25%まで落ち込んだ与党、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)の支持率は最高40%まで回復しました。

これに対して極右政党「ドイツのための選択肢」の支持率は最低8%まで落ち込んでいます。しかし陰謀論はインターネットの中で先鋭化しているため、警戒が必要です。

今年3月以降、Qアノン関連投稿が激増

過激主義対策に取り組む英シンクタンク、戦略的対話研究所(ISD)が2017年10月から今年6月にかけ、ツイッターやフェイスブック、インスタグラム上のQアノン関連の投稿を調べた結果、下のグラフのようになりました。

画像

Qアノンの主戦場はやはりアメリカ。そして英語圏のイギリス、カナダ、オーストラリアに、さらにロシアやインドネシア、ドイツにもウィングを広げています。

【2017年10月~18年6月】

(1)アメリカ、全体の88.9%(2)カナダ2.2%(3)イギリス2.2%(4)オーストラリア1.2%(5)ロシア0.6%

【18年7月~19年2月】

(1)アメリカ89.8%(2)イギリス2.4%(3)カナダ2%(4)オーストラリア0.9%(5)インドネシア0.4%

【19年3月~19年10月】

(1)アメリカ90%(2)カナダ2.1%(3)イギリス2.1%(4)オーストラリア1.3%(5)インドネシア0.4%

【19年11月~20年6月】

(1)アメリカ87%(2)イギリス2.8%(3)カナダ2.7%(4)オーストラリア1.7%(5)ドイツ0.5%

今年3月以降、Qアノン関連の投稿が激増したのは「コロナ危機で自宅にいる時間が増えた」ことが大きいようです。トランプ大統領が選挙キャンペーンを始めた2018年8月にもQアノンに関連したツイッター上の会話は倍以上に増えています。

アメリカはどれだけQアノンの陰謀論を信じているか

ISDが支援する米タフツ大学のブライアン・シャフナー教授の調査(アメリカ人4057人が対象)によると、8つの陰謀論(4つはQアノンが流布している陰謀論)について正しいと答えた人の割合は次の通りでした。

・民主党予備選はバーニー・サンダース上院議員を勝たせないよう不正に操作された 35%

・政府はワクチンと自閉症とのつながりを隠蔽しようとしている 22%

・悪魔的な儀式の中で子供に拷問を加え、性的に虐待するグローバルネットワークが存在する(Qアノンの陰謀論) 22%

・ワクチン接種によって体内に埋め込まれた追跡用チップは後で5G携帯ネットワークによって稼働される 21%

・トランプ大統領は政府高官と有名人の大量逮捕を密かに準備している(Qアノンの陰謀論) 18%

・米大統領選へのロシアの介入を捜査したロバート・モラー氏は児童買春人身売買ネットワークを捜査中(Qアノンの陰謀論) 15%

・新型コロナウイルスはデッチ上げだ 15%

・有名人は子供の体から(止血作用がある)アドレノクロムを摘出している(Qアノンの陰謀論) 12%

インターネットやソーシャルメディアの普及とともに主要メディアの影響力は著しく低下しており、真偽不明の情報が飛び交うようになりました。政治におけるリベラルと保守の対立は主要メディアの分断も生んでいます。

救いはQアノンを全く知らない人がシャフナー教授の調査で60%、別のピュー研究所の調査でも53%もいるということです。しかし、こうした陰謀論はあまり知識のない人々の間でスポンジが水を吸い込むように広がっていきます。

世界は今、米中逆転という地政学的に非常に危険な転換点を迎えています。

そうした時期だからこそ政治家も主要メディアも切り取って誇張するのではなく、問題の全体像と複雑さを伝える努力が必要です。しかし政治家も主要メディアも逆に対立を煽っているのが悲しい現実です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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