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トランプ大統領に投与された未承認の抗体カクテルとは 治験ではウイルス量激減も2人に有害事象

木村正人在英国際ジャーナリスト
ウォルター・リード米軍医療センターに入院したトランプ米大統領(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]新型コロナウイルスに感染したアメリカのドナルド・トランプ大統領は咳、うっ血、発熱の症状が出たため、2日、専用ヘリコプターでワシントン近郊のウォルター・リード米軍医療センターに運ばれました。

ホワイトハウスのショーン・P・コンリー医師によると、亜鉛、ビタミンD、メラトニン、アスピリン、ファモチジンを服用しながら、重症化を防ぐため治験中の米製薬大手リジェネロン社の抗体カクテルREGN-COV2を8グラム投与しました。

マウスからつくった抗体と回復したコロナ感染者から分離した抗体を含むREGN-COV2は重症化を防ぐ抗体治療薬として期待されています。リジェネロン社の最新データでは感染者のウイルス量を減らし、回復期間をほぼ半分に短縮しました。

リジェネロン社の発表(9月29日)によると、コロナ感染者275人を対象にREGN-COV2を8グラム(高用量)、同2.4グラム(低用量)、プラセボ(偽薬)を投与するグループを1対1対1の割合にして治験を実施しました。

プラセボ組では症状緩和までにかかった日数の中央値は13日だったのに対し、投与組では7日でした。ウイルス量にもプロセボ組と比較して下のような変化が見られました。

・10の5乗copies/mL以上のウイルス量では約50~60%の減少

・10の6乗copies/mL以上のウイルス量では約95%の減少

・10の7乗copies/mL以上のウイルス量では約99%の減少

効き目は抜群のように見えますが、REGN-COV2を投与された2人の患者から「有害事象」が報告され、うち1人は重篤な有害事象だったそうです。これ以上の詳細は分かっていません。

トランプ大統領は74歳と高齢な上、身長190.5センチメートル、体重110.7キログラムで、ボディマス指数(BMI)は30.4で「肥満」に分類されます。軽度の心臓病を患っており、心臓発作を防ぐ薬を服用しています。

トランプ大統領は紛れもない「ハイリスクグループ」。リジェネロン社の説明ではトランプ大統領の医療スタッフがREGN-COV2の使用許可を求めて同社に連絡をして米食品医薬品局(FDA)の承認を得たそうです。

トランプ大統領は新型コロナウイルスの治療薬としてFDAの承認を受けている抗ウイルス薬レムデシビルの投与も受けています。11月に迫る米大統領選どころか、今は何と言っても重症化を防ぐのが文字通り生死の分かれ目です。

REGN-COV2はトランプ大統領の救世主になるかもしれません。これで重症化を防ぐことができれば、新型コロナウイルスと闘うための有力な武器を手にすることができるからです。トランプ大統領にとっては「ローリスク・ハイリターン」の賭けと言えるでしょう。

新型コロナウイルス治療薬のランダム化比較試験「リカバリー」を進めるイギリスでもREGN-COV2の第3相試験が9月中旬から始まったばかり。

REGN-COV2を2000人以上の患者に投与し、その結果は投与しなかった他の2000人以上の患者グループと比較する計画です。

リジェネロン社のジョージ・ヤンコプロス社長は「REGN-COV2は新型コロナウイルスを標的とするよう特別に設計されました。“リカバリー”はREGN-COV2を評価する4番目の後期ランダム化比較試験。新しい抗体カクテルが入院患者にどのように役立つかの知識を追加します」と話しています。

オックスフォード大学のピーター・ホービー教授(新興感染症とグローバルヘルス)は「“リカバリー”でステロイド系抗炎症薬の1つ、デキサメタゾンの薬効は確認されましたが、死亡率は依然として高いままで、他の治療薬も探さなければなりません」とREGN-COV2の治験の重要性を指摘しています。

抗体治療薬はすでにがんや自己免疫疾患の治療に使用されています。今回の治験では新型コロナウイルスを攻撃する抗体治療薬の安全性と有効性が試されます。リジェネロン社以外にも70以上の抗体治療薬の開発が進められています。

抗体カクテルがトランプ大統領の生命を救うことができたとしても、私たち庶民には「高嶺の花」に終わる可能性があります。医学研究を支援する英団体ウェルカム・トラストのニック・カマック氏は次のように述べています。

「抗体治療薬は最も有望な治療法の一つですが、伝統的に最もおカネがかかります。ランダム化比較試験で安全性と効果が確かめられますが、治療で世界中で必要なすべての人に利用可能であることを確認する必要があります。ワクチンや検査に加え、幅広い治療法の研究に投資し、世界的に公正に利用可能であることを保証することはパンデミックからの唯一の出口であり続けます」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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