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習近平”中国皇帝”の「倍返し」で大英帝国が終わる バルバドスが元首エリザベス女王を返上

木村正人在英国際ジャーナリスト
世界を支配し始めた中国の習近平”皇帝”(写真:ロイター/アフロ)

「植民地時代の過去を完全に置き去りにする時が来た」

[ロンドン発]カリブ海に浮かぶ島国バルバドスは現在、旧宗主国イギリスのエリザベス女王を元首にしていますが、植民地の過去と決別し、2021年11月の独立記念日までに君主制から共和(大統領)制に移行すると宣言しました。

バルバドスは1966年にイギリスから独立。英連邦加盟国中、カナダやオーストラリア、ニュージランド、カリブ・オセアニア諸国の計14カ国と同じようにエリザベス女王を元首にしてきました。

2018年の総選挙で議会の全30議席を獲得したバルバドスのミア・モトリー首相はしかし、イギリスとの決別を表明しました。

「私たちの植民地時代の過去を完全に置き去りにする時が来ました。バルバドスの人々はバルバドスの国家元首を望んでいます。これは私たちが誰であり、何を達成できるかについての究極の自信の表明です。バルバドスは完全な主権に向けて次の論理的な一歩を踏み出します」

米白人警官による黒人男性ジョージ・フロイドさんの暴行死事件に端を発した黒人差別撤廃運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」で、カリブ諸国でも奴隷貿易で巨万の富を築き、黒人差別の原因をつくったイギリスへの反発が強まっています。

「制度化された人種差別」の元凶

カリブ共同体補償委員会委員長のヒラリー・ベックルズ西インド諸島大学副学長は「制度化された人種差別、白人至上主義、警察の残虐行為とジョージ・フロイドさんらアメリカおよび世界中の黒人犠牲者を生んだ体系的な社会的不正を糾弾する」と表明。

カリブ共同体は「謝罪だけでは十分ではない」と何らかの形の補償を求めていましたが、イギリスは十分な対応はしてきませんでした。バルバドスの君主制廃止宣言でトリニダード・トバゴやジャマイカなど他のカリブ諸国が後に続く恐れがあります。

イギリスは第二次大戦でナチス・ドイツにようやく勝利したものの大英帝国は崩壊。多くの労働力を失ったイギリスは1948~71年、ジャマイカやトリニダード・トバゴなどカリブ諸国などの旧植民地から約50万人の移民を受け入れました。

乗ってきた船の名前が「大英帝国ウィンドラッシュ」号だったため「ウィンドラッシュ世代」と呼ばれました。しかし移民流入数を抑えるため2012年以降、就労したり公的医療を受けたりする際、身分証明書の提示を求められるようになり、未取得の移民は国外退去させられました。

いわゆる「ウィンドラッシュ・スキャンダル」でカリブ諸国の不信感が強まりました。さらに欧州連合(EU)離脱でイギリスの国力低下が世界中にさらけ出されました。君主がエリザベス女王から不人気なチャールズ皇太子に交代するとイギリスの威信は完全に地に落ちる恐れがあります。

「皇帝のいる本当の帝国へシフト」

バルバドス政府は昨年、中国のインフラ経済圏構想「一帯一路」への協力文書に署名しています。地元メディアによると、中国は17年に教育機器、昨年にはノートパソコンやタブレットなどのテクノロジー機器を寄贈。農業プロジェクトにも投資しているそうです。

英下院外交委員会委員長で保守党内の中国研究グループを主宰する対中強硬派のトマス・トゥーゲンハット下院議員はツイートで背後に中国の影響力を指摘しています。

「象徴的な変化に目をつぶることを選択できますが、それはより深い現実を物語っています。 債務とインフラ投資を通じた中国の影響力は、権力を名目上の君主のいる自由な国から、要求がきつい皇帝のいる本当の帝国へとシフトさせています」

中国共産党の機関紙系国際紙、環球時報(英語版)は「中国のインフラ経済圏構想“一帯一路”は国際協力のための人気ある世界的な公共財およびプラットフォームになり、その協力は利益を共有するための協議と協力の原則に基づいている」と反論しています。

途上国を債務漬けにして、絞め殺す中国

ドイツの有力シンクタンク、キール世界経済研究所(IfW)の報告書「中国の海外貸付」(昨年6月)によると、海外直接投資や貿易、直接融資を含めた中国の海外貸付は1998年にはゼロ近辺でしたが、2018年には1.6兆ドル、世界全体の国内総生産(GDP)の2%に近づいています。

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こうした貸付はすべて国家統制下に置かれており、市場原理が働きません。また、途上国への貸付の約半分は国際通貨基金(IMF)や世界銀行に報告されていない「隠れた債務」だったそうです。

自衛隊が唯一、海外拠点を置くジプチの対中債務はGDPの100%近くに達しており、トンガ、モルディブ、コンゴ共和国、キルギス、カンボジアの対中債務もGDPの30~40%です。また中国から直接融資を受けている国は下の世界地図の通りです。

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環球時報は「一帯一路で中国は常に平等、開放性、透明性、市場法および国際規則にコミットしている」と強調していますが、英大衆日曜紙メール・オン・サンデーはバルバドスの君主制廃止宣言を受け、ボリス・ジョンソン英首相は外交官に中国の「膨張主義」に対応するよう命じたと報じました。

同紙によると、英首相官邸は「新型コロナウイルスが途上国を荒廃させるにつれ、多くの国々が中国への巨額の債務の結果として中国の絞め殺し(チョークホールド)に陥っています」と警鐘を鳴らしています。

背景には香港国家安全維持法の強行や次世代通信規格5G参入を巡るイギリスと中国の外交的な対立があります。世界全体で新型コロナウイルスによる死者が100万人を突破する中、中国は貿易や投資・融資などあらゆる手段を使って途上国での影響力を拡大しています。

日本も例外ではありません。菅義偉首相の誕生を主導した自民党の二階俊博幹事長や公明党を通じて中国は日米分断の甘い罠をすでに仕掛けてきています。この罠にいったんハマってしまうと待ち受けているのは「隷属の平和」です。

バルバドス

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面積430平方キロメートル(種子島とほぼ同じ)、人口28.6万人。1627年にイギリスの植民地となり、1966年に独立。2008年の世界金融危機以降、観光収入が減少し、製糖業が落ち込んだ。18年6月に多額の対外債務不払いが発生。モトリー首相のもとIMFの協力を受けて経済再建・改革に取り組んでいる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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