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「ファイブアイズ参加の提案、日本政府からまだない」英首相が明かす 米中対立に翻弄される同盟

木村正人在英国際ジャーナリスト
EU・中国のテレビ首脳会議(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「同じ志を持つ国をファイブアイズに加えるのは大きな機会」

[ロンドン発]イギリスのボリス・ジョンソン首相は16日、下院立法委員会で、トマス・トゥーゲンハット委員(外交委員会委員長)に日本の「ファイブアイズ(アングロサクソン5カ国の電子スパイ同盟)」参加の可能性について問われ、こう答えました。

「同じ志を持つ民主主義国家をファイブアイズに招き入れるのは大きな機会であり、われわれも検討しているが、日本政府から私への提案はまだありません。イギリスは日本との間でとても素晴らしい防衛・安全保障パートナーシップを構築しています。日本のファイブアイズ参加は大きな成果になるかもしれません」

行政改革担当相に横滑りした河野太郎前防衛相が今年7月、トゥーゲンハット氏の主宰する保守党内の中国研究グループ(CRG)のオンライン勉強会に参加した際、ファイブアイズに参加したいと述べたことを受けた質疑です。

米下院情報特別委員会のアダム・シフ委員長は昨年12月、下院への報告で、インドと日本、韓国をファイブアイズの情報共有の枠組みに加えるよう求めています。コロナ危機で米中対立がさらに激化する中で日本は情報収集の分野でも対中包囲網の砦としての役割を期待されています。

菅義偉首相にとっても米英の電子スパイ同盟に参加するのかどうかは外交・安全保障上、非常に大きな決断になるでしょう。しかし第二次大戦以来、アメリカと「特別な関係」を保ち続けてきたイギリスも対米関係と対中関係のバランスに苦悩しているようです。

英外相「米中新冷戦に巻き込まれるな」

ドミニク・ラーブ外相は米中間の「新冷戦」に巻き込まれないようにアメリカや中国との関係を慎重に管理するよう外務省のスタッフに指示を出したと米ブルームバーグが報じました。9月2日に開かれた外務省内の会議で伝えたそうです。

会議でラーブ外相は英米の「特別な関係」には一切触れず、北京と同様にワシントンに対しても慎重にアプローチするよう求めました。新型コロナウイルスの感染爆発で地政学的な国際情勢が激変する中、ラーブ外相は中規模国のまとめ役を目指しています。

11月の米大統領選で劣勢に立たされるアメリカのドナルド・トランプ大統領が「対中十字軍」の結成を同盟国に迫っています。しかし香港国家安全維持法の強行で旧宗主国としての国際的な面子を潰されたイギリスでさえ、アメリカとの間合いを測っている様子がうかがえます。

ブルームバーグが入手した会議記録によるとラーブ外相は「中国だけでなくアメリカに対してもわれわれ自身を慎重に売り込む必要がある」「同じ志を持つ国々の連合は新冷戦に巻き込まれることに興味がなく、多くの分析が必要になる」と語ったそうです。

欧州連合(EU)を離脱したイギリスはアメリカや中国、EUの「3極」とは別に中規模国のハブとなるグローバル戦略を描き始めたようです。

トランプ大統領の逆転勝利の確率は24%残っている

米大統領選の選挙予測では民主党候補のジョー・バイデン前副大統領が大きくリードしています。カリスマ・アナリストのネイト・シルバー氏率いる分析サイト、ファイブサーティエイト(米選挙人団の選挙人538に由来する)によると、カギを握る州の選挙情勢は次の通りです。

(1)ノースカロライナ州(選挙人15人)

トランプ49.3% バイデン49.9%

(2)フロリダ州(同29人)

トランプ48.8% バイデン50.4%

(3)ネブラスカ州第2区(同1人)

トランプ48.3% バイデン50.4%

(4)アリゾナ州(同11人)

トランプ47.8% バイデン50.9%

(5)ペンシルバニア州(同20人)

トランプ47.4% バイデン51.9%

(6)ウィスコンシン州(同10人)

トランプ46.5% バイデン52.5%

(1)から(5)まで全てひっくり返さなければトランプ大統領の逆転勝利はありませんが、ファイブサーティエイトはトランプ大統領が勝つ確率はまだ24%残っていると分析しています。

トランプ大統領が再戦すれば米中新冷戦は本格化し、バイデン氏が勝てば強硬路線は緩和され、より現実的な対中政策がとられるはずです。アメリカに翻弄されるのを避けるため、EUはすでに独自の対中外交を進めています。

EUと中国は3カ月間に2回のテレビ首脳会議

EUと中国は9月14日、6月22日に続くテレビ首脳会議を開きました。中国の習近平国家主席、EUからシャルル・ミシェルEU大統領(首脳会議の常任議長)、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長、首脳会議の輪番制議長国ドイツのアンゲラ・メルケル首相が出席しました。

EUの3首脳は中国の香港国家安全維持法強行や表現の自由、少数民族の人権問題に「深刻な懸念」を示したものの、貿易や野心的なEU・中国包括的投資協定に関する交渉を優先させました。中国の南シナ海や東シナ海への海洋進出はEUにとって直接的な脅威ではないからです。

ドイツ自動車メーカーの業績は中国国内での高級車の売れ行きに大きく左右されるため、ドイツ経済だけでなくEU圏経済の浮揚が最優先課題となるメルケル首相にとって今、中国と事を荒立てるのは賢明ではないという現実的な計算が働いています。

香港や新疆ウイグル自治区の問題で習主席は中国の主権と治安、統合を保つ権利を主張し、中国への内政干渉に強く反対しました。お互いの立場を確認することがEUと中国の外交上のプロトコルになっているようです。投資協定が署名されると双方の市場開放が一段と加速します。

メルケル首相にもEUにもトランプ大統領の「対中十字軍」に加わる考えは毛頭ありません。バイデン大統領が誕生すればおそらく西側諸国は対中政策を以下の3つのカテゴリーに分けて選択的なアプローチをとり、全面的な対立を回避する方向に動くのではないでしょうか。

【中国の横暴を許してはならない分野】

南シナ海や東シナ海での拡張主義、法の支配、台湾問題、香港や新疆ウイグル自治区、チベット自治区での人権弾圧

【中国との交渉が必要な分野】

貿易や投資、データ保護

【中国の協力が欠かせない分野】

気候変動、パンデミック、イランや北朝鮮の核・ミサイル問題

トランプ大統領の「対中十字軍」戦略は今のところ不発に終わる可能性が大きくなっています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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