Yahoo!ニュース

政治の生贄になる科学「多くの間違いを犯した」とトランプ大統領に批判された米感染研のファウチ所長

木村正人在英国際ジャーナリスト
トランプ大統領の批判にさらされる米感染研のアンソニー・ファウチ所長(手前)(写真:ロイター/アフロ)

トランプ氏「ファウチ所長は関係ない」

[ロンドン発]新型コロナウイルスの感染者が約1300万人、死者が約57万人に達する中、科学が政治のスケープゴートにされるケースが世界中で相次いでいます。最も顕著な国は感染者が再び指数関数的に増え始めたアメリカです。

米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長が「年内はNFLや大学のアメリカンフットボールをコロナに感染することなく開催することは不可能かもしれない」と発言したことに対して、ドナルド・トランプ米大統領は「彼は関係ない」と噛みつきました。

6月19日のツイッターで「NFLは安全で管理された開幕を計画している。しかし彼らが国歌斉唱や国旗掲揚を受け入れなかったら、私は試合を見るつもりはない」と付け加えました。

さらに7月10日にはFOXニュースのインタビューに「ファウチ所長は素晴らしい男だが、彼は多くの間違いを犯した」と公然と言い放ちました。「マスクを着用するな、着用するなと言っていたのに今ではマスクを着用せよと言っている。多くの間違いがあった」

ファウチ所長「2カ月以上大統領にブリーフしていない」

ファウチ所長は同じ日、トランプ大統領と最後に会ったのは6月2日で、もう2カ月以上ブリーフィングを行っていないことを英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューに打ち明けています。

「私たちがこうして話している今も深刻な問題が進行していると言っても過言ではない」「私を不安にさせるのは感染者数が描く、いまだに指数関数的に見えるカーブだ」

「いくつかの州の市民はガイドラインに耳を傾けなかった。彼らはバーにいることや集団と祝福の中に行くことを決めた」

「それ(科学者や専門家への不信)は本当の問題です。それから逃れることはできない」「私は死の脅しを受けた。家族も子供も嫌がらせを受けている」

7月4日の米独立記念日、トランプ大統領は「感染しても99%は無害だ」と宣言したが、ファウチ所長はFT紙に「いったい大統領は誰からこの数字を聞いたのか。おそらく一般的な致死率は約1%と誰かから聞いた大統領は、99%は大丈夫だと解釈したのだろう」と指摘しています。

ダーウィンの進化論を信じないアメリカ

アメリカにおける科学と政治の対立はトランプ大統領が誕生してから始まったことではありません。2001年と04年のギャラップ調査でダーウィンの進化論は証明されていると答えたアメリカ人は35%に過ぎませんでした。証明されていないという回答はそれぞれ39%と35%でした。

進化論だけでなく、気候温暖化、反ワクチン運動、新医薬品の承認を巡る対立は年々、激しくなっています。神による天地創造論を信じる宗教保守の台頭(福音派は人口の25.4%)に伴って政治の保守化が進み、リベラルと保守の激突、科学と政治の対立も激しくなっています。

2018年のピュー研究所の調査では、人類は自然の法則に従って進化していると考える人は白人の福音派で4%、黒人のプロテスタント6%、白人の主流プロテスタント30%、カトリック30%、無宗教64%と宗派によって大きな開きが出ました。

新医薬品の承認巡り、強まる政治圧力

トランプ大統領は新型コロナウイルスに効くと主張してきた抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンについて5月「自分は数週間にわたって予防薬として飲んでいる。良い話をたくさん聞いた」と発言し、波紋を広げました。

ピーター・ナバロ国家通商会議議長も7月7日、米食品医薬品局(FDA)に対してヒドロキシクロロキンをコロナ治療薬として承認するよう圧力をかけました。

コロナ治療でヒドロキシクロロキンが投与された症例から不整脈、心停止、突然死といった生命に関わる副作用の報告が相次ぎ、FDAは病院外で使用しないよう注意を呼びかけています。

米生物医学先端研究開発局(BARDA)局長としてワクチン開発を担当していたリック・ブライト氏はまだコロナ治療薬として効果も安全性も試されていないヒドロキシクロロキンを万能薬としてオンラインで販売できるようトランプ政権から求められたそうです。

それを拒否したところ左遷されてしまいました。トランプ大統領や支持者はヒドロキシクロロキンと利害関係を持っているとして、ブライト氏は「科学より政治と縁故主義を優先させ、市民の生命を危険にさらしている」と非難しました。

新型コロナウイルス対策を巡って政治と科学の対立が激しくなっているのはアメリカだけではありません。背景には経済を優先する政治と生命を優先する科学の立場の違いがあります。

「狡兎(こうと)死して走狗(そうく)烹(に)らる」の故事が教えてくれるように、ウイルスの感染を抑え込むことにいったん成功すると、感染防止のため都市封鎖を推進した科学者は逆にじゃま者扱いされ、経済的損失をもたらした責任者として政治指導者の生贄にされるのです。

【日本】

厚生労働省クラスター対策班に参加する北海道大学大学院の西浦博教授が4月15日、国内で何の対策もとられなかった場合、40万人以上が死亡すると独断で発表。

専門家会議の中でも「40万人以上は多すぎる」と数字公表のコンセンサスは取れなかった。緊急事態宣言が解除されたあと、専門家会議は6月24日、メンバーにも知らされないまま安倍政権によって解散される。

【英国】

英インペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授は、経済への影響を抑えるため都市封鎖ではなく緩和策をとったボリス・ジョンソン英首相に対し「このままでは25万人が死ぬ」という報告書を公開して都市封鎖に方向転換させた。

しかし公衆には厳格な社会的距離の必要性を説きながら、自分だけ都市封鎖中にもかかわらず2回にわたって自宅に既婚女性を招き入れていたことが発覚。5月5日に政府の非常時科学諮問委員会(SAGE)を辞任。封鎖を解除したい与党・保守党による謀略説が今もくすぶる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事