核弾頭を増強した北朝鮮 金正恩の妹・金与正が韓国を恫喝したそのワケは

北朝鮮で存在感を増す金与正(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

シンガポールの米朝首脳会談から2年

[ロンドン発]ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は15日、今年1月時点で北朝鮮の核弾頭総数が昨年の20~30発から30~40発に増強されたとの見方を示しました。世界全体では米露を中心に465発(約3.4%)減ったものの、中国は30発(約10%)も増やしています。

下の表はSIPRI年次報告書2020の核弾頭数データです。北朝鮮の核弾頭数ははっきりとはしないため、世界全体の合計には含まれていません。

SIPRI年次報告書2020をもとに作成
SIPRI年次報告書2020をもとに作成

シンガポールで開かれた史上初の米朝首脳会談からちょうど2年になる6月12日、北朝鮮の李善権(リソングォン)外相は次のような談話を発表しました。

「朝鮮半島の平和と繁栄のわずかな楽観主義でさえ暗い悪夢の中に消えていった」

「米政府がこの2年間主張してきた“関係の改善”は体制の転換を、“安全の保障”はアメリカによる全面的な核先制攻撃を、“信頼の醸成”は北朝鮮の孤立と窒息を意味している」

「私たちの最高指導者は、歴史的な朝鮮労働党中央軍事委員会拡大会議で、核開発の国家戦略について議論し、アメリカによる核戦争の脅威に対処する国家核戦争抑止力を強化することを宣言した」

米朝交渉が進展しないため、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は新年に「近い将来、新しい戦略核兵器を導入する」と宣言。核兵器と大陸間弾道ミサイルのテストの一時停止(モラトリアム)を放棄する考えをちらつかせました。

存在感を高める金正恩の妹、金与正

金正恩の妹、金与正党第1副部長は6月13日「最高指導者に承認された私の権限を行使することによって、軍部に断固として次の行動をとるよう権限を委譲した」という談話を発表したことから、朝鮮半島の緊張が高まっています。

『金正日から金正恩の米朝関係』の著書がある英キングス・カレッジ・ロンドンのラモン・パチェーコ・パルドー准教授は米民主党の大統領候補ジョー・バイデン前副大統領が言及した北朝鮮に対する「原則に基づく外交」について次のようにツイートしています。

「『原則に基づく外交』。北朝鮮はこの数カ月、トランプ大統領に限らず、11月の大統領選で勝利した誰とでも交渉することを非公式に示してきた。 バイデン氏は例えば人権などで北朝鮮により多くの要求を課すかもしれない。 しかし彼は適切な外交に復帰するだろう」

「現段階で適切な外交はドナルド・トランプ米大統領のアプローチより優れている。韓国の青瓦台と外務省の多くはバイデン氏の勝利を期待している。彼らはバイデン氏に北朝鮮との交渉を説得できると考えている。バイデン氏はどんな場合でも韓国に敬意をもって接するだろう」

香港国家安全法導入を強行する中国と同じように、北朝鮮にも新型コロナウイルスとアメリカの白人警察官による黒人暴行死事件で欧米諸国が混乱しているスキをついて揺さぶりをかけようという思惑が透けて見えます。

また11月の米大統領選でバイデン氏が当選して西側が結束を固めるとともに、民主党政権が原則に基づく外交を前面に押し出してくると厄介だと金正恩は考えているのかもしれません。

シンガポールでの米朝首脳会談から2年、北朝鮮の核・ミサイル開発の現状がどうなっているのか、SIPRIの年次報告書2020から見てみましょう。

【核分裂性物質の製造】

・プルトニウム生産

国際原子力機関(IAEA)の報告では、プルトニウムを生産できる寧辺原子力研究センターの5メガワット原子炉は2018年末から活動を停止。核兵器用プルトニウムを生産できる実験用軽水炉が建設され、システム試験が実施されているものの、まだ稼働していない。

・高濃縮ウラン生産

ウラン濃縮能力と高濃縮ウランの備蓄量について確かなことは分からない。北朝鮮はプルトニウム生産能力に限界があるため、高濃縮ウランの生産に集中しているとされる。昨年の衛星写真分析から、寧辺のガス遠心分離法による濃縮プラントが稼働し続けているとみられている。

商業衛星の写真では平壌郊外に「カンソン」と呼ばれる秘密ウラン濃縮施設があることが確認された。2018年の米情報機関の分析では秘密ウラン濃縮施設が1つ以上あり、北朝鮮は核兵器計画に基づく生産施設の種類と数を隠蔽しようとしている。

【弾道ミサイル】

大陸間弾道ミサイル(ICBM)の実験は2018年に停止されており、19年1月の米国防総省の報告では新型の火星10・12・13・14・15や北極星1・2は配備されていない。

19年12月に東倉里ミサイル発射場でロケットエンジンの静的実験が2度行われた。新型大陸間弾道ミサイルの固形燃料ロケットモーターか、新型か既存の液体燃料エンジンの試験という二説に分かれている。

・短距離弾道ミサイル

昨年、北朝鮮は少なくとも、3タイプの新型固形燃料短距離弾道ミサイルの試射を実施。一つはロシアの短距離弾道ミサイル、イスカンデルMと外観が似たKN23(射程600キロメートル以上)。昨年1年で4度の発射実験が行われた。

次は多連装ロケットシステムのKN25(射程380キロメートル)。3つ目はKN24(射程400キロメートル)で昨年2度発射実験が行われた。KN23とおそらくKN24も通常弾頭以外に核弾頭が搭載可能とみられ、発射された場合、韓国軍にも米軍にもどちらか判別がつかない。

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・中距離弾道ミサイル

中距離弾道ミサイル、火星7(ノドン、射程1200キロメートル以上)には核弾頭が搭載できる可能性が高い。このほか火星6(射程1000キロメートル)や火星9がある。

何度も発射実験に失敗した火星10(ムスダン、射程3000キロメートル以上)の発射実験は2016~17年に行われておらず、配備計画は不明。

火星12(KN17、射程3000キロメートル以上)の液体燃料ブースターエンジンは将来の大陸間弾道ミサイル技術の基礎となる可能性がある。まだ配備されていない。

固形燃料の北極星2(KN15、射程1000キロメートル)は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の北極星1の地上型で、配備中。仮想敵国による第一撃の生存率を高めるためとみられる。

固形燃料ミサイルは液体燃料ミサイルに比べ発射に手間取らず、支援車両も少なくて済み、人工衛星から探知されにくい。

・大陸間弾道ミサイル

北朝鮮は米本土を狙える大陸間弾道ミサイル開発に重点を置いてきた。3段式の火星13(KN08)が2012年4月に軍事パレードで披露されたものの、昨年時点で飛行試験は行われていない。

2段式火星14(KN20)を配備済み。500キログラムの核弾頭を搭載すると射程距離は8000キロメートルを超えないとみられる。

新型の2段式火星15(KN22、射程1万3000キロメートル)を配備中。核弾頭が軽ければ米東海岸のワシントンDCに到達可能とされる。

しかし北朝鮮がどれだけ正確に攻撃目標を狙える大気圏再突入技術を獲得しているかは不明。

昨年の米国防総省のミサイル防衛概観は、北朝鮮がテポドン2を配備したことを示唆している。

・潜水艦発射弾道ミサイル

北朝鮮は第一撃の生存率を高めるため潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発を継続している。昨年10月には2段式北極星3(射程1900キロメートル)の水中からの発射実験を行ったと発表。

北朝鮮はSLBMを搭載して発射できる鯨型潜水艦1隻を配備済み。さらにミサイル発射装置を3基備えた新しい弾道ミサイル潜水艦を建造している。

北朝鮮は歴史的に米大統領選の年に挑発を強める

米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のビクター・チャ韓国部長らはこんな見方を示しています。

「北朝鮮は歴史的に米大統領選の年に挑発を強める傾向がある。今年11月の選挙に向け、またその直後に挑発する時間的な余裕は狭まった。新型コロナウイルスの流行が拡大する前の今年第1四半期、北朝鮮による挑発頻度は米朝関係が極度に悪化した2017年第1四半期とよく似ている」

「北朝鮮が、関与政策の韓国との全通信回線を切断すると発表したのは、もう1つの不吉な兆候だ。金正恩は王朝の伝統に従って、大量破壊兵器開発を進めて挑発を高めた後、トランプ氏であれバイデン氏であれ、最終的に外交に戻るため賭け金を釣り上げているように見える」

「今回新しい要素の1つは、金正恩の健康に疑問符が残るため、最終的に金正恩に取って代わるか、金正恩と一緒に働く前提として妹の金与正が指導する資格を確立しようと彼女に新しい役割が与えられた可能性があることだ」

(おわり)