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新型コロナと子供の川崎病や血栓症の関係について免疫の宮坂先生に尋ねてみました(下)

木村正人在英国際ジャーナリスト
新型コロナウイルスに感染して治療を受ける患者(ベルギー)(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]欧州やアメリカで新型コロナウイルスに感染した子供の中に、全身の血管に炎症が起きていろいろな症状が出る「川崎病」に似た症例が相次いでいます。

どうしてなのか、テレビでもすっかりお馴染みになった免疫学の第一人者である大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授に引き続きテレビ電話で質問してみました。

木村:新型コロナウイルスは変異を繰り返し、地域適合したり、適者生存したりしているのでしょうか。平均で14日ごとに変異を繰り返している(日本の国立感染症研究所)と考えていいのでしょうか。

宮坂氏:新型コロナウイルスは変異を続けていますが、他のRNAウイルスに比べると変異の度合いは少ないようです。

それでも変異後、地域適合をしていることは確かで、これが宿主とのマッチングの問題なのか、適者生存なのかは今後の解析が必要だと思います。

木村:中国・浙江大学医学院の李蘭娟教授らの査読前論文では、変異株でウイルス量の増え方が270倍も違ったことが報告されています。

深刻な被害を広げた欧州や米ニューヨークで流行っている新型コロナウイルスと日本で流行っているのとでは別物と見た方が良いのでしょうか。

宮坂氏:In vitro(イン・ビトロ、「試験管内での」という意味)の感染試験の結果は注意してみないといけないようです。李蘭娟教授らのウイルス量の増え方が270倍も違ったという報告に再現性があるのかは分かっていません。

今のところ、生体レベルで見る限り、病原性が大きく変わったものが出てきているという確たるエビデンスはないように思います。

木村:世界各地の報道を見ていると病態が微妙に異なっているように感じることがあります。

例えばニューヨークの医師は高山病や一酸化炭素中毒のように自覚症状がないまま血中酸素濃度が急落していると報告しています。イタリアでは「死因は肺炎ではなく超微細な静脈血栓」と言う医師もいるそうです。

アメリカや欧州で重症化した子供たちに非定型の川崎病のような症状が見られるとのことです。

イギリスでは大人の患者に過炎症またはサイトカインストーム症候群(免疫系の暴走による過剰炎症)、マクロファージ活性化症候群、血球貪食性リンパ組織球症が見られると言われています。

宮坂氏:確かに多彩な症状を引き起こすウイルスです。一つの病気の中でウイルスがどこに感染するか、血管の内皮細胞に感染する人は血栓系がどうしても大きくなってきます。

スライドを用意したので、まず真ん中の大きな流れから見ていきましょう。

宮坂氏提供
宮坂氏提供

(1)重症化する人はウイルスに曝露する量が多い。医療従事者で直接浴びたとか、偶発的に非常にたくさんのウイルスを浴びてしまう人がいます。そうした人は重症化しやすくなる。

喫煙歴がある、過去にウイルス感染がある、炎症を起こしていたというケースでは肺にACE2(新型コロナウイルスのレセプターになる酵素)の発現が上がってしまいます。こういうことが重症化のもとにあると思います。

循環器疾患や糖尿病など持病のある人は重症化率が高い。

(2)普通はウイルスが体内の宿主細胞に感染すると、インターフェロンがつくられます。ウイルス感染を抑える1型インターフェロン(抗ウイルス系のサイトカイン)です。

どうも新型コロナウイルスはインターフェロンのシグナル伝達に必要なSTAT1タンパク質のリン酸化が阻害され、ウイルスが入ってきてもインターフェロンがうまくつくられないようになります。

(3)それが原因となってさまざまなサイトカイン(免疫系を機能させる情報伝達物質)やケモカイン(サイトカインの一群)が制御できない形でどんどんつくられてしまいます。

(4)それが肺で起こると血液から肺に単球やマクロファージ(いずれも白血球の一種)が集まってきます。サイトカインやケモカインが単球やマクロファージを呼び寄せるのです。

(5)多数の炎症性サイトカインが大量に生み出されます。

(7)そしていろんな臓器で炎症が起きます。特に、既に炎症細胞浸潤が存在する臓器で炎症が増強されます。

肥満の場合、脂肪組織に炎症細胞がたくさんあります。動脈硬化は動脈の壁に炎症細胞があります。糖尿病は膵臓の組織に炎症細胞があります。慢性閉塞性肺疾患では肺の中に炎症細胞浸潤が起きています。

こういうところに大量にサイトカインが流れ込んでいきます。サイトカインは炎症細胞をさらに活性化させてしまいます。だからもともと炎症細胞が浸潤している臓器では特に炎症が強く起きます。

持病を持っている人がどうして重症化するかと言うと、すでに前もって炎症細胞浸潤が起こっている。そこにサイトカインがやって来て、さらに炎症を起こせと言われるので、二進も三進もいかない状況になります。

(8)それが免疫細胞に働くと疲弊と機能不全が起こります。

(9)それが肝臓や腎臓などの種々の臓器で起こると、多臓器不全になります。

これがたぶんサイトカインストームが起きる一番大きな流れです。ウイルスが宿主細胞のインターフェロン依存症シグナル経路を遮断してしまう。これがどうも原因としてかなり強いと考えられています。

次に薄い水色で示した右の流れを見てみましょう。

人によっては血管内皮細胞にウイルスレセプターであるACE2がかなり出ている人もいて、ウイルスが血液中に入った時に内皮細胞に感染します。血管内腔で炎症が起きます。活性化されると、そこに血小板がくっつきやすくなります。血栓ができやすくなります。

血小板自身が炎症性サイトカインの働きを受けると、血小板は凝集を起こしやすくなります。血小板の方もペタペタになってくっつきやすくなります。血管内皮細胞の方も活性化を受けて血小板がくっつきやすくなります。

両方がうまく働くものですから、体内のそこら中で血栓ができます。どの血管が感染したかということによって、小さな血管が感染すれば川崎病のような血管炎が起きるでしょう。脳の血管でそういうことが起これば脳動脈の閉塞が起こります。

木村:炎症性サイトカインを“アクセル”に例えるなら、“ブレーキ役”の抗炎症性サイトカインもあります。抗炎症性サイトカインはどうしているのでしょう。

宮坂氏:(5)から(7)にかけてですが、抗炎症性サイトカインのIL-10もたくさんつくられています。

炎症性サイトカインが大量につくられるので、ブレーキをかけなければと抗炎症性サイトカインもたくさんつくられますが、量的に足りないのだと思います。ブレーキが効かない状態になっています。

木村:抗体がつくられても重症化がひどくなるのはどうしてなのでしょう。

宮坂氏:悪玉抗体は抗体依存性感染増強現象(ADE)を起こしてしまいます。抗体はY字型をしています。Y字のしっぽの部分をFc領域と言います。

抗体と抗原がひっつきます。悪玉抗体の場合、抗体のFc領域がマクロファージに非常にひっつきやすい。マクロファージの表面にはFcレセプターがあって、Fc領域を捕まえる分子が出ています。

したがって抗原(=ウイルス)は抗体と結合したままマクロファージの中に取り込まれます。

マクロファージは普段なら殺菌性物質をつくっているのでウイルスが死ぬはずなのですが、殺菌性が弱いとマクロファージの中で逆にウイルスが増えて放出され、さらに感染が広がってしまうのです。

抗体もウイルスとともにマクロファージの中に取り込まれるのですが、それで血中の抗体が減るかどうかは分かりません。マクロファージの中に抗体と結合した抗原が取り込まれることで逆にマクロファージが感染するのです。

T細胞(リンパ球の一種)でも同じことが起こります。T細胞が活性化されるとT細胞の上にもFcレセプターが出ていて、ウイルスと抗体が結合したままT細胞の中に取り込まれ、T細胞も感染するという論文が中国からも出ています。

これが(8)の免疫細胞の疲弊につながります。当然それによってT細胞が死んでT細胞の数が減ります。

どうもこのウイルスはいろんなことをしていて決して善玉抗体だけができているわけではありません。

特に重症化する人は抗体ができているのだけれども善玉抗体が働くよりも悪玉抗体がメーンになって免疫細胞まで感染させてしまいます。

患者さんが亡くなる前に炎症性サイトカインがいっぱい吐き出されるものだから、免疫細胞のみならず周りの上皮細胞も筋肉細胞も影響を受けて多臓器不全になります。

SARS(重症急性呼吸器症候群)の時にもワクチンができて第1相試験まで行きました。これを動物試験でやった時に抗体依存性感染増強現象(ADE)が起きて悪くなったという例が報告されています。

ネコのコロナウイルスのワクチンでも同じことが起きています。MERS(中東呼吸器症候群)でも同じことが報告されています。

コロナウイルスではこういうことが比較的起こりやすい。どうして善玉抗体と悪玉抗体ができるのか、何がそれを決めているのかというのはおそらくウイルスの表面にスパイクタンパク質にあります。

スパイクタンパク質の上には善玉をつくらせるエピトープ(抗体が認識する抗原の一部分)と、悪玉をつくらせるエピトープがあると考えられます。ワクチンをつくる時に、うまく善玉をつくらせるエピトープをメーンにすれば善玉抗体はできやすくなります。

間違って悪玉抗体をつくるエピトープをメーンにしてしまうと逆に病気を悪くしてしまいます。

重症化すると免疫系が頑張らなければいけないと抗体をたくさんつくります。でも、それが役なし抗体と悪玉抗体がメーンだったら、症状がどんどん悪化していきます。

抗体量も上がっていくのですが、ウイルスの数は減らず、感染は広がり、重症化が進んでしまいます。

抗体をつくるためにはT細胞が必要です。T細胞の中にはヘルパーの他にキラーがいます。キラーT細胞はウイルスを殺さないけれども、ウイルス感染細胞を見つけ出して爆撃して殺します。

インフルエンザは抗体ができてくる時にこのキラーT細胞も同時にできてきて、血中のウイルスは抗体が殺す、細胞の中に隠れているウイルスはキラーT細胞が感染細胞を殺すのでウイルスが死にます。

キラーT細胞による免疫はどうも非常に重要で、新型コロナウイルスに感染して治った患者さんをみると新型コロナウイルスに特異的なキラーT細胞ができています。

死んでしまった患者さんはキラーT細胞のでき方が悪かったのか、これから調べてみる必要があります。

抗体を見るだけでなくてウイルスに特異的なキラーT細胞がどれだけできているかを調べないと、本来は免疫の程度が測れません。キラーT細胞は特別な研究室でないと測れないので、今は目に見える抗体だけで測るしかありません。

でも残念ながら測れているのはウイルス結合性抗体だけです。今は免疫のほんの一部しか見ることができないのが現状です。

木村:軽症者を施設収容や自宅療養に切り替える場合、重症化する兆候を見逃さないことは可能なのでしょうか。イギリスでは病院に入れず亡くなった方や我慢しすぎて手遅れになった人が少なくありません。

集中治療室(ICU)病床数や気管挿管の人工呼吸器、ECMO(体外式膜型人工肺)の数を強調する人もいますが、重症化すると生還率は著しく下がります。

無症状や軽症者にパルスオキシメーターを装着して医療機関の担当者に通知が行き、血中酸素濃度の低下を早期発見できるシステムを作れば死者を減らせると思うのですが、いかがでしょう。

宮坂氏:はい、日本でもパルスオキシメーターは広く使われていますが、今のものだと普通に動いている人がずっと装着しているのは不快なようです。機器が改良されれば当然、移動時でも常時装着が楽にできるものが出てくるでしょう。

木村:新型コロナウイルスが変異するスピードを考慮した時、どんなワクチンや治療法開発が必要なのでしょう。また治療薬候補として「アビガン」「レムデシビル」を重視する日本の戦略は有効なのでしょうか。

宮坂氏:治療薬候補は、アビガン、レムデシビルの他にイベルメクチンやシクレソニドなども有望視されていますが、もっと症例数が増えないとその善し悪しの判断は困難です。

一方、ワクチンはいずれ良いものが必ず出てくると思います。日本でもいくつかの大学、研究機関、製薬会社が開発に乗り出しています。

今のところ、世界中で、DNAワクチン、RNAワクチン、リコンビナント・ワクチン(病原体の遺伝子やタンパク質だけを用いる)、不活化ワクチンなど、種々のものが開発されつつあり、どれが最終ゴールに達するかは読めない状況です。

木村:新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」や「ニューノーマル(新常態)」が言われるようになりました。

宮坂氏:例え新型コロナウイルスのワクチンができたとしても、どれぐらいの免疫を付与してくれるのか。ワクチンが善玉抗体だけをつくってくれたら良いのですが…。

ネコのコロナウイルスのワクチンでは開発途中に悪玉抗体ができて病気が悪くなったという例も報告されています。

ヒトのRSウイルス(RNAウイルスの一種)のワクチンでは、免疫が変な方向に行ってワクチン接種後に病気が悪化してしまった例もあります。

一方、正しいワクチンができて免疫を変な方向に持っていかなければ少々、効きが悪くても、お年寄りの重症化を防げるかもしれません。そうなるとワクチンの価値は十分にあります。

いま学校が再開されると、子供がうつって、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんに感染が広がることが心配されています。

インフルエンザでこうしたことが起こらないのかというと子供たちにうつっても、大人の方は前の年、その前の年にインフルエンザを経験しているので感染はそれほど広がりません。

お年寄りは免疫力が落ちてきますが、ワクチンすると死亡率は下がります。感染率はあまり変わりませんが、重症化は明らかに防げます。

新型コロナウイルスでもインフルエンザ程度のワクチンができればそれで新型コロナウイルスとお付き合いできるようになる。

ニューノーマルにあまりこだわらなくても、インフルエンザと同じぐらいのお付き合いで行けるようになると考えています。

木村:口や鼻から出るウイルス量を迅速抗原検査で測ることができるようになるのはいつごろのことでしょう。それまでは韓国のようにPCR検査で代替することは可能なのでしょうか。

宮坂氏:既に迅速抗原検査は実用化され、近日中に唾液でもできるようになるでしょう。もちろん、PCRほどの感度は期待すべくもありませんが、ウイルス抗原量の多い人がこの方法で見つかれば結構なことです。

というのは、ウイルスを口の中にたくさん持っている人が他の人に感染をうつす力が強いはずだからです。抗原検査は安価で迅速で容易にできるという利点があります。

PCR検査は一定数しかできませんが、迅速抗原検査ははるかにたくさんできる可能性があります。今後さらに性能の良いものが開発されることと思います。

木村:イギリスでは毎日のように犠牲になられた医師や看護師の話が掲載され、その数は170人を超えました。死屍累々となっている高齢者施設でも介護士への感染が懸念されています。

日本の医療現場や高齢者施設の現場には十分な感染防護具(PPE)が行き渡っているのでしょうか。また、こうした医療従事者やケアラーに対する支援、逆に差別・虐待は日本ではどのように広がっているのでしょうか。

宮坂氏:日本ではマスク、手袋、フェースガード、防護衣はいずれも大きく不足しています。差別・虐待問題は顕在化しつつあります。

木村:都市封鎖(ロックダウン)によって息を吹き返した動物や植物が非常に楽しそうにしているような錯覚に陥ります。

グローバリゼーションによって痛めつけられた地球のエコシステムが新型コロナウイルスを作り出し、人間を戒めているようにも感じられるのですが、どうお考えですか。

宮坂氏:私には分かりません。このような流行が輪廻(りんね)のようにやってくることは確かです。

宮坂昌之氏

宮坂氏(本人提供)
宮坂氏(本人提供)

1947年長野県生まれ、京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学博士課程修了、スイス・バーゼル免疫学研究所、東京都臨床医学総合研究所、1994年大阪大学医学部バイオメディカル教育研究センター臓器制御学研究部教授、医学系研究科教授、生命機能研究科兼任教授、免疫学フロンティア研究センター兼任教授。2007~08年日本免疫学会長。現在は免疫学フロンティア研究センター招へい教授。新著『免疫力を強くする 最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』(講談社)。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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