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コロナ危機「驚愕の原油マイナス価格」「中国パワーに世界が揺さぶられる10年に」和製ソロスの金言(下)

木村正人在英国際ジャーナリスト
新型コロナウイルスの大流行で需要が減り、混乱する原油市場(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]コロナ危機による原油のマイナス価格や中国のパワー拡大について、引き続き国際金融都市ロンドンに本拠を構える債券では世界最大級のヘッジファンド「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井將雄さんにおうかがいしました。

木村:4月20日のニューヨーク・マーカンタイル取引所のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)では期近の5月物は前週末比55.90ドル安の1バレル=マイナス37.63ドルで取引を終えました。

浅井氏:これには非常にショックを受けました。こんなことが起こり得るんだと予想を超える動きでした。経済活動が停止して石油は全く売れていません。

ニューヨーク原油先物の特有の要因とはいえ、受け渡し拠点となるオクラホマ州クッシングの原油備蓄基地が貯蔵能力の上限に近づき、保管能力の少なさがボトルネックとなるために、原油価格は下がるということは確信していました。

OPEC(石油輸出国機構)が一応減産でまとまったにもかかわらず、主要産油国であるサウジアラビアもロシアも結束は一枚岩ではありません。

石油の需要がなくなり、街にも出られない、外にも出られず石油の需要にも供給にも制限が出ています。市場の停滞により、原油が減産されないとものすごく下がる、1バレル=20ドル割れは間違いないと予想していましたが、まさかマイナス価格になるとは思ってもいませんでした。

原油価格は政治とか需要動向によって激しく上下します。経済の悪化やコロナによる複合ショックで、原油価格がマイナスになってしまったことを端緒として、市場参加者は原油だけでなく商品市況全体に及ぼす影響が非常に大きいことを強く認識させられました。

今後は貴少金属、鉄鉱石なども大きく価格変動し、デフレをもたらす可能性がある一方で、逆に農産物は中長期の市況高騰がわれわれの予想している以上に起きてしまうのではとみています。

原油価格のマイナスということが世界に与える心理的な影響は非常に大きい。天然ゴムや鉄鉱石がものすごく急落したり、穀物では予想外の市況高騰が起きたりする可能性もあり、資源や商品市況は今まで以上にボラティリティー(価格変動の度合い)が上がり、コントロールが難しくなる。

このマーケットにはなかなか政府や中央銀行は入っていけません。そういうリスクが今回のコロナ危機で増幅される可能性が高まっています。

木村:経済の脱炭素化への影響をどう見ておられますか。

浅井氏:経済の脱炭素化が起きるかどうかはよく分かりません。しかし一つ見えたのはテレワーク。私たちのキャプラ・インベストメント・マネージメントには全世界で約300人の従業員がいてほぼ全員が在宅勤務をしています。

98%が在宅勤務で、会社と同じフルスペックで仕事ができるIT(情報技術)設備があって、実際に不自由感はほとんどありません。98%通常通りカバーできています。

テクノロジーは革新的だと思うし、今回取り入れているツール(VPN、ZOOM、JABERなど)も非常に洗練されてきたと思います。ただテレワークという言葉だけで見ると枠として小さいのでテーマとしてはリモートなんだと思います。

テレワークもその一つです。例えばオンライン教育。うちの子供もアメリカの大学に行っていますが、大学の閉鎖でロンドンに戻ってきており、その間ずっとオンラインで講義を受けています。

塾とか英語学習もどんどんオンライン化が増えてきて学びも仕事もリモートという未来の姿が今、実現し始めています。

アマゾンの株価も急反発、急上昇しているように、効率的な日用品の配送も含めてリアルに買い物に行かなくてもリモートで全てできる。

リモートという新しいアプローチ、空間という箱モノの制約を超えたビジネスが新しい分野として加速し始めているのは間違いありません。

全てリモートが取って代わるわけではありませんし、リモートで経済全体を大きく浮揚させることはできませんが、リモートという、従来の箱モノを超えた、縛りを超えた新ビジネスが非常に大きなファクターとして広がっています。

これまでも新しいビジネスモデルとしてウエブができてグーグルなどが大きくなってきた。フェイスブックができてSNSが出てきました。それと同じように空間を超えたリモートという新ビジネスが大きく発展してゆくのかなと思います。

このリモートという概念自体が、二酸化炭素排出抑制に効果的であり、脱炭素に大きく貢献するのは明白で、外出制限下のロンドンの空の透明さを見上げるたびにテクノロジーが脱炭素を後押ししていく将来を想像し、期待が膨らみます。

木村:ポスト・コロナの地政学的な世界情勢をどう予測されますか。

浅井氏:コロナ危機が長引けば長引くほど、自由を旗印とした民主主義の脆弱性(もろさ)が見えてきてしまうので、そっちの方向にはいってほしくないなと個人的には願っています。

自由をも制限できる共産主義一党独裁国家・中国の力技をはっきりと見せつけられたのが今回のコロナ危機でした。欧米の自由民主主義陣営がコロナで混乱するスキをついて、権威主義勢力の中国が大きな力を持つ可能性は十分にあります。

あまり大きなニュースになっていませんが、ここ数日このままでいいのかと懸念を抱かせるニュースがいくつかありました。

世界がコロナ禍で混乱しているのに乗じて、4月18日に香港警察が民主運動家15人を逮捕したり、19日に中国が香港立法会(議会)に介入して中国出先機関の法的解釈を強めようとしたりしています。マカオでも同じようなことが起きています。

中国はこの1週間、大規模な軍事訓練を南シナ海でやっています。中国の空母「遼寧」をはじめとする艦艇が南シナ海で過去最大規模に近い演習をしています。

香港でも南シナ海でもコロナ危機による欧米諸国の混乱に乗じて中国が既成事実をどんどん積み上げていっているのは事実です。

そうした世界が正しいか正しくないかはまた別の話です。これでグローバル化が終焉を迎えるとは思わないし、サプライチェーンがなくなるとも思いません。

イラク戦争で指摘されたアメリカの単独行動主義がリーマン・ショック、世界金融危機で終わりを告げ、中国やロシアの台頭、そして今回のコロナ危機による中国のさらなる影響力拡大、欧米諸国の混乱で世界の勢力図はますます混沌としてきます。

アメリカが世界における主導的な地位を失ったのは間違いなくリーマン・ショックです。リーマン・ショックの後に中国が4兆元(当時のレートで約56兆円)の経済対策をして一気に日本を追い抜いて世界第2の経済大国になりました。

今回も欧米がコロナ危機で大きなダメージを受けた後、中国が政治的にも地政学的にも力を増してくるのは間違いありません。中国が国内総生産(GDP)でアメリカを追い抜く日もコロナ危機で早まったと思います。

戦争をしているわけではないので、サプライチェーンのグローバル化の流れは変わらないと思います。ただ覇権とか権謀術数的には中国がコロナ危機に乗じて世界に影響力を行使しようとする最大勢力になっていくのに対して、世界全体が揺さぶられる10年になるのではないでしょうか。

アメリカからアメリカ以外にパワーの重心がどんどん移ることを加速させるという面で国際的なパワーバランス上、コロナ危機は大きな転換点になるでしょう。

木村:中国のGDPが世界の何%くらいになれば世界の覇権を握ることになるのでしょうか。

浅井氏:インドもどんどん大きくなって、そのうち世界第3位の経済大国になります。米中逆転は2035年ぐらいと言われてきましたが、2030年ぐらいに早まるかもしれません。ただGDPの逆転があったからと言って、すぐに軍事力が逆転するわけではありません。

米中の拮抗状態が2040年ぐらいまで続いてくる間にインドなどが大きなキープレイヤーになってくるので、その組み合わせにより、中国一強という状況にはなりません。中国のGDPが世界の50%を占めるようなことはないでしょう。

木村:ワクチン開発が日本復活の弾みになるとお考えですか。

浅井氏:ワクチンはゲームチャンジャーになります。ワクチンは世界を救う、世界に称賛される、さらに自分たちも救えるわけですから。

おカネを国民1人ずつに10万円ばらまくのではなくて命を救うかどうかというのは一番大事なことです。それに10兆円という厚い配分の予算を付けて医療インフラの強い国を作り上げる。

日本の場合、通常時は医療費が大きすぎて、追加の医療分野になかなか予算をぶん取ってこれない。医療費が膨張する中で、毎年何とか頭打ちにしないといけないという状況下で、医療におカネを使える数少ないチャンスなわけです。今回は大義名分があります。

ウイルスが敵だから補正予算として医療分野に10兆円を使います、ワクチンができたら自分たちも生き残れて世界にも賞賛される――それが日本の競争力になってきます。

そういう予算こそが本当の緊急経済対策です。それが望ましいことだと思います。

ワクチンさえできれば日本の復活も、アメリカや欧州の経済回復も、イギリスのEU離脱も全て実現できるのではないでしょうか?

浅井將雄(あさい・まさお)氏

世界最大級の債券系ヘッジファンドを率いる浅井氏(右、左は筆者)
世界最大級の債券系ヘッジファンドを率いる浅井氏(右、左は筆者)

旧UFJ銀行出身。2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て、04年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、同僚の米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立。05年10月から「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の運用を始める。ニューヨーク、東京、香港にも拠点を置く。

(おわり)

日本のコロナ対策117兆円「世界戦略として医療に10兆円使え」和製ソロスの金言(上)

コロナ危機「欧州に第二次大戦を超えるダメージ」「中国が欧州権益の獲得加速も」和製ソロスの直言(中)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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