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新型コロナ「老人ホーム化」したスペインを襲った悲劇 見捨てられた高齢者介護施設から遺体続々

木村正人在英国際ジャーナリスト
スペイン・マドリードの病院で市民の声援に応える医師や看護師(写真:ロイター/アフロ)

息も絶え絶えの状態で見つかった高齢者

[ロンドン発]新型コロナウイルスの感染者が4万人近くにのぼり、死者が2600人を超えたスペインで、高齢者介護施設が見捨てられるケースが相次いでいるそうです。施設を消毒するため派遣されたスペイン軍は遺体と息も絶え絶えの高齢者を見つけたそうです。

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同国のマルガリータ・ロブレス国防相は23日「軍が一部の高齢者介護施設が完全に見捨てられ、ベッドの中で死んでいる人を見つけた」と述べました。検察当局は遺棄罪に当たる疑いがあるとして捜査を始めました。

高齢者介護施設の2割で感染が発生

スペインは3月15日、非常事態を宣言、国全体をロックダウン(封鎖)しました。

現地からの報道によると、スペイン軍は先週末、高齢者介護施設を支援するために動員されました。検察官はすでに少なくとも17人が死亡したマドリードの高齢者介護施設を調査しています。スペイン南東部アルコイの高齢者介護施設でも21人が死亡したそうです。

大多数の高齢者介護施設は適切に介護していると主張しています。死亡したのは主に70歳以上、特に80歳以上で、病院の集中治療室(ICU)で治療を受けている患者の約7割は60歳以上。高齢者介護施設の2割で新型コロナウイルスの感染が確認されているそうです。

マドリードの会議場IFEMAは新型コロナウイルスの患者のための臨時病院(約5500床)に改造されています。IFEMAでは昨年12月にCOP25(第25回気候変動枠組条約締約国会議)が開かれたので筆者も訪れたことがあります。

ペドロ・サンチェス首相は非常事態宣言を4月11日まで延長。「マスク、人工呼吸器、検査キットを国内生産する。政府は64万個の迅速検査キットを購入した。これはまもなく100万個になり、数時間で130万枚のマスクが医療従事者と患者に手渡される」と表明しました。

2040年にはスペインが世界一の長寿国に

温暖な気候、栄養のバランスがとれた地中海食でスペインは世界の中でも長寿国の一つ。ワシントン大学健康指標・評価研究所が2018年に発表した報告書「健康予測研究」でスペインは40年に平均寿命85.8歳で世界一の長寿国になると予測。16年は82.9歳で世界4位でした。

ちなみに日本は16年、83.7歳で世界1位でしたが、40年には85.7歳で2位に転落。健康と長寿の大敵は肥満と高血圧、血糖、喫煙、飲酒ですが、「喫煙を除いてスペインはこうした面で非常に健康的」とクリストファー・マレー博士は当時、話しています。

スペインは昨年、ブルームバーグの健康国家世界一に選ばれています。スペインやイタリアなど地中海諸国では冠状動脈性心疾患による死者がアメリカや北欧に比べ少なく、全粒穀物、シーフードやオリーブオイルなど地中海食は心血管疾患の危険因子を減らします。

急激に進んだ少子高齢化

しかしその一方でスペインでは少子高齢化が急激に進んでいます。金融危機と債務危機で労働市場が不安定化して若い働き手はイギリスやドイツ、フランスなど他の欧州連合(EU)加盟国に流出。1960年代には3を超えていたスペインの合計特殊出生率は2016年に1.33まで低下。

スペインの国立統計局(INE)によると、2018年の出生数は37万2777人で、過去20年間で最低を記録しました。昨年上半期も17万人余で1941年以来、最低でした。スペインでは人口が自然減に転じています。

金融危機や債務危機が去ったあと出生率は回復に向かうことが期待されていましたが、そうはなりませんでした。スペインの失業率は依然として14.2%。金融バブル崩壊後の日本と同じように、スペイン人はとても子供を生んで育てる余裕などないと考えているようです。

スペインにはスペイン語圏ベネズエラ、コロンビア、ホンジュラス、ペルー、アルゼンチンなど中南米からの移民が多いのが特徴です。またイギリスの年金生活者も多く移住しています。高齢者介護施設で働いている人の多くは中南米からの移民です。

知人のバルセロナ在住チャールズ・アブレット氏は筆者にこう解説してくれました。「ロブレス国防相が昨日公表してから新しい情報は何も開示されていない。ある高齢者介護施設では75人中69人が感染していたという報道もあるだけにパニックを起こしかねない」

「入所者が亡くなっても防護具がないから介護者は遺体に近づけない。犠牲者が多すぎて検視官を呼んでも手が回らない。葬儀をしようにも追いつかない。そんな状況だ。高齢者介護施設の賃金は役割にもよるが非常に安く、中南米からの移民労働者に頼っている」

「スペインでは感染者の13%が医師や看護師で、計5400人にも上っている。防護具が全くない低賃金の労働者が怖くなって高齢者介護施設を逃げ出したとしても誰が非難できるのだろう」

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スペインも金融危機・債務危機後の緊縮策で医療費が削られ、イタリア以上にゴーグルやN95マスク、防護具が不足しています。高齢者介護施設まで感染が広がったスペインはイタリア以上の犠牲者を出す恐れが十分にあります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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