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新型コロナ感染30万人突破 日本は「国家非常事態宣言」を回避できるか 「社会的距離」を連帯で埋めよ

木村正人在英国際ジャーナリスト
閑散としたロンドン塔。英国では23日夜から外出禁止令が敷かれた(写真:ロイター/アフロ)

20万から30万突破までわずか3日

[ロンドン発]世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長は23日「パンデミックは加速している。最初に報告されたケースから10万症例に達するまで67日、次の10万症例までに11日、その次の10万症例までに要した期間はわずか4日だった」と危機感を募らせました。

米ジョンズ・ホプキンズ大学CSSEの統計では3月18日に感染者の累計が20万人を突破、21日に30万人を突破しているのでわずか3日しかかかっていません。新型コロナウイルスの怖いところは指数関数的に流行が加速していくことです。

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テドロス事務局長は「私たちは統計の囚人でも、無力な傍観者でもない。パンデミックの軌道は変えられる。人々に家に留まるようお願いすることや社会的距離を置くのはウイルスの蔓延を遅らせ時間を稼ぐための重要な方法だが、それは防御的な方法だ」と言いました。

「勝つためには攻撃的で的を絞った戦術でウイルスを攻撃する必要がある。全ての疑わしいケースを検査し、確認された全てのケースを隔離して全ての濃厚接触者を追跡、隔離しよう」。公衆衛生的介入による防御だけでなく感染経路をあぶり出して攻撃するよう大号令をかけました。

PCR検査はいかに効率良く使うかだ

日本のPCR検査のキャパシティーに限界があります。絞り込んだPCR検査の結果をもとに東北大学の押谷仁教授と北海道大学の西浦博教授率いる厚生労働省クラスター対策班が感染→感染の連鎖→クラスター(感染者の集団)→クラスターの連鎖を虱(しらみ)潰しにしています。

Our World in Dataより抜粋
Our World in Dataより抜粋

上のグラフをご覧下さい。韓国とドイツはPCR検査のローラー作戦を展開して感染者をあぶり出して封じ込めているのに対して、流行初期の日本は効率的にクラスターを追跡して患者1人から感染する人数を1人未満に抑えようとしています。これが厚労省のクラスター対策です。

新型コロナウイルスの潜伏期間は最長で14日と長いため、探知できない無症状病原体保有者による「ステルス感染」が知らないうちに広がり、突然“巨大津波”が目の前に現れるオーバーシュート現象が起きる恐れがあります。イタリアもスペインもこれにやられました。

恐ろしいのは“巨大津波”に病院や集中治療室(ICU)がのみ込まれると助けられる命まで奪われることです。新型コロナウイルスの重症・重篤患者の治療に当たる医療従事者は防護具をしていても大量のウイルスにさらされて感染し、重症化する例が少なくありません。

イタリアでは感染者の7%が医療従事者で、命を落とした人もいます。スペインではこの割合は12%です。WHOは2600万人以上の医療従事者が新型コロナウイルスの患者に関わるだろうと推定。イタリアでは患者の治療に当たった医療従事者の2割が感染したので、世界で520万人の医師や看護師が危険にさらされる恐れがあります。

「防護具を作って医療従事者を守らなければ、医療従事者が感染して働けなくなり、救うことができるはずの命が大量に失われる」。テドロス事務局長は世界経済の8割超を占める20カ国・地域(G20)諸国が団結して生産力をアップし、防護具を国内に抱え込まずに世界に提供するよう求めました。

英国も外出禁止令

イギリスのボリス・ジョンソン首相は休み明けの23日夜、TV演説で国家非常事態を宣言し、「世界中が目に見えない殺し屋の壊滅的な影響力を目の当たりにしている。今晩から国民は原則として自宅にいなければならない」と命じました。見直すのは3週間後です。

ルールに従わなければ、警察によって罰金や集会の解散などを求められます。例外は基本的な生活必需品の購入(できるだけ宅配サービスを利用)、家族や個人でのランニング、ウォーキング、医療やケアが必要な場合です。職場に行くことが認められるのはキーワーカーと緊急時だけ。

衣料品店・電気店・図書館・遊び場・屋外ジム・礼拝所などは閉鎖。結婚式・洗礼式・儀式を含む全ての社交イベントと公共の場で2人以上の集まりを禁止。葬式は除かれます。NHS(国民医療サービス)には7500人の元臨床医が復帰しているそうです。

NHS病院は緊急を要する患者以外の治療は全て取りやめ、新型コロナウイルス・シフトを敷きました。医療資源の枯渇を防ぐため、ロンドンのエクセル展覧会センターに臨時病院が設けられます。

下は死者が10人を超えた日を1日目として100万人当たりの死者累計の推移を比較したグラフです。統計サイトworldmeterのデータをもとに筆者が作成しました。新型コロナウイルスの潜伏期間は最長で14日なので今とっている対策の効果が現れてくるのは2週間後です。

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イギリスはこのまま行けばイタリアより悲惨な結果を見るのは明らかです。イタリアが外出禁止令を全国に広げたのは3月9日。2週間が経過した23日、エビデンスに基づく医療を提唱するNPO(非営利団体)GIMBE財団のニノ・カルタベロッタ代表はこうツイートしました。

「2日連続で新しい症例数が減った。長いトンネルの先にあるかすかな光に過ぎない。道はまだ非常に長い。お願いです。もう少し家にいて下さい」

「社会的距離」を「社会的連帯」で埋めよ

イギリスの通りではすでに人々は3~5メートルぐらい離れて話しています。後ろを通り抜けると驚いたように飛び退くほどの警戒ぶりです。マスクやゴム手袋を着けている人もいます。食料スーパーのレジにも立ち入り禁止エリアが表示され、知らずに中に踏み込むとレジ係から注意されます。

病院にはゴーグルやN95マスクの防護具は十分にありません。救急救命士は無防備です。ビニールのゴミ袋を防護具代わりにしている看護師もいます。新型コロナウイルスの患者を看護するとウイルスにさらされる時間が長くなり重症化する恐れがあるため、怖気づく看護師もいます。

勤務を終えてスーパーに行くと食料品が売り切れで何も買えなかった看護師は涙を流しました。それを知って病院や看護師宅に食料品の差し入れが相次いでいます。お年寄りをサポートするボランティアも活動を始めました。

私たちは不十分な知識で不安や恐怖を煽ったり募らせたりするのではなく、「社会的距離」を「社会的連帯」で埋めていく必要があります。

今のところ感染を上手く管理している日本

日本は今のところ感染の広がりを非常に上手くコントロールしていることが上のグラフを見ればお分かりになると思います。都市封鎖など極端な方法によらず感染を制御できている主な理由は4つあると筆者は考えます。

(1)日本は島国で同質性が非常に高い。政府や自治体の指示に住民が比較的従う。

(2)中国で新型コロナウイルス肺炎が発生したニュースを聞いていち早く手洗いなど自衛策に取り組んだ。2009年の新型インフルエンザでも早期介入が成果をあげ、日本の人口10万人当たりの死者は0.2と他国に比べ桁違いに低かった。

(3)新型コロナウイルスの潜伏期間が長いため、気付かないうちに「ステルス感染」が広がっている恐れがある。しかし感染予防にはあまり役に立たないマスクを着用する習慣があったことが他人に感染させない思わぬ効果を持った。

(4)クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」集団感染が発生した後、厚労省にクラスター対策班を立ち上げ、クラスターの連鎖を何とか食い止めている。

安倍晋三首相が国家非常事態を宣言しないで済むよう、私たちは私たちにできることをしましょう。特に感染制御の鍵を握る若者は新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の見解をしっかり読むことです。

屋形船・スポーツジム・ライブハウス・展示商談会・懇親会など(1)換気の悪い密閉空間(2)多くの人が密集(3)近距離(互いに手を伸ばしたら届く距離)での会話や発声が行われる場所は避けましょう。新型コロナウイルスに感染しやすいからです。

若者が行動を変えなければ日本もいつ”巨大津波”に襲われても何の不思議もありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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