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新型肺炎「中国からの退避者はチェルノブイリに隔離しろ」感染恐れウクライナで暴動 インフォデミックか

木村正人在英国際ジャーナリスト
ノビサンジャリ村の隔離施設(写真:ロイター/アフロ)

橋にバリケード、タイヤを燃やす

[ロンドン発]新型コロナウイルスのエピセンター(感染源)である中国湖北省武漢市から退避してきたウクライナ人ら72人を2週間隔離するウクライナ中部ポルタバ州のノビサンジャリ村で20日、暴動が起きました。

地元からの報道によると、20日午前、政府が手配した旅客機で武漢市からウクライナ人45人、外国人27人が東部ハリコフの空港に到着。バス6台で軍の保養施設があるノビサンジャリ村に向かったところ、感染の拡大を恐れる村の住民たち数十人と衝突しました。

ウクライナでは新型コロナウイルスの感染者は確認されていません。住民たちは橋の上にバリゲードを築き、車のタイヤに火を放って封鎖、バスに向かって投石しました。治安部隊が住民たちやバリケードを排除し、10人以上を拘束。

退避者は隔離施設に収容されましたが、住民たちは「恥を知れ」「隔離する施設を過疎の村に押し付けるな」と叫びました。これに対しゾリアナ・スカレツカ保健相はフェイスブックで「退避者とともに同じ施設で同じ条件の下で次の14日間を過ごす」との声明を発表しました。

ウクライナのゾリアナ・スカレツカ保健相(中央、本人のFBより)
ウクライナのゾリアナ・スカレツカ保健相(中央、本人のFBより)

「私たちはすべての世界保健機関(WHO)基準と中国から市民を退避させた他の国々の慣行を考慮して退避の準備を注意深く行い、観察のための安全な条件を準備しました」

「退避してきた人たちは私たちの同胞よ」

スカレツカ保健相は訴えます。「退避してきた人たちは私たちの同胞であり、私たちにとって見ず知らずの人たちではありません。私たちは一つの国に住んでおり、彼らの健康と安全に注意しなければなりません」

「今日何が起きたのか、パニックと拒絶、否定と攻撃性は本当に私を驚かせました。彼らは中国から退避した人々を襲いました」

「追伸、明日10歳になる娘に今も話したいです。ドヌ、私はあなたをとても愛しており、私はあなたとこの重要な日を祝いたかった」

「しかし、たまたま私はこの日を抜け出す必要がありました。私が自宅に戻った時、あなたの誕生日を再び祝います。約束よ!」。スカレツカ保健相はスカイプを通じてリアルタイムで状況を伝える考えです。

退避に先立ち2回のスクリーニングが実施され、発熱が確認されたウクライナ人3人とカザフスタン出身者1人は中国に残されました。しかしウクライナ人は政府に強い不信感を抱いています。国は腐敗に悩まされ、医療制度が脆弱だからです。

偽メールがデタラメを拡散させる

コメディアン出身のヴォロディミル・ゼレンスキー大統領も「私たちはすべて人間であり、私たちはすべてウクライナ人であることを忘れる危険性がある。ウクライナ人が同胞さえ受け入れないのはおかしい」と訴えています。

ウクライナ保安庁(SBU)は保健省からだと主張する偽メールが一部の退避者が新型コロナウイルスに感染したとデタラメを拡散したと指摘しました。

暴徒化した住民の中には酒に酔っている人もいて、退避者は1986年に世界最悪の原発事故を起こしたチェルノブイリに隔離するか、議会で受け入れろと叫ぶ人もいたそうです。

地元議員たちは「隔離施設の下水システムは村と連動している」として受け入れに反対し続けると主張しています。

はしかが大流行するウクライナ

昨年1~10月、WHOの欧州地域で10万件を超える麻疹(はしか)が報告されました。昨年1年間の件数を上回り、2017年に比べると4倍近い大流行です。

昨年11月から今年10月までの1年間で報告件数が多かった国は次の通りです。

(1)ウクライナ 7万5084件

(2)カザフスタン 1万2334件

(3)ジョージア 4611件

(4)ロシア 3765件

(5)トルコ 2769件

ウクライナで麻疹の報告件数が増えたのはワクチンの接種率が下がったからです。

ウクライナではオレンジ革命が起きる前年の2003年には麻疹ワクチンの2回目接種率は99%に達していました。しかしウクライナの民主化は西側メディアの報道とは裏腹に失敗、ワクチン接種率は急落しました。

そこにロシアのウラジーミル・プーチン大統領による2014年のクリミア併合と東部での紛争でさらに状況が悪化したことが麻疹大流行の背景にあります。欧州でもポピュリズム政党がワクチン懐疑主義を撒き散らしています。

パンデミック同様に危険なインフォデミック

2002~03年の重症急性呼吸器症候群(SARS)対策で重要な役割を果たした香港大学公共衛生学院のガブリエル・レオン教授は米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿でインフォデミックについて厳しく釘を刺しています。

インフォデミックとは不確実性を増す偽ニュースや偽科学を拡散させることです。根拠のない情報が広範囲に拡散すれば旅行禁止、移民排斥、外国人嫌いなど社会の混乱を引き起こします。

移民排斥、外国人嫌いやパニックを引き起こすインフォデミックはパンデミック(感染症が世界的に大流行すること)同様に非常に危険です。

世界中でメディア・リテラシー教育に取り組んでいる米国の非営利団体IREXのクリスティン・ロード会長は筆者にこう語りました。

「アルゴリズムは、すでに消費しているものをより多く供給するように設定されています。あなたにワクチン懐疑主義者や白人至上主義者の傾向があれば、一度クリックすれば、次から自動的にそうしたコンテンツが表示されるようになるのです」

「それに関してテクノロジー企業にできることがあります。フェイスブックは人々に広い範囲の見方に触れることができるよう努めています。それが技術的なソリューションです」

「人々は彼らが好きなものが好きであることを止めるとは思いません。それを回避する唯一の方法は人々や他の事柄に興味を持たせることです。人々のメディア・リテラシーを向上させれば高品質のコンテンツに対する需要を生み出します」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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